第8話 少し大人な

昼休憩の時、一緒に食べましょうと榊原が誘ってきて、剛も社食で誰もいなかったため一緒に食べることにした。


「先輩!今日は定時にあがりますか?」

「おう、お前の残りがなかったらな」

「じゃあ、この間の約束今日でいいですか!」

「いいよ、お前が仕事残さなかったらな」

「はいっ!じゃあ頑張ります!」


自分の仕事を棚に上げるならと思ってしまったが能天気にえへへと笑う榊原は、午後の仕事量で言えば、面倒を見てたここ数年では考えられない程だった。


「お前……どうやってやったんだ?この量」

「まぁ、これが私の実力ですよ」


エッヘンと胸を張る榊原は大学生、いや高校生がテストでいい点をとった時の態度に似ている。


「いつもこのペースでやってくれよな……」

「じゃあ先輩が毎日私を飲みに連れていくことですね!」

「それは無理……」


大体の残業理由はこいつにあるのだ。


数ヶ月ぶりに定時で上がって、俺と榊原で居酒屋に来ていた。


「はい!じゃあ先輩!かんぱーい!」

「かんぱーい」

「やっぱり仕事終わりのビールは最高ですねー!」

「ははっ、おっさんか」


いつもの倍は元気な榊原に、俺もついついテンションが上がってしまう。

しばらくひなたさんの事を忘れて、榊原と会社の話で盛り上がる。


「あの部長マジで腹立ちません?!もうほんとにイラッときちゃいましたよ!」

「まぁあの人も色々あるからなぁ……カツラだし」

「ええっ!やっぱりあの人カツラなんですか!やっぱりちょっとズレてますよね」

「そうそう!指摘したら行けない雰囲気あるよね!」


そんな調子で会話が続き、酒に弱い俺は2杯目で止めて、彼女は俺の倍は飲んでいた。


「そう言えばあの大学生はどーなったんですか?」

「え?まぁ普通だよ」

「普通ってなんですかー……先輩はその子のこと好きなんですか?」

「いや、ないだろ」


即座に否定してしまったが、これは嘘かもしれない、と後で思った。


「へへっ、ですよね!」

「おいなんで嬉しそうなんだよ」

「べっつにー?先輩には私がいますから!」


少し酒が回って来たのだろうか、嘘か本当からないことを言い出す

ひなたさんよりは榊原の方が年上だが、榊原は恋愛対象と言うより、妹のような感じで、そんな気は全く起きなかったりする。


散々に飲んで、2人ですっかり酔っ払ってしまった。


「えっへへ、せんぱぁい」

「おい重いから離れろよ……」


榊原はべろべろになりながら、俺にもたれかかってくる


「家まで送ってやるから、案内してよ」

「はぁい、こっちです!」


ろれつが回っていないような声に案内されながら、2人で夜の街を歩く。夜にだけ賑わう飲み屋の看板が、きらきらと光っている。


「ここでーす!」

「おい、ここ違うじゃねーか」


家まで案内してくれたつもりが、彼女は俺をホテルまで連れてきていた。


「違わないですよ、今日は先輩とここで泊まるんです」

「冗談言うなよ……」

「冗談なんかじゃないです」


いきなりハッキリとした真剣な声と目でこちらを向く。


「しかもせんぱい……もう終電言っちゃいましたよ」

「ええ、じゃあタクシーを……」


スマホを取り出そうとした腕に、榊原が抱きついてくる。


「ここに泊まっていけばいいじゃないですかぁ……」

「いや、そりゃまずいだろ」

「なんでぇ?」

「いや、だって、後輩だし……」

「いいじゃないですかぁ」


だんだんと体を寄せてくる榊原。柑橘系の服の香りを、意識せざるを得ない。


「私、先輩ならいいと思います……」

「え?なんで?」

「先輩優しいから」


抱きついたまま目線を上げ、俺と目を合わせる。少し潤んだ目や唇。普段はないと思っていた弾力も、俺を刺激するには十分だった。


「だから行きましょ?ね?」


歩き出す榊原

ここでふと、ひなたさんのことが頭に浮かぶ

飲んでいた時は忘れていたが、朝はこんなにひなたさんのことで悩んでいたと、今になって思い出した。


「いや、やっぱりやめとこ。タクシー呼ぶよ」

「えっ……あ、はい……」


腕を離して、スマホを取り出す。榊原は後ろを向いていて表情が分からない。


タクシーに乗り、榊原の家の前までつく。

「今日はありがとね」

「はい……」

「また飲みに行こうな」

「はい」


酔いはさめないけど、どこか憂鬱な表情を浮かべていた。

ひなたさんと知り合っていなかったら……なんて考えて、もうそのことは考えないことにした。

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