第90話 自分の選択・1
No90
自分の選択・1
翌日もいつも通りに目覚め、"餌付け亭" の朝食を食べてからアンリエッタ邸へと目指しながらメイン通りをマダラと一緒に歩いて行く。すると、露店の店主から声をかけられた。
「おうっ! あんちゃん、ちょっと寄っていかないかっ?!」
「えっ?.....私ですか?」
辺りを見回して自分の顔を指で差しながら、声が聞こえた露店の店主に答えた。
「そうだぜ、あんちゃん! あんちゃんは、冒険者だな! 噂は聞いたぜ!」
うっ....ちょっと嫌な記憶が....また怖がられてるとかそんな噂か....
「噂ですか?...ちなみに、どんな噂か聞いても?」
「なんだよ、そんなにビクつくなよ。別に変な噂じゃねぇよ。あんちゃんは最近ルインマスに来たんだろ? 従魔を連れ歩いてあちこちで買い食いしてるらしいってな」
まあ、そうだな...毎朝どっかしらの露店て買ってはいるな...
「でな、あんちゃんが買い食いをした店の売り上げが伸びてるって、露店主の間で噂になってんだよ!」
「そうなんですか?....なんででしょう?」
「そりゃ、俺が聞きてぇよ。まぁ、その噂に俺もあやかろうって思ってな。あんちゃんを見かけたから声をかけたんだよ」
「そうだったんですか。一応、買う事は出来ますけど....串焼き肉ですか」
俺は、その露店の売り物を見たが特に買いたいとは思わなかった。
「おぅ、まぁ無難なんだけどな....試しに食ってみるか? そっちの従魔にもやるぞ。気に言ったら買ってくれよ!」
そう店主に言われて串焼き肉を俺とマダラの分を受け取り、一本はマダラにやって食べてみたが、
『マダラどう? この串焼き肉?』
『ふむ....普通じゃな』
『そうだな.....塩を振りかけて焼いた肉だな。今まで俺達が寄らなかったのも分かるな』
今までメイン通りで買い食いをしていた露店は、何かしらの特筆した部分があった。焼いた肉から食欲をそそる匂いがしたり、珍しい魚介類を売っていたり、魚介スープだったりと買う理由があって買っていた。
でも、今食べてる串焼き肉には特に買う理由がない。味も匂いも普通で、焼いてる肉も普通だ。不味くもなく特別旨いわけでもない。
せめて、肉の部位を変えてみたり、オリジナルの調味料を作って味に変化をつけてみたりと独創性を出す努力が足らないと思う。
「すみません、店主。食べてみたのですが、私には買う理由が見つかりませんでした」
俺は、正直に露店主に伝えた。露店主にもどこか心当たりがあったのだろう。驚きつつも素直に聞いてくれた。
「なっ!....はぁ....そうか。まぁ、何となくは分かっていたんだ。串焼きを買ってくれたお客が食べてくれるんだが、その顔があまり旨そうに食べてなくてな....」
「正直、普通でしたよ串焼き肉。味も肉も....ある程度舌の肥えたお客さんなら二度は買わないでしょうね」
「そうか....ハッキリ言ってくれてありがとうな、あんちゃん。やっぱり、俺には向いて無かったのかもな....」
えぇ....もしかして、辞めちゃう? 俺の言葉がキッカケで辞めちゃうの?
「あっ、あのですね、ちょっと言葉が厳しかったかも知れませんが、肉の部位を変えてみたりしたらどうですか? あとは、独自の味付けを試したりとか....」
「いや、あんちゃんの言葉を聞いて決心がついたよ。俺は、店を閉めて田舎に引っ込むわっ! 街で露店を出して、稼いだ金で将来自分の店を持つのが夢だったんだが、やっぱり無理だったんだ。漁村育ちの村人が街で店を出すなんて....」
マジかぁ.....ホントに辞めようとしてるよ...普通は、反骨精神で逆に奮闘する場面じゃん。諦めよすぎでしょ? しかも、辞めるきっかけけが俺の言葉かよ....次に買いに来た客じゃダメなの?
「店主っ! もう少し頑張って見てはどうですか? さっき言ったように試行錯誤してみては?」
「いや、そりゃ無理だな。すでに金がねぇ....あと十日もしたら店を閉めなきゃならねぇぐらいの金欠だ。どっちみち早いか遅いかだったんだ」
「そっ、そうですか....それは何と言っていいか....」
「気にするなよ、あんちゃん。別に死ぬ訳じゃねぇんだ。田舎に帰れば生活は出来るんだからよ!」
って、言われても....後味悪すぎるだろぉ....クビ宣告したんだから....
「とりあえず、厳しい事を言ったのはすみませんでした」
「おぅ、いいって事よ。今日明日はまだやるからよ! 朝からひきとめて悪かったな」
と、朝からテンションが下がったまま、アンリエッタ邸に着いた。
いつものように執事のシバスさんに挨拶をしてメイリーンさんと馬車に乗って倉庫に向かった。気分も上がらないまま、倉庫整理して昼食食べて、また倉庫整理をして宿に帰ってきた。
△▽▽△▽▽△▽△▽
今朝の事を考えながら"餌付け亭" の食堂で夕食を食べてると、
「なんだい、湿気た顔して食べてるねっ!味付けが気に入らないのかい?」
と、女将のロゼッタさんが話しかけてきた。
「ロゼッタさん....そんな事ないですよ、いつも通りに凄く美味しいですよ」
「そのわりに、料理は減ってないけどね....何かあったのかい? 話せるなら聞いてやるから話なっ! 抱えたって良いことなんて無いんだ!」
俺は、今朝の出来事をロゼッタさんに話した。そして、一応の代案を出したが金銭的理由で断られた事、田舎に戻って生活すると言っていた事を。
「そうかい...そりゃ災難だったね。あんたが最後通牒をくれちまったわけだ。これで、商売敵が減ったんだからエールでも奢ろうかい?」
「勘弁してくださいよ、ロゼッタさん。タイミングが悪かったのしょうがないですけど、もう少し言い方を考えるべきでしたよ」
「だか、遅かれ早かれ結局は店じまいするのは変わらないんだ。あんたが悩むほどじゃないさ!」
「まぁ、そうなんですけど....」
「いいかい? 最終的に判断を下すのは自分なんだよ? やるもやらないも決定権は自分にあるんだ。選択肢はいくつも目の前にあり選ぶのは自分、そして、責を受けるのも自分なんだ。逆に尊重すべきじゃないのかい?」
「......確かに、ロゼッタさんの言うことは分かります。でも--」
「でももしかしもないよ。選択肢を与えたが選ばなかったんだ。そこで、あんたの役目は終わったのさ....話はおわりさ、さっさと食べちまいな。うちのは、冷めても旨いからねっ!!」
パクリっ.....うん。確かに冷めても旨い。さっさと食べて、寝ちゃうか....前の世界でもこんな事はいくらでもあった事だ。
都会に夢を見て出てきて結局、挫折して地元に帰るなんて事はな.....
異世界に来ても、現実は厳しいものだな。
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