第39話 秘密基地
私の実家は、東京駅から新幹線に乗って本州を離れ、さらに在来線に乗り換えて一時間ほど移動した所にある。周りは自然に囲まれていて、周辺で大きな商店街はここにしかないため、平日は散歩や一軒だけあるパチンコ店を訪れた老人や日用品を買いに来た主婦で。休日にはそこに学生、家族連れも加わり、そこそこ賑わう。
田舎には似合わないキャリーバックを引いて駅に一歩降り立つと、山から香ってくる草木の香りと商店街の喧騒が私を歓迎してくれる。
私はその懐かしい匂い、音に毎年心を弾ませる。
人がうざいほど多いところは東京とさして変わらないが、東京とは少し違う雰囲気を纏う地元が私は好きだ。
改札をくぐり外に出れば、目の前の商店街はかなりの人がいた。
今日は三連休の初日で昼間なので、今は学生や家族連れも多く賑わっている。
「お?おおお?あいちゃんか?」
何やら横から興奮気味な声を掛けられる。
振り向くと、丸々と太り、顔には人懐っこい笑顔を浮かべ、初老くらいのおじさんがそこに立っていた。
幼いころにたくさんお世話になった人だ。
「つねおじさん!」
その人は八百屋の隣に住んでいて私が生まれたころから両親と仲が良く、よく八百屋に遊びに来てくれた
「久しぶり!一年ぶりだね」
「久しぶりだなぁ、少し大きくなったか?」
「これっぽっちも」
私はおじさんと話しながらしっかりとおじさんを見る。
よく見ると、去年までは丸々と張のあった頬も、少ししぼんだし、それによって前までは無かった顔のしわも確認できる。白髪も心なしか増えたように思える。
「おじさん、久しぶり!ちょっと老けた?」
「そうみえるか?まだまだ元気さ!」
そう言ってがははと豪快に笑うと、立派なお腹をぽんぽこ叩く。
うん、まだまだ元気だ。
「今日は
伸介は私の父の名だ
「うん、そうなの!夏休みには帰れなかったから」
「そーかそーか。えらいなぁ……親孝行だ」
「毎年やってるし当然だよ」
しばらく近況について話しながら歩いていると、気が付けば目的地の実家の前に着いていた。
「よし、ここまでだな。あいちゃんと久々に話せて、おじさん嬉しかったぞ~!」
つねおじさんがいかにもオヤジらしいことを言うと、あっと思いついたように手をたたいた。
「そういえば、
「えっ……修斗が?……はい」
「じゃあ!」
おじさんはそのまま手をひらひらと振って隣の家まで戻っていった。
「……修斗」
私は久しぶりに聞いた名前を聞いて動揺しまった。
おじさんの息子で、家族ぐるみの付き合いだったため、小中学校の頃までは毎日のように遊んでいた男の子だ。
でも……
「……」
「あら、お帰りなさい。あい」
気が付けば店先でしばらく固まってしまったようだ。
お母さんが私に声をかける。
青果店“サカキバラ”の文字がプリントされたエプロンを着て、長靴を履いている。肩まで付かない髪を後ろで結んでいるその姿は、私が物心ついた時から全く変わらないものだった。一つ変わったといえば、少し背が低くなったか。
「どうしたの、店の前に立って。」
「あ、いや何でもないよ!ただいま」
私は慌てて笑顔を作り話題を変える。
「手伝おうか?」
「うーん、じゃあお願いしようかしら。」
「わかった!じゃあ荷物裏に置いてくるね」
私は店の中に入りそのまま直接つながっている家に入る。階段を上って二階に上り、私の部屋のドアを開ける。
母が定期的に掃除してくれているため埃っぽくはなく、物の位置まで私が上京した当時そのままだった。
部屋の端に荷物を置いて、あたりを見渡すと、高校まではまっていたバンドのポスター、友達との写真が貼られたコルクボードなどが壁についている。
別に広々としているわけではない。ベッドを置いて、勉強机を置いてしまえばほとんど余白のないスペース。今のワンルームの部屋よりも圧倒的に狭いスペースだったが、学生時代の私はこの部屋が大好きだった。
小さい頃私は一人っ子だったこともあり、独り寂しいのは嫌いだった。友達と一緒に部屋にいるとき以外は今で家族と過ごしていたが、一人になりたいとき、そういう時は狭いこの部屋はむしろ好都合だった。ここは私の秘密基地だ。
窓は二つあって、今は二つとも開けられている。
そのうちの一つを覗くと、隣の家の一室が目に入る。
男っぽいベッドと飾られてあるギター……修斗の部屋だ
そう思うと私は無意識にカーテンを閉めて視界から外した。
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