第55話『アキラ』の正体
「何者、とはどう言う意味でしょうか?」
それがアキラの素性を聞いているのではない事は分かったが、そうであるのなら、どういう意味で言った言葉なのかがアキラにはわからない。
「どうもこうも、そのままの意味よ」
ガラッドはそう言ったが、先程の言葉の真意は不明なままである。
「お主が先ほど見せた幻。あれはなんだ。あそこにいた敵として現れたものは、全て本物と同じ姿であった」
ガラッドは、ふんっ、と鼻を鳴らすと、自身の言葉の真意について話した。
「同じ姿であることの何が……」
おかしいのか。そうアキラが問うのを遮ってガラッドは言葉を重ねる。
「では聞くが、お主はあれ等をどこで見たのだ? あれ程のものを再現するのであれば、実際に見なければできまい。それともお主は、資料に書かれた文字だけであそこまで精巧な幻を作ったとでも言うのか?」
そこでアキラはやっとガラッドの言葉の意味を理解した。
要するに、アキラの生み出した幻が、本物らしすぎたのだ。
先ほどアキラは、自分の試練の時の記憶をガラッド達に見せた。だが、そこには普通に暮らしていれば見ることのないものが多くいた。
「そもそも、あれだけの魔物について記された資料など持っているのか?」
持っているわけがない。この世界の魔物全てに書かれた本など、いくらになるかわからない。そもそも本として存在しているのかも謎だ。そして、仮に存在していたとしても、それを個人で手に入れられるかといえば、不可能に決まっている。全ての魔物について書かれた本など、国が放っておかない。この世界は、魔物の脅威が常にすぐ側にあるのだから。
「……少なくとも、私は持っていないな」
「そうであろうな。私とて持っていない。あるとしたら長い年月を生きる龍の頭の中くらいであろう」
グラドの言葉にガラッドは同意したが、それは記憶を探らない限りわからないという事だ。
だがそうすると、今度はどこで龍などという存在に出会ったのだ。という事になる。
「答えられぬか? それとも単なる偶然であるとでも言うのか?」
「……」
「なるほど。確かに絶対にあり得ないと言うわけではない。いくら低かろうとも、その可能性もあろう」
自身の問いに答えることのないアキラを無視してガラッドは話を進めていく。
「あそこに私がいなければ、ではあるがな」
「え……?」
「先ほどの幻。あそこには私がいた。今のこの姿ではなく、昔の……五十年ほど前の、私が戦果を求めていた頃の姿だったがな」
「五十年前のお前だと?」
ガラッドの言葉に、グラドはつい声を漏らしてしまった。
「そうだ。おかしいではないか。何故、幻とはいえあそこに私がいる? 何故、お主は昔の私の姿を知っている?」
ガラッドの問いにアキラは答えることができない。アキラには自身の記憶を再現しただけで、ガラッドの昔の姿など知らないし、ましてやガラッドがあそこにいたことなど知りはしなかったのだから。
「仮にお主が私の記憶から過去の姿を再現したのだとしても、そうであるのなら何故木っ端として出した? 私の興味を引き、気に入られるためであるのなら、敵の将にでもすれば良かったではないか。わざわざ雑兵として出す意味がない」
確かにそうだ。過去の幻とはいえ、自分があっけなくやられるのを見て喜ぶものはそういないだろう。
アキラの目的からすれば、どうせガラッドの幻を出すのなら、気に入られるためにも目立つところに置くべきだ。それこそガラッドが言ったように敵の将だとか、もしくは魔物の軍と戦っている者として──本来はアキラがいる立ち位置にでも出せば良かった。
「となれば、お主はあれを私だと知らずに出したということだ。だが、そうすると何故私の過去の姿を知っているのかという事になる。……何故だ?」
「……」
「故にもう一度聞こう。──お主は何者だ?」
(これは、逃げ切れないかな。……でもいいか。折角お祖父様がああ言ってくれたんだ。俺もそろそろ人を信じる頃合いなんだろう)
アキラは一度目を閉じ深呼吸する。次に目を開けたときには、迷いのない瞳をガラッドとグラドの二人に向けた。
「……俺は、そこにいるグラドの孫であり、アイリスの子供である事は間違いありませんよ。──ただし、それはこちらに生まれてから、ですが」
母と唯一の親友以外には語られることのなかったアキラの秘密。それが遂に『身内』以外のものに語られた。
「こちらに生まれてから、だと? どういう意味だ。それではまるで……」
「まるで生まれる前があったようだ。ですか? ええ。その通りです。私はこの世界に『アキラ・アーデン』として生まれる以前に、他の世界で生きていました」
生まれ変わり。この世界にもその概念はあれど、それらは御伽噺の代物だった。実際に生まれ変わったなどと言おうものなら変人扱いされるのがオチだ。
だが、今まさに御伽噺のような体験をしたガラッド達には、アキラの言葉を否定する事はできなかった。
そしてアキラは続ける。
「こことは異なる世界。そこで死んだ私は、神の世界に招かれました。招かれた、といっても死者となれば全員がいく役所のような場所でしたが」
当時の状況を思い出し、『神の世界』という言葉との落差に苦笑いするアキラ。
「そこで私は神から課せられた試練を受け、この世界に生まれ変わりました。魔法が使えるのは貴族という血を引いているから、というのもあるのでしょうが、その試練での結果が大きなところでしょう」
「……試練、というのは、さっきの……」
「ええ。あれより前にいくつもありましたが、あれが試練の最後の敵でした」
実際には、その後に女神とも戦ったが、あれは試練ではなかったので一応除外したようだ。
しばらく茫然
「……待て。では最後に出てきた女性は……もしや……」
ガラッドは、混乱しながらもしっかりと話を聞けていたようで、アキラの言葉を自分の中に落とし込んだようだ。
だが、その直後、ハッとしたように思いだし、恐る恐るとアキラに質問した。
「女神ですよ。正確には剣の女神です」
「では、お主は女神の試練を乗り越えて加護を賜ったというのか?」
「……まあ、そうなるん、ですかね?」
「それでは、勇者ではないか」
勇者と呼ばれる者は神がこの世界に与えた神器を使える者であるが、その力は試練を受ける事で強化される。ガラッドが言っているのはそれの事だろう。
因みに、アキラが微妙な答えになったのは、自身の状態を正確にどう表せばいいのかがわからなかった為だが、二人はそんな事には気づいていないようなので、アキラは放っておく事にした。
「いや、だがおかしくないか? 剣の女神は最近は姿を表していない筈だ。もし勇者であるのなら信託があるはずではないか? それに剣の勇者は他にいるぞ?」
ガラッドはそう疑問を呈する。が、それにはグラドが否定の言葉を口にする。
「いや。おかしくなどない。剣の女神が姿を見せなくなったのは五十年程前だ。今の幻が本当なら、アキラが試練を受けたのは五十年前になる。時期は同じだ」
「……ふむぅ」
「勇者についてはわからぬが、勇者でないとするならそれまでだ」
どうなんだ? という視線をアキラに向けるグラド。
「ええ。俺は勇者ではありませんよ。試練は受けましたが、それだけです」
実際には女神から力を与えられたうえ、自力で神にまでなっているのだから『それだけ』などという言葉では済まないのだが、アキラはそこまでいうつもりはないようだ。
それは言っても信じてもらえないだろうとアキラが思ったからだが、今の二人を見るに、信じたのではないかとさえ思える。それ程までに混乱が見て取れた。
「……あのような魔法が使え、異なる世界からの生まれ変わりで、挙句、女神の加護を持っているだと?」
「……クッ。……クククッ。……クァアアッハッハッハ!」
「まさか! まさかそのような存在がいるとはな! それも、私の友の孫だと⁉︎ ああ、素晴らしい! まったく。本当にこの世界は面白い!」
「え? ……あの。これどうすればいいんですか?」
「放っておけ。このバカもしばらくすれば落ち着くだろう。……それよりも、だ」
「アキラ。お前は何をするつもりなのだ?」
「え?」
「お前ならば商人などする必要はなかろう? 女神に会い、試練を越えたのであれば、教会に行けば一生困らずに生活できるだろう」
「おいグラド! お前の孫は素晴らしいな!」
「もしくは、お前が冒険者として本気で活動すれば『龍級』冒険者になる事も可能だろう」
「いやはや! まさかこんなところで過去最高の不思議に出会えるとは思わなかったぞ!」
「だがお前はそのどちらでもない。境界とは対立し、冒険者は片手間でできる程度。商人にしては正道を外れている。どうにもお前の行動は何か目的があり、商人も冒険者もそのための道具でしかないように思える」
「昔お前の行商について行って旅をした時でさえ、これほどの不思議には出会わなかった!」
「別に商人として異端であろうと私は構わない。元々、商会は私がやりたいからやっただけで、継ぎたいのなら継げばいいし、そうでないのなら好きにすればいい。アイリス達にもそう言ってきた。だから──」
「やはり世界は面白い! お前もそうは思わんか⁉︎」
「ええい! うるさいわ! 少し黙っておれ!」
「──だからお前が何をしようとどうこう言うつもりはない。……だが、話してはくれないか?」
「いいですよ。ここまできたら秘密にする意味もありませんし、それに……。協力してくれるんですよね?」
苦笑いを返すグラド
「俺の目的は女神を探す事です」
「……女神というと、さっきの……」
「ええ。彼女も女神ではなく人として生まれ変わっています」
「何⁉︎」
「ですから俺は、彼女を探しているんです。約束したから」
「……以前に言っていた好きな人というのは
照れ臭そうに顔を背けてしまったアキラだが、その反応だけで十分すぎるほどに理解したグラド
「はあぁ〜。……おいガラッド。ここにお前の大好きな最上級の不思議があるぞ」
「最上級の不思議だと? まさかこれ以上のことがあるのか⁉︎」
「どうやら女神は人間に生まれ変わり、アキラはその恋人らしい」
「女神が生まれ変わりだと⁉︎ そんなことが⁉︎ それに恋人⁉︎」
「……女神は五十年ほど前に姿を見せなくなった。それ自体は珍しいことではないが、時期が一致しすぎている。真実であろうよ」
「なんと‼︎」
「……あまり驚かないのですね、お爺様は」
「む? いや驚いてはおる。が、何かあるとは思っていたし、既にいくつも驚きがあるのだ。そこに一つ二つ加わったところで大して変わらんよ」
そう言いながらため息を吐き首を振るグラド。その疲れた表情からは疲れが見て取れる
だが、その後グラドはアキラを見た後にその頭に手を伸ばした。
「頑張りなさい」
まさかそんな風に言ってもらえるとは思っていなかったアキラは、目を見開き驚愕を露わにする。
「はい」
今までは秘密を話していなかったという事もあったが、アキラのそれはどこか遠慮をしているようなものだった。
だが今回向き合う事を決めた事によって初めて行われた祖父との心からの会話。
それがアキラにとっては恥ずかしくもあったが、嬉しいものであった。
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