インペリアル・ガード

清水 涙

オープニング

オープニング 内親王殿下のご帰還に振られる


 皇居が襲撃され、占領される、


 その十年前。


 私たちは親友で、同じ夢を見ていた────。




     *




 万歳。万歳。万歳。 

 まない斉唱が続いている。



「──ご覧のように、ここ東京の皇居・乾門前では内親王ないしんのう殿下を乗せたお車を出迎えようと、たくさんの人々が集まっています」


 テレビ局の報道員は車道の脇に並ぶ民衆数百人を背景に、テレビ局のカメラに向かってそう呼びかける。


「今回、司子しのこ様は学習院初等科での校外学習を無事に終えられ、その報告も兼ねて皇居へ参内さんだいするという──、あっ。見えましたね。

 殿下がお乗りになっている車両が道路に見えました!」


 歩道に押しかけた民衆の片手両手には、小ぶりの旗が掲げられている。

 四角形の白布しろに鮮やかなあかの円が刻印されており、それぞれ神聖純潔・博愛と活力を表す。


 これが車中の人物と同じく、この国を表す象徴シンボルだった。


 旗振る人々の眼前には黒塗りの高級車が二台車列を組んでおり、その前方には側車そくしゃと呼ばれるサイドカー付きオートバイが左右に展開して進んでいく。

 大小の車両は、全てが黒いうるしを塗った漆器の如き艶のある輝きを宿し、赤色回転灯と桐花とうかの紋章を施されていた。


 それらは即ち、皇室を守護する皇宮警察こうぐうけいさつ車両にのみ許された証である。


 車と人々の間の距離が最も短くなった瞬間、やや興奮気味な報道員の声を民衆の声が凌駕した。



「────────内親王ないしんのう殿下でんかァァ、バンザァ────ィイ!!」



「万歳!」

「万歳──ッ!!」


「「玉宮たまのみや、 玉宮たまのみや殿下でんか

  司宮ツカサのみや、 司宮ツカサのみや殿下でんかッ!!

  ────司子しのこ内親王ないしんのう殿下でんかッッ!!!」」


「司子様──、万歳!」

「玉宮殿下──、万歳!」


司子しのこ内親王ないしんのう殿下でんか────、万歳バンザイ! 万歳ばんざぁい──────ッ!!」


「しのこ様ー、お帰りなさいー!」


 車中の人物は窓ガラスを開け、小刻みに旗を振る民衆に向けて笑顔で手を振り返した。すると、興奮した人々から一層強い歓声が巻き起こる。


 ──危ない。


 民衆と車の間には、磨き抜かれた黒色の儀仗用礼服を着用した男女が等間隔に配置され、民衆の列と平行に向き合っていた。


 各車両に乗る者も総員が同様の制服を着ており、彼らの視線と手足は常に動いている。

 その制服には黒地に金の刺繍が壮麗に走り、襟には桐の紋章。

 目を引く真紅の飾緒しょくしょと合わせて、彼らが警視庁警察官とはまったく異なる存在であると如実に物語る。


 一人、カメラを持って写真を撮ろうとしている女がいた。

 その行為自体は他の民衆と特に違いはないが、無意識のうちに体が前へ出ようとしている様子が、女の二メートル前方に立つ彼には分かった。


 飛び出してからでは遅い。


 絶対予防警察たる彼らには、護衛対象に他者を近づかせること自体が許されない。

 すぐさま動き、女の注意を車内の殿下から彼自身に誘導する。後は目と足の動きで自分の現状を自覚させ、思い止まるよう促す。


 どうやら女は無言で「動くな」と言われたことに気がついたらしく、前のめりだった姿勢を戻した。


 こうした警備を実施しつつも、決して民間人に威圧感や恐怖を与えてはならない。

「国民と皇族の適切な触れ合いのサポート」こそが、彼らの仕事なのだから。


 やがて国民に微笑みかける御仁ごじんを乗せた御車は、滑らかな動きで皇居に構えられた門の一つに吸い込まれていった。

 武士の時代を思わせる巨大な城門が、その威容を完成させるように閉ざされる。


 殿下を見送った民衆は、内親王の姿を一目見た興奮を口々に交換している。

 余韻に浸りながらも徐々に解散の動きを見せており、何事もなく終わったことに彼らは安堵した。


「テレビで見るより、やさしそうなひとだったねー」

「すごかったねー。ケーサツカンのひとも、かっこいいねー」

 親に日章旗を持たされた幼い子供たちからも、賞賛の声が聞こえてくる。

「ちがうよブンちゃん、エスピーっていうんだよ」「ちがうよ、このえ兵だよ」


 ドラマや漫画の影響か、子供たちの口から様々な職業が飛び出してくるが、残念ながら正解は皆無だった。


 内親王ないしんのう殿下を御出迎えする任務を終え、皇居へとかえっていく彼ら。

 その正体を正しく知る者は、少ない。


 彼らは、日本国より《皇室こうしつ守護しゅご》という唯一無二の国家公務を与えられた専門国家警察職員。



 正しい名を、


 ────皇宮こうぐう護衛官ごえいかん────


 と言った。




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