第34話 実家

楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくもので、気が付くと帰らなければならない時間になっている。


「はぁー……もう帰らないとですね」


ひなたは明らかにがっくりと肩を落として落ち込んだ


「また来ようよ」


静かにひなたの手を握る。


「はい、そうですね」


ひなたはにこりと微笑むと、俺の手を握り返してきてくれた。


一瞬で終わるなら時間の許す限り何度も繰り返せばいいのだ。


家に帰ると、次の日は台風が家の上空を通過していくと同時に、俺達の残りの休みの予定まで潰していった。


気がつけば台風が残していった休みも使い果たし、もう少し休みたいなーっと思っていても、休み明けは来てしまう。


今日から俺は普通の日常に戻っていく。


「おはようございます」

「おはよう。ごめんな早起きさせて」

「いいんです!なんかいつもの感じに戻った感じでいいんです」


月曜日、俺はひなたの作った朝ごはんをゆっくりと味わって、食べ終わると素早く出勤の準備をする。


「あ、そう言えば」


髭を剃っていると、皿を片付けていたひなたが何でもない風に伝えてきた。


「私、明日から実家に帰らさせていただきます」

「え!?」


慌てて顔を向けると、目が合ったひなたは不思議そうに首を傾げた。


「親との約束なんですよ、下宿の条件で半年に一回は親に顔を見せないといけないんです」

「あぁ……なるほど」


本当に焦ってしまった。

まるで旦那に呆れて実家に帰る嫁……

いやいや、ひなたはまだ嫁じゃなかった。


「どのくらいの期間家にいるの?」

「一週間くらいですかね?さすがに早めにつたえておくべきでした。ごめんなさい」

「全然いいんだよ、楽しんでね」


気が付くともう出勤の時間になっていたので、いそいそと家を出た。


家事の面で不安はもちろんあるが、それよりもひなたが居ない寂しさの方が大きい。


考えれば今までひなたと出会ってからそんな長時間顔を合わせなかったことは無かった。


俺は果たしてひなたのいない生活に耐えられるだろうか。




「おはようございます!先輩!」

「あぁ、おはよう」


会社に着くと、すぐに榊原が何か言いたげにこちらのデスクに向かってくる。


「どうしたんですか?なんか今日は暗い顔してます」

「ん?そうか?」


今朝考えていたことが、どうやら顔に出ていたらしい


「そう言えば、明後日はひなたちゃんの誕生日ですよね、先輩は誕生日プレゼントは決めました?」

「えええ!?」


今朝よりもさらに驚いてしまった。


「え?明後日……ひなたの!?そうなの?」

「え、知らなかったんですか?……ほら、これ」


見せてきたのはメッセージアプリのひなたのホーム画面

小さく書かれてある数字は、ひなたの誕生日らしく、まさに明後日を示している。


「先輩は知ってるものだと思ってましたよ。」

「正直、全然知らなかった……」

「ひなたちゃんは何も言ってなかったんですか?」

「んー……何も言ってないな。……あ、そう言えば」


俺は今朝、ひなたが明日から実家に帰ると言われた事を榊原に説明した。


「なるほど……多分誕生日を家族で祝うんですね。実家に帰ってなかったらひなたちゃん、何も知らない先輩と誕生日を過ごしす羽目になってましたね……」


ジト目で見つめてくる榊原に言わた


「本当に危なかった……」

「よかったじゃないですか、おかけでプレゼントが選ぶ時間が少しできましたよ」

「プレゼントかぁ……」


他人に、しかも異性にプレゼントを買うと言う経験自体、あまり無かった。


「どうせ先輩、その様子じゃあ女の子にプレゼント買ったことないんでしょ」

「そんな事ないわ!……学生だったの時は買ってた」

「その言い方だと社会人になってからは無いと……」


榊原は俺の返事を聞くなり、やれやれと溜息をついた


「なら私も選ぶの手伝いますよ」

「え、榊原こそ変なの渡しそう」

「失礼ですか!センスくらいあります」


結局、むきになって答える榊原に手伝ってもらうことにした。



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