第54話 冬

学園祭が終わると、日中の温度はぐっと落ち込み、冬の到来をこれでもかと知らせてくれる。窓の外に見える木々もその葉をすべて落とし、木枯らしに合わせて激しくその幹を震わせていた。


俺はひなたの部屋のソファに体を預けながら、開けている窓からの冷たい風が吹き込みぶるっと震える。隣に座るひなたも同じように寒そうに自分の両腕をさすった。


「大輔さん……寒いです……」

「俺もちょっと寒いな……」

「毛布でもかぶりますか?」


ひなたはそういって立ち上がると、ソファの近くにあるきれいに整えられたひなたのベッドから毛布を持ってきた。人一人余裕で収まる大きめのサイズなので、ソファの中で二人固まればしっかりと毛布に収まるだろう。


「よいしょっと……あー……あったかい」


ひなたは俺に毛布の片端を持たせ、俺にしっかりと身を寄せて毛布にくるまった。その余った分で俺の体も包み込む。モフモフとした肌触りが心地よい。

それよりも暖かいと感じるのは、隣のひなたの体だ。

毛布にくるまる為に身を寄せている為、よりひなたの熱を感じることができる。


俺は勝手に幸福で満たされていると、隣に座るひなたがふと口を開いた。


「大輔さんは寒いの苦手なんですか?」

「んー……昔は実家が寒いところにあったから平気だったけど、こっちに来てだいぶ苦手になった」

「へえー」


寒いのはもともと平気だった。冬になると外には背の高さまで雪が積もっていたし、雪かきだって何回もした。窓から見える真っ白な世界に独り心を躍らせていた少年の頃の思い出が沸々と湧き上がってきた。

俺だって自称おじさんだが、思い返してみると実家にいた期間の方が、こっちに来てからよりもずっと長い。まだまだ古い思い出とは言えないが、こんな寒い時期だからこそ蘇る思い出は懐かしくもあり、冷たくもあった。


俺は思い出に浸っていると、ひなたは聞いておきながらどこか上の空で聞いているが、やがてあーそういえば、と話を続ける。


「大輔さんの実家ってどんなお家だったんですか?お話全然聞いたことないですよねそういえば」

「ああ、そうだな。確かに」


俺は納得しながら、実家での日々を思い浮かべた。

ひなたの家のような家族の温もりと呼べるものは少なかったけれど、何気ない一つ一つの思い出が深く俺の記憶に残っている。仕事で忙しい両親の代わりに遊んでくれていた友達も懐かしい。


「冬は雪がいっぱい降った」

「へえ、日本海側の方ですか?」

「そうそう」


ここまで長く付き合ってきて、俺の話を全然していないのはどうかと思うし、別に隠しているわけじゃあないから俺は適当に実家についての話をしようとしていた。



そんな時、食卓の上に置いてあった俺のスマホが振動し始めた。

スマホは何回も振動を続けている。どうやら誰かからの着信らしい。


俺に電話をしてくる人はほとんどいない。そもそも俺に電話をかける人なんてそういない。会社の人でも特に緊急性のある連絡以外絶対誰からもかかってこないし、ひなたはいま隣にいる。


何となく嫌な予感を抱えながら、俺は毛布から出てスマホを取った。


「え……」


そこには予想外の人物が表示されており、驚いて一瞬固まってしまった。


「どうしましたか?誰からの電話ですか?」

「え、ああ……ちょっと外出てくる」


俺は驚きから、ひなたにしっかり返事ができないまま外に飛び出した。部屋着姿だが、隣人もいないため外に出たままスマホを見る。


表示されているのは……母の名前


一人暮らしを始めてからこれまで一度も連絡をよこさなかった母の名は、俺に衝撃を与えた。

俺の鼓動が早まるのを感じながら、恐る恐る受話器のボタンを押した。


「はい、もしもし」

『もしもし。久しぶり』


数年ぶりに聞いた母の声は少し枯れていて、どこか疲れを感じさせた。


「どうしたんだよ、いきなり」

『それが……』


母は落ち着いていないようで、呼吸を整えているのか何度も母の呼吸がスマホ越しに聞こえてきた。


『今朝お父さんが倒れちゃったの』










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