第53話グラドの友人

「ここはもう使っても構わないんですか?」

「うむ。元々使われていなかったのでな。直ぐにでも使えよう」


 使えるのであれば直ぐにでも引越しの準備をしようと思って必要なものを思い浮かべながら聞いたアキラだったが、グラドのその言葉に思考を止めざるを得なかった。


「……あの、今使われていなかったと言っていませんでした? ここが使われていなかったって事ですか?」


 これだけいい場所が使われていないと言うのは明らかにおかしい。

 ここは貴族街の中では無いが、扱うもの次第ではこちらの方がいい場合もあるだろう。実際にアキラがやろうとしていることは貴族街よりもこの場所の方がやりやすかった。

 ようはやり方次第で金になる場所ということだ。


 確かにこのサイズの建物にしては庭が小さい気もするが、それぐらいしか欠点が思いつかないし、それとて欠点と呼べるようなものでは無い。


 では建物の中に何かあるのだろうか?

 しかしながら、グラドが孫であるアキラに訳あり物件など紹介するとはアキラには思えなかった。


「うむ。まあ心配するな。ここには少しばかり条件があってな。そのせいでここは入れ替わりが激しいのだ」

「条件、ですか……?」


 これほどの好条件の物件を借りるほどの条件とは一体? とアキラは思いながら質問する。


「そうだ。その条件はここの持ち主を楽しませろと言うものだ」

「楽しませろ?」


 なんだろうとは思っていたが、まさかそんな訳のわからない条件だったとは思わなかったアキラ。

 だがそれも仕方がない。そんな条件をつけるものなど今まで聞いたことがなかったのだから。


 しかし笑いとはいったいなにをすれば良いのか見当もつかない。魔法で笑わせてもいいんだろうか? とアキラは考え始めていた。


「なにも笑いを取るために芸をしろと言っているのでは無い。商売であれば、その経歴、扱うもので楽しませろと言うことだ」


 因みに、冒険者であれば大物を倒したなどの冒険譚を気に入られれば構わないそうだ。

 他にも相手が誰であろうと貸し出されるらしい。

 だが、今ここに住んでいる者がいないと言うことは今までここに住んできた者達、その全てが失格だった──『つまらなかった』ということだ。


「それはまた……変わった方ですね。ここの所有者の方は」

「うむ。そうだな」


 グラドは、あきらの言葉に即答する。

 普通ならもう少しためらいを持ってもいいものなのではないか? 

 それが多少変わっていたとしても、良い物件を紹介してくれるというのなら尚更である。

 だがグラドの言葉には気やすさがあった。


「ここの所有者とは長い付き合いでな。私がまだ若かった頃に知り合ったのだ。かれこれ四十年ほどになるか……」


 それからしばらくグラドの長話が始まった。

 聞いたことのない祖父の話に、最初は耳を傾けていたアキラだが、次第に早く終わらないかと考えだしていた。


 その内容は、要約するとグラドが紹介を若い頃──立ち上げる前に旅商人をしていたときに助けた貴族の五男が出世する為に頑張り、事あるごとにグラドがそれを手伝ってきたという事だ。

 結果、グラドは国でも名の知れた大商会の長となり、その貴族の五男は自身の家を興して当主となったらしい。


「それで、どうする?他の場所にするか?条件さえ果たせばここ以上の場所などそうそう無いが」


 アキラは考える。この場所に住んだとして、その条件を果たす為に時間を取られてしまっては意味がない。だが、この場所を使わないというのも勿体無い。


 結果として、祖父というコネがあり、これ以上ない──少なくとも自分では用意できないほどの物件を用意してもらったのだから試すだけでもいいのではないか、という結論に達した。


「……その楽しませる期限はいつまでです?」

「半年だ」

「わかりました。ここにします」


 半年もあるのなら全く時間が取れないという事もないだろう。とアキラは思った。


「そうか。なら近いうちにその者に紹介しに行こう」





 そうして訪れた紹介の日


「緊張するか?」


 アキラは馬車に揺られてグラドと共に貴族街にきていた。


「ええまあ」

「その割にはふだんどおりにみえるがの」


 最悪何かあっても力尽くでどうにかなるのでアキラは緊張しすぎることはないのだった。

 やりすぎは良くないと分かっているので、そうそう魔法を使うことはないが、それでも最終手段があるのとないのでは心構えというか安心感が違う。

 そういう意味ではアキラが緊張することなどない。なにせその力は神にさえ通用するのだから、人間に緊張するのは無駄というものだ。




「着いたぞ。ここだ」


 そこは周りの家に比べても各段に大きな屋敷だった。


「……随分と大きいですね」

「ふっ、そうであろう?」


 アキラがそう呟くと、グラドは我がことのように笑みを浮かべた。それ程までにこの家の主人と仲がいいのだろう。


「ようこそいらっしゃいました。グラド様。こちらへどうぞ」


 出迎えた使用人に案内されて二人は二階に上がっていく。

 その間アキラは建物の中を恥ずかしくない程度に見回すが、あるのはどれも一級品のものばかり。

 少なくとも|がわ(・・)だけで中はショボいということはないようだ。

 もっとも、アキラはグラドがそんな場所に住んでいるような者を紹介するとは思っていなかったが


「ようきたの、グラド」

「お久しぶりですガラッド様」


 二人が部屋の中に入ると、中には六十程の老人が椅子に座っていた。

 その肉体は歳を考えれば十分すぎるほどに鍛えてあり、若い時にはさぞ活躍したのだろうということが容易に想像できる


 だが、アキラにはそんなことよりも気になることがあった。


(ガラッド?この家の規模でガラッドって名前だと……あ。……マジで?)


 ガラッドという祖父が呼んだ名前。それはどこかで聞いたことがある。そしてその名前をどこで聞いたのか思い出すと、予想外の大物であったことに驚きその思考を止めたのだった。


「堅苦しいのはよせ。もう当主は譲ったのだから誰も煩くはせんよ」

「貴族とはそう簡単な者では無いかと存じますが……ふう。まあよい。何かあったとしてもお前のせいとしておこう」

「かかっ!そうだ、やはりそうしたほうが楽でいい!」


 気やすい態度で話す二人。そこに大した問答がなかったという事は、すでに何度もなされた手順なのだろう。


「で、この子が件の子か?」


 今までのどこか子供っぽい表情を消して、ガラッドはアキラのことを見つめる。


「そうだ。私の孫のアキラだ」

「お初にお目にかかります。名をアキラ・アーデンと申します。この度は御目通り叶ったことを喜ばしく思います」


 その正体に思い至ったアキラはいつもよりも殊更丁寧に礼をする。チリほどの失礼もないように。


「……随分としっかりしているが、本当にお前の孫か?」

「ふっ、そうだ。私の孫だ。どうだ?凄かろう?」


 そんなアキラの内心を知ってか知らずか、グラドとガラッドの二人はたのしげに話す。


「だが、そういえば今年で十五になったと言っていなかったか?であれば普通と捉えることも……」

「馬鹿かお前は? 私の孫が普通なわけあるまい。今のは私の孫だからこそ出来たことだ!」

「くっ、馬鹿だと? 私相手にそんな事を言ってただで済むとでも思っているのか?」

「なんだ? 処刑でもするか? 構わん。もう引き継ぎは済んでいるからな。やれるものならやってみるといい!」


(貴族相手に平民がそんな事を言うなんてそれこを馬鹿なのではなかろうか?)


 アキラはそう思ったが、よくよく聞いていると、いつもの事で、単なるじゃれあいのようなもののようだ。だとしても聞いているアキラとしては気が気ではいられない。

 アキラ自身はどうとでもなるが、アキラのいないところで何かあるのは困るのだ。


「チッ。……まあよい。で、なんだったか……」

「なんだ、ボケたのか?歳だな。今日の話は例の物件についてだ」

「歳は貴様も同じであろうが! ……で、話を戻そう。あの土地についてだがどこまで聞いている?」


「使用の条件として、貴方を楽しませろ、としか聞いておりません」

「そうだ。アキラと言ったな。私はな、お前もわかっている通りそれなりの地位にいる。地位があり、金があり、女にも出会い、子や孫にも恵まれた。……だが、この歳になって自身の役目を全部他人に譲ってしまうとやることがないのだ。だからといって私が冒険者として活動することなどできぬし、商人としても活動できぬ」


 それはアキラにも理解できた。なにせ歳が歳だ。いくら鍛えていたとは言っても、冒険者なんかやったら死んでしまう可能性なんてそこらへんに転がっている。流石に死んだらまずいというのは本人もわかっているのだろう。

 そしてアキラの思っている通りの人物であれば商人にもなれない。

 いや、なれないというのは語弊がある。商人になったところでガラッドの正体に気付いたら周りが放っておかないだろう。

 繋がりを作ろうとしてガラッドの言いなりになるのが見えている。


 だがそれも仕方がないことだろう。

 アキラが思っているとおりなら、ガラッドはこの国の公爵家前当主なのだから。


 グラドは貴族の五男を助けた事から付き合いができたと言っていたが、単なる貴族ではなかったというわけだ。


「そこで自分ができないのなら他人にやらせれば良いと思ってな。こうして条件を付けたというわけだ」

「因みにこいつは今回紹介した以外でもいろんな場所や物を貸している。何か必要になったら言ってみれば解決するかもしれんぞ」

「……まあ構わぬ。お前が面白ければ、だがな」


「面白いとは具体的にどのような事をすればよろしいのでしょうか?」

「何でも構わん。……と言いたいが、方針がなければ難しかろう。だが、お前の場合はその商品で構わない」

「え?」

「グラドに聞いたぞ? 変わった商品を扱うそうではないか。それを見せてみよ」


 アキラはしまってあった夢見(嘘)の魔法具をガラッドに渡した。


「……ふむ。これはなんだ?」

「使用者に望んだ夢を見させることのできる魔法具です」

「……ほう? そんなことがこの魔法具でできるのか?」

「はい。使い方はそれに魔力を流すだけ──」

「やめよ」


 アキラがグラドにしたのと同じように魔法具の説明をしようとすると、ガラッドに止められてしまった。


「え?」


 だがアキラには何故止められたのか分からない。


「そのような嘘は要らぬ。真実を述べるのだ」


(何でバレた⁉︎ いままでは誰も気が付かなかったのに!)


 大商会の長であるグラドでさえ見抜く事はできなかったものだからと安心していたアキラだが、その嘘はガラッドには通用しなかったようだ。


「いままでは魔法を使うことのできる者がそばにいなかったから分からなかったのかもしれぬが、魔法に長けた者であればそれがどんな魔法具なのかはわかるものだ。これはお前の言うようなものではない。単なる遠話の魔法具。その劣化であろう?」


「二語目はないぞ。お前は何を扱う店をやるつもりだ?」


 その眼光から本当に言葉通りもう一度嘘をつけばこの話はなかったことになってしまう。


(どうする? 正直に話すか? だが相手はこの国の上級貴族。下手に知れれば今後の動きにも支障が出る。……魔法を使うか?)

「……」

「どうした?」


 いっその事こと魔法を使って操ってしまった方がいいんじゃないかと思い始めたアキラだが、それをすると母であるアイリスに顔向けできなくなってしまう。アキラは無闇に他人を操りはしないと約束したのだから。

 もちろん必要であればやるし、相手が犯罪者であっても躊躇うつもりはない。が、目の前に座っているこの老人は犯罪者でもなければ、どうしても必要というわけでもない。


 しかし、魔法を使わないのであれば、アキラにはどうすれば良いのかわからない。


「アキラ。難しく考えることなどない。こいつはたとえお前にどんな秘密があろうと他者に話したりはせんよ。当然私もだ。それがお前の魔法についてであってもな。だから気にせずに話すと良い」


 ガラッドがアキラに見切りをつけ口を開きかけたところで、祖父であるグラドが口を開いた。


 まさか祖父がそんな事を言ってくるとは思いもしなかったアキラは驚きを顔に出しながら祖父の姿を見る。


「何で知っているのかとでもいう顔だな」


 その通りだ。アキラはごく限られた人物にしかその事を話していない。そしてグラドには話したことなどなかったのだから。


「以前アイリスから相談されたのだ。──いや違うな。宣言された、の方が正しいか」

「宣言?」

「そうだ。お前に何かあったら自分は暴れるからそうなって欲しくないのなら協力しろ。とな」


 あれはもはや脅迫だった。と肩を竦めながらそう言ったグラド。


「だから、アキラ。好きにやるといい。何かあったとしても守って見せよう。私はもう、家族を悲しませないと誓ったのだからな」


(……ああ。本当に俺は恵まれてるな)


「ありがとう、ございます」


 こぼれそうになる涙を手で隠し、アキラはグラドに例を言った。

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