第57話『夢』のお店

「ふう。これでやっと店を始められるよ」


 アキラがグラドとガラッドとの話し合いを終えてから、既に一週間が経っていた。

 その間、店の体裁を整えるのもそうだが、周りある主要な紹介に挨拶まわりに出ていたため、アキラはこの一週間を忙しなく動き回っていた。


 とはいえ、アキラが当初想定していたよりもスムーズにことが進んだので、これでもそれほど時間は経っていない部類だ。


 そのスムーズにいった原因は、グラドとガラッドの二人である。

 グラドは商人としての繋がりを持って、ガラッドは元貴族家当主としての影響力を持ってそれぞれアキラが動くための協力をしていたのだった。

 その理由はグラドはアキラのため、ガラッドは面白そうだからということなる理由ではあったが。


「お疲れ様です。アキラ様」


 声をかけたのは、サキュバスであるレーレだ。今は初めてあった時とは違って普通の町娘のような格好をしている。

 普通の、とは言っても商会の一員にふさわしいようなしっかりとした作りのものではあるが。

 本来は他のサキュバスたちが来るのに合わせて来てもらおうと思っていたアキラだが、店についてあらかじめ知っているものがいるのといないのでは違うだろうと思ってレーレと他数人だけ喚んだのだ。

 喚んだと言っても、以前のように召喚しているだけなので、毎日帰ってもらっている。

 その分疲労はあるが、サキュバスたちの連絡役兼まとめ役がいなくなる方がアキラには怖かったのだ。


「ああ。レーレもお疲れ様。他のみんなも」

「ありがとうございます! ですが例など不要です。私たちは貴方様のために働けるだけで幸せなのですから!」


 レーレだけではなく他のサキュバスたちもうんうんと頷いている。


「……もっと普通にして欲しいんだけど……」

「無理です!」


 先程と同じようにレーレ以外の他のサキュバスたちも、うんうんと頷いている。

 いや、心なし先ほどよりもその首振りは力強くなっているかもしれないが、アキラは首を振って分からなかった事にした。


「ああ、そう。……まあいいや。とりあえず今日のところは帰っていいよ。とりあえず開店前にやることは終わったけど、召喚じゃなくてちゃんとこっちに常駐するメンバーが来るまでは毎日喚ばせてもらうけど構わないか?」

「「「はい!」」」


 サキュバス達が元気よく返事をする。だが、彼女達は内心では交代のメンバーなど来なくとも良いとさえ思っていた。そうであったのならば喚び出されるのは自分たちなので毎日アキラに仕えることができるのだから、と。

 実際には、常駐メンバーが到着した後は今喚ばれている者たちもすぐにアキラの元に駆けつけることが出来るのだから、どちらかと言えば早く交代した方がアキラの元にいられる時間は長いのだが、そんなことにも彼女たちは気が付かないほどだった。


「さて、これからまあまあ頑張るとするか」


 そう言ってアキラは準備してきたものを一通り見て回る。頑張るのが『まあまあ』なのは、あくまでもこの仕事は情報を集めるためのもので、それ一本でやる気はないからである。

 とは言っても、家──つまり母親と祖父に迷惑がかからない程度には繁盛させるつもりではいたが。




「えー、それじゃあ今日から店が始まるが、あらかじめ伝えていた通りに頼む。とりあえず一ヶ月くらいは何もしないで、本当に本人の望んだ夢を見せるだけにとどめておくように」

「「「はい!」」」


 本当はすぐにでも情報を集めたいアキラではあったが、いきなりこんな店を開いたところで客はつかないだろうとアキラは思っていた。

 祖父であるグラドや、ガラッドの伝手でそれなりに人が来るだろうと思っているが、その者らが固定客となるかは別だ。

 頼まれたから義理で来ると言うものだっている。そのものらをつかめるかはアキラ達の努力次第だった。

 そんな大事な始まりで「この店は客から情報を抜き出している」なんて言われてしまえば困ったでは済まない。

 そうそうバレるようなものでもないのだろうが、客の中には精神魔法を警戒してそれなりに対策をしているものだっているはずだ。そしてそれは最初がもっとも強い。


 故に、アキラは最初の一ヶ月は様子見として記憶を読んで情報を集めることはせずに、固定客となった者の中で問題のないと判断できた者からだけ、情報を抜き取ることにした。


 他人の頭の中を覗き情報を集めると言う行為は、普通であれば忌避される事のはずだが、サキュバスは元々そう言う種族であったし、アキラは前世の経験か今世の記憶か、もしくはその両方か分からないが、必要であれば特に罪悪感を感じてはいなかった。


 いくら『身内』には甘いと言えるほど優しく、最近では『身内』以外にもそれなりに優しくなってきたとは言え、基本的にアキラは他人なんてどうでもいいと思っているのだ。その本質はそうそう変わる事はなかった。




「──で、なんでお前が常連になってるのさ。クラリス」


 アキラの始めた店は、開店後、大盛況とはいえなかった。とはいえそれはあらかじめ想定していた事で、アキラとしては問題は無い事だった。


 初めは怪しいから人が来ないだけで、ある程度固定客が着きさえすれば、後はその人物から安全性が分かりじわじわと広がっていくだろうと思っていた。まあそれも大分時間はかかるだろうが、アキラはそれでも構わなかった。


 人が来なければ情報集めという観点からは問題があるが、そもそもこの店はアキラを頼ったサキュバス達に対する居場所という意味で作ったものだ。言ってしまえば情報収集等のはアキラが自分を納得させるための後付けの理由だった。店に来るものが月に数人であったとしても、それでサキュバス達が飢えることなく居場所を手に入れることができたのであればそれで良かったのだ。


 とはいえ、始めた以上は繁盛させたいと思っているので、固定客がついてくれることは嬉しかった。


 が、その固定客の中で最も頻度の高い者が何故か自身の知り合いである、もっといえば従兄弟であるとなれば少しばかり顔をしかめてしまうのは仕方がないだろう。


「だって、アキラは結局魔法具を貸してくれなかったではありませんか。お祖父様もお父様も使われたのに、私だけが除け者にされるのは嫌です」


 だからといって、まだ一ヶ月しか経っていないのに10回以上もきているのはどうなんだ? とアキラは思わずには居られなかった。


 一応親族であるので割引をしているが、それでも冒険者になりたてのものが頻繁に来れるほど安いものではない。

 それなのに常連となるほど店を利用しているという事は、クラリスは商人としてもしっかりやっているという証拠でもあったのだが、アキラは、なんだかなぁという思いが消せないでいた。


「……はぁ。というか、クラリスはわざわざ何をそんなに見に来たのさ」


 現在クラリスは、自身の願いである冒険者として活動することができるようになった。まだまだ駆け出しとはいえ、いろいろな者の手伝いもあり、その未来は明るい。現状でその夢は叶っていると言える。

 だというのに彼女は何をそんなに『望んだ夢』を見にきているのだろうとアキラは疑問に思った。

 もちろん夢の内容は無理に聞き出すつもりはないし、話したくないのなら話さなくとも良いと思っている。ただちょっと気になったから聞いただけ、その程度のものだ。


「訓練に来ているのです」

「はあ?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまったアキラだが、それも仕方のない事だろう。

 アキラの営む店は、『本人の望んだ夢を見せる』という店だ。それもサキュバスの運営する店。

 であれば、客は従業員がサキュバスだとは知らないものの、当然ながら行き着くのはアキラが支配人を務めるには少々、クラリスが通うにはかなり問題がある店という事になる。アキラもそれを想定していた。


 だというのに、そんなところで訓練とは一体どういう事なのだろうかという疑問が浮かび上がるのは必然と言えよう。


「夢ですもの。怪我を恐れずに実践を積むにはいいでしょう?」


 アキラが訓練について聞いてみるとクラリスからそんな答えが返ってきた。


 確かにクラリスの言っている事は理にかなっていると言える。

 強くなりたいから訓練するが、クラリスには商人として活動しなくてはならない時間がある。となればどうしても訓練に当てられる時間が減ってしまう。かと言って睡眠時間を減らそうものならどこかしらで無理が出てくる。ならば寝ている間にも訓練することができるアキラの店は、クラリスにとっては絶好の場所だった。


 夢なので実際に体を鍛える事はできないが、それでも戦闘の勘を磨く事はできるし、技術を身につける事はできる。それも普通なら命に関わるので出来ないような危険なことさえも。


 実際、クラリスはこの店を使って訓練するようになってからはかなりの速度で上達している。もはや一ヶ月前の彼女とは比べ物にならないほどに。

 だが、それも当然だ。夢とはいえ、命をかけているのだから。そしてそれは、難易度に差があったとしてもアキラが女神の試練でやった事と同じだった。死んで学んで強くなるという最早訓練とは呼べない冗談のような訓練。

 それをクラリスはやっていたという。


「でも、最近はちょっと行き詰まっているの」


 冒険者は基本的にどこかに縛られるという事はないが、それでもどこかを拠点にして、そこを中心にして活動する。すると、どうしてもその仕事内容は似たものになってしまう。それは繰り返しやって金を稼ぐという目的であれば問題は無いのだが、クラリスのように強くなっていろんな人を救うとなると、いろいろな経験が必要になってくる。

 だが、クラリスはまだ成人していないし、パーティー自体がそれ程熟練というわけでもないので街を離れたりはしなかった。そのせいで夢に出てくる敵のレパートリーが尽きてきたのだという。


「どうにかできないかしら?」

「どうにかって言ってもなぁ……」


(出来ないことはないけど、危険度がちょっと上がるんだよなぁ)


 アキラが悩んでいる通り、クラリスの知らない相手を用意するのはできる。だが、被術者が望んだ夢を見せるのと、術者の作った夢を見せるのではその魔法を使うときの反応に差があり、後者の方が他人に気づかれやすい。


 いずれは自身が魔法を使える事に気づかれても構わないと思っていたが、今はまだ早いとも思っているアキラ。少なくともサキュバス達を守れるだけの力を得てからが良いと思っていた。


 一応町中で魔法を使っても、他者に害を出さないのであれば基本的には問題ないとはされている。

 だが、アキラの魔法は外道魔法と呼ばれるものだ。外道魔法は先程の『基本』から外れてしまう。バレるわけにはいかない。


 それに、もしバレて無罪となったとしても、アキラの父親である者に知られてしまうだろう。そうなれば店どころではない。


 魔法を使って色々誤魔化そうと思えばできないわけではないだろうが、その場合は矛盾や不都合が出ないようにかなりの規模で魔法を使わなくてはならない。アキラとしては、それはできれば嫌だなと思っている。

 故に、どうしたものかと悩んでいるのだが……。


(ガラッド様に話を通しておくか? あの人なら良いように手を回してくれるだろうな)


 ガラッドであれば、もしアキラが魔法を使えるとバレたとしてもどうにかできるだけの権力を持っている。だが、現在店を借りている状態でなんの成果も出せていないのにさらに迷惑をかけるのは、いくらアキラでも心苦しさを覚える。


(仕方がない。話を通しておいて、最悪はバレる覚悟でやるか)


 そんなことで悩むよりも、出来ないと断ってしまえばそれで終わる話なのだが、アキラとしては出来るだけクラリスの力になってやりたかった。それは、願いを見つけることすらできなかった前世のせいか、それとも女神を見つけるという今世の願いを持った自分が、願いは叶うと信じたいからなのか。それはわからないが、それでもアキラはクラリスの願いを助ける事にした。


「ふぅ……。準備はしておくよ」

「出来るの!?」

「戦闘訓練専用の夢を見れれば良いんだろ? 近いうちに用意しておくよ」

「ありがとう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る