第76話 思い立ったが吉日

No76

思い立ったが吉日





 アンリエッタ邸での倉庫整理を切り上げて、次の依頼の為に冒険者ギルドに併設されてる食事処に向かうが何やら様子が可笑しかった。


 受付嬢のシンディさんに依頼ついて話を聞くと、依頼手続きをした受付嬢のエミリアさんに手違い、もとい不備があったらしい事を言われた。説明の為にシンディさんに別室へと案内されて話を聞くことになった。


「では、早速ですがセイジロウさんが受けた依頼ついて説明させてもらいます。実はですね--」


 シンディさんの話を聞くと依頼書が2枚1組であり俺が剥がし忘れた1枚に重要事項が書かれていたそうだ。


 その内容が、【現在、食事処は開店休業状態である。なので報酬は後払いになる。なお、料理人も給仕もいない状態なので、この依頼を説明する時に忘れずにする事】


 何とも.....ギルドからの依頼だと信じていたばかりにとんだ物を掴んじまったみたいだ。


「....確認ですが、今回の不備は私にあるのですか? それとも、ギルド側にあるのでしょうか?」


「それは、何とも言えません。確かに説明を怠った受付嬢のエミリアにミスはありました。ですが、依頼書には別紙参照の文字は書かれています。なので、確認を怠ったセイジロウさんにもミスはあったと言えなくないとわたしは思います」


 いや、そう言われるとそうだけど....依頼書を作成したのは冒険者ギルドじゃん? その受付嬢が依頼書を把握してないのはどうよ?


 確かに、シンディさんの言ってる事は分かるけどさ....


「ですが、やはり依頼書を把握していないエミリアの責が大きいとわたしは思っています。現にわたしは2枚1組を知っていましたから......それで、セイジロウさんにわたしから提案がございます。違約金の全額はエミリアに払わせますので、このミスを問題とせず、さらに依頼報酬を諦めてもらえませんか?」


 えぇー.....俺のメリットは?...別に問題にしないし、違約金を払わなくて済むならそれで良いけど....ただ、また依頼を探さなきゃだし目ぼしいのが無かったんだよな....


 討伐依頼は魅力的だけど、そればかりは嫌だし何より命は大事にしたい! なら....


「シンディさん、お話は分かりました。なので、次は私の話を聞いてもらえますか?」


 俺は併設されてる食事処を見て思った。ハルジオンの冒険者ギルドの食事処より広くて設備も悪くなかった。


 じっくりと見てはいないがサラッと見た感じでは無骨だが設備は綺麗に保たれていた。なので、料理を出そうと思えば出せる。あとは、人手と仕入れが出来れば問題ないと考えている。


「併設の食事処を見た限りでは、悪くない設備でした。手入れもされてるように見えましたし.....何故、食事処は開店休業なんですか? せめて、お酒の提供ぐらいは出来るはずですが?」


「そうですね...設備は悪くは無いと思います、旧型ですが。以前は流行っていたと聞いてます。ですが交易が盛んになり、街が発展すると同時に料理店や酒場が増えました。すると、食事処で提供する料理より街中にある料理店の方が美味しく、メニューも豊富で冒険者達はそちらに足を運ぶようになりました」


 まぁ、良く聞く話だよな...要は店の争いに敵わず弾き飛ばされ廃れていったわけだ。


「ギルド側も試行錯誤を重ねて試みたそうですが、結果は見ての通りです。お酒の提供をしてますが、微々たるものです。すでに、併設された食事処はオブジェと認識されてるのが現状です」


「なるほど.....私が手にした依頼は塩漬けの依頼だったわけですね.....」


 ハルジオンの食事処は、それなりに稼働していたからこっちもしてると思ってたし、初めて来たときもそれなりに席に座ってた冒険者がいたから.....思い込みだったわけだ。


「シンディさん、わたしが受けた依頼のエミリアさんのミスを飲む代わりに、人手が欲しいのです。条件は最低限の給仕技術を持つ人で....給金は私が出します。売上の1割を上納しますからあの食事処を貸してもらえませんか?」


「えっ?.....セイジロウさんはあの場所で何をしようとしてるんですか? 何か考えがあるなら、話の内容自体では力添えが出来るかもしれません」


 ヨシッ! 食いついたな。あとは、この話を魅力的に話し、かつ冒険者ギルドにとっても益があるように話せば....


「分かりました、では話を聞いてもらいましょう--」


 俺が考えてるのはこうだ....まず、ルインマスの街は海上貿易によって様々に物資が届く。交易によって集められた様々な物資は商人が買付を行い内陸部へと売りつけに行く。


 そして、内陸で買い付けた物資をルインマスに持ち込み売りさばき、多方面へと渡る。このルインマスではあらゆる素材が手に入るわけだ。


 ルインマスで手に入る魚介類は、仕入れによる出費を抑えられるわけだ。それにより販売額が抑えられ安く提供できる。供給と需要が成立する経済都市と俺は想定している。


 まず、ギルドの食事処を改装し設備と人手を確保し、冒険者達に提供しようと考えるがそれだけではインパクトが弱い。


 なので、前の世界の料理店を参考に新しいスタイル、ルインマスでは斬新な料理店もとい食事処をオープンさせる事をシンディさんに話す。


 改装にかかる費用は俺が持つ事を話し、ギルドでは仕入れルートを確保してもらいつつ、冒険者から買い取った食べられる素材も安く卸してもらう。


 さらに、新食事処で得た利益の1割を上納とギルド職員限定で3割減で食事が食べれる特典をつける。


 冒険者ギルドは、何もせずに利益の1割を得て、さらに料理がすべて3割減で食せる。さらに食事処で作られる料理レシピを譲渡するかわりに、料理レシピから販売された売上の1割を俺のギルド口座に振り込んでもらう事。この料理レシピは冒険者ギルド経由なら何処でも販売可能とする事も伝えた。


「--まぁ、ここまで話しましたが....細かい部分は話を詰める必要がありますが、大枠はこんな感じになりますね」


 受付嬢のシンディさんは、終始ずっと表情豊かに聞いてくれていた。驚き目を見張ったり、時には笑顔になったり、そして、話の最後の方は真剣な顔になっていた。


「....ふぅ.....かなり壮大な話ですが、現実感は感じました。それが叶うとなればギルドに取っても有益でしょう。セイジロウさんにも利がありますし......話は分かりました。わたしでは判断が難しいので上層部と話をさせてください。それと、申し訳ありませんが返答は数日はかかると思ってください」


「はい、出来れば良い返事を期待してます。それと、私は冒険者なので人付き合いが苦手ですので上層部と私の間をシンディさんが繋いでくれると助かるのですが...」


「ご冗談を....商人、いえ貴族の方と言われても驚きは少ないぐらいに弁達でしたよ....ですが、間に入るのは吝かでは無いですよ?」


「えぇ、分かってます。私が作る甘味を提供しましょう。ですが、これはハルジオンの冒険者ギルドで優先販売が決まってます。なので新しい甘味を作って話が纏まるまでシンディさんが欲しい時に提供しましょう。どうですか?」


「分かりました。わたしがセイジロウさんの代理として話を進めます!」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」


 と、話がまとまり冒険者ギルドを出る。外はスッカリ陽が暮れて辺りには街中を賑やかに歩く冒険者達や船乗り達、ルインマスの住人が通りを占めていた。


 気づけば話はまったく違う方向に行き、壮大な話になってたが成功する確率は高いと俺自身は思っている。仮に、話が流れても街中で料理店を出せば済むことだ。


 この話の肝は人手と設備にあるが、どちらもアテはある。ハルジオンの街では手に入らなかったものがこの街なら入ると感じていた。


『セイジロウ、いつまで呆けて立っているのだ。宿に戻り食事じゃ。朝食のような魚を所望するぞ』

「あー...そうだな。宿に戻るか、あの魚は旨かったし、アンリエッタ邸で食べた魚も旨かったよな! ルインマスに来て好かったな、マダラ!」


 そんな、料理の話ばかりしなが"餌付け亭" と早足で向かった。


 ちなみに、マダラはまだ影から出して連れ歩いてはいない。今はまだ焦る必要もないと思っている。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る