終末とアイドルとツイッター
内月蔵花
終末とアイドルとツイッター
世界の終末は結構前から予告されていた。
「地球から__光年離れた恒星の爆発で発生した__線は人体、機械ともに大きな影響を及ぼすものであり___」
どこか外国の著名だという教授が目をキラキラとさせて、どこか誇らしそうに記者会見で発表する映像は、たくさんの言語の字幕をつけて世界中で何度も流された。
世界は当然混乱した。暴動が起こり、宗教が立ち、集団が死んだ。しかし数年でそれも落ち着いた。
そう教科書には書いてある。
世界の研究者たちはは思いの外優秀であり、人類には案外時間があった。
15年。人生としては短く、現実を受け入れるには十分で、絶望するには長すぎるその時間が人類に与えられた余命だった。
終末まであと7年くらいになる頃には、人類は発表以前の姿を取り戻していた。
交通も、物流も、インターネットも変わりなく機能している。
就業率一時的には大幅に減ったけれど、人間が生きていくにはお金が必要で、結局は皆働き始めた。
出生率は上がった。結婚率もだ。死亡率はそれらと比べたら微々たる上昇しかしなかった。もとから結構死んでいる。
そういう感じで、人類はそろそろ終末を迎える。
5歳の頃に人生の終わりを知ったぼくも、今年成人を迎えた。小学校から高校までずっと「世界について」の授業で散々教え込まれてきたからか、ぼくも周りの同年代も、何人かが宗教に熱心になるくらいで、特に問題を起こす人はいなかった。
両親は何不自由なく育ててくれて、毎年長期休暇には家族旅行へ行って、たくさん話もした。お酒が入ると父さんも母さんも泣いてしまうのは、初めて一緒にお酒を飲んだ先週までずっと変わっていない。
世界の終わりまで1ヶ月を切る頃になると、にわかに世界は騒がしくなった。
やりたいこと、やり残したことをみんなやり始めたのだ。
結婚し、酒を飲み、物を買って、少しの犯罪を犯した。
僕はと言うと、風俗へ行こうとして、店の外まで順番待ちの列が伸びているのを見て、下ろしたお金をコンビニのユニセフ募金へ突っ込んで家に帰った。
あとはライブへ行った。僕が15歳の頃にデビューしてからずっと追いかけていたアイドルたちの最後のライブは、今までで一番大きな500人入る会場で開催されて、その半分以上が埋まった。5人のメンバーそれぞれの持ち曲をやって、一番CDが売れた曲をやって、アンコールでデビュー曲をやって、泣きながら挨拶をするライブだった。ファンも泣いていた。センターの子が嬉しそうに妊娠を発表したので、彼女のファンが一番泣いていた。泣きながら彼女が幸せそうで良かった、良かったとずっと言っていた。ぼくが好きなメンバーのまーちゃんは笑顔でありがとうと言っていた。
そのあとは友人にあったり、家族ときれいな景色を見に行ったりして、ぼうっと過ごした。
世界が終わるまで10分になった。
ツイッターを開いて、公式マークのついていない彼女のアカウントを表示させる。
他のメンバーと同じで、先月の『最終公演』のお礼の投稿から更新は止まっていた。
ぼうっと顔文字の多い文章を流し読みながら遡っていくと、いくらかもしないうちに最初の投稿へたどり着いた。
[今日デビューしたシナプスのまーちゃんです❗️みんなを元気にしてくぞぉ😜]
138RT 201いいね
2年前、まだRTもいいねも2桁の頃にフォローしてから、彼女のライブにも、イベントにも欠かさず行った。グッズもしっかりと買った。ブログも読んだ。いいねとRTをした。リプライは送らなかった。
ライブも、イベントも、自撮りもいつも笑顔の女の子だった。踊りや歌は一生懸命で、そこが好きだと言うファンがたくさんいた。
そんなことを思い出しながら時計を見ると、世界はあと1分だった。
彼女は何をしているだろうか。泣いているだろうか、ぼうっとしているだろうか。
誰と過ごしているだろうか。家族とだろうか。嫌だけれど、恋人とだろうか。
彼女の最初の投稿を眺めながらそんなことを考えていると、ふとある考えが浮かんで、だいぶ迷ってから僕はそれを実行に移して、スマホをポケットにしまった。
充電が70%を切っていて、少し不安になったけれど、何か悪いことをしてしまったようで、気分が良かった。
ぴろりん、とスマホから通知音が聞こえた。
ポケットからスマホを取り出して、画面を見て、そして、世界は終わりを迎えた。
ぼくの最後は多分、気持ちの悪いニヤニヤした顔だったろう。
[今までありがとう!まーちゃんから生きる元気をもらいました!]
0RT 1いいね
[わー❗️ありがとうございます❗️これからも応援よろしくね😂]
0RT 1いいね
遠くの星の爆発が、15年の歳月をかけて地球をきれいさっぱりと消し去った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
終末とアイドルとツイッター 内月蔵花 @Kuraka_UTITSUKI
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