第61話 次は桃山
「えっ?」
「もっと自分の意見を持たないと。じゃあ、私は失礼しますね」
頭を下げ、紙袋を持って舞は薄暗い階段下から立ち去った。その後ろ姿を筑紫はぽかんと眺める。
「かわされたか、いや、天然……?」
舞が自分のとりまきに妬いたり焦ったりすればいいと筑紫は思っていた。しかしそれらはなく、舞に自分の意見を持てと叱られてしまった。
『大切な人に何もかも支配されたい』というのが筑紫の考えだというのに。
「舞ちゃんなんて『自分の意見がない』、過去の出来事にとらわれてる男が好きなくせに、本当に見る目がないんだから」
筑紫は慈しむように目を細め、そう愚痴る。
それでも舞は自分の意見がない事を注意できるのだから、きっと『彼』にも注意してくれるだろう。
■■■
次に舞が向かったのは家政科だ。会うのは勿論恵で、彼の教室に来てほしいとの事だった。
女子生徒だらけの教室で、やはり恵は女子に囲まれるようにして居た。
筑紫と同じパターンかと思ったが、よく見てみると違う。
「メグちゃんの作ったトリュフおいしい~!」
「ほんと、私もトリュフを作ったんだけど、うまくいかなかったの。どうしてこんなにおいしいの?」
「きっとガナッシュを作る時に混ぜすぎたのではないかしら。あ、そちらのチョコタルト、いただくわね」
女子に囲まれ、大量のチョコレート菓子を広げている。
チョコレートの試食会をしているようだ。筑紫とは別の意味でモテている。
そして桃山は筑紫と同じように舞にすぐ気付き、立ち上がり教室の出入り口に向かう。
今回は嫉妬を気にしなくていいというのは舞には気楽だった。
「舞ちゃん、来てくれたのね」
「はい。約束のチョコレートです」
「まぁ、可愛らしい包みね。嬉しいわ。今食べてもいいかしら?」
「え、今ですか?」
笑顔の恵とは対照的に舞の表情はこわばる。いつか食べてもらうのなら早いほうがいいが、なにも家政科生徒の作った品の後に食べなくてもいい。味を比べられそうだ。
「今食べないと、皆のチョコの中に紛れてしまうかもしれないわ。これは私の分のチョコレートで、誰にも譲れないもの」
確かに教室の内部は机いっぱいにチョコレートが広げられていた。あの中に恵が持ち込めば、確かに紛れてしまいそうだ。そう言われれば舞も許可するしかなかった。
「じゃあ、どうぞ」
「ありがとう」
恵は指先でチョコをつまみ、口に放る。舞はその様子を祈るような気持ちで見守った。
「うん、おいしい。前よりもずっと」
「本当ですか?」
「えぇ、本当よ。もしかしてリキュールを入れた?」
「はい。先輩のレシピにも書いてあった通りに買って入れてみたんです」
「ふふっ、やっぱりいいわね。妹は」
幸せそうに呟く桃山の言葉に、舞はひっかかりを覚えた。
「……同じ科の皆さんがいるじゃないですか。妹でなくても皆さんと教えあえばいいんじゃないですか?」
「だって、皆は皆の個性があるもの。私のやり方を教えて、個性を潰してはいけないでしょう?」
「あ……」
クラスメイト達は家政科の生徒だ。当然舞より菓子作りの経験が有り、独自のやり方で上達してきた。
アドバイス程度ならはよくするかもしれないが、一から自分と同じやり方を教える訳にはいかない。
その点舞ならば一から自分のやり方で教える事ができる。それが妹らしいというところだ。
「舞ちゃんの作るものは私のものと似てしまうけれど、それが嬉しいの。姉妹とは似るものなのだから」
「なるほど……」
それが彼の妹を求める理由かもしれない。他のものの兄としてのものとはまた違うようだ。
「つまり、『私色に染めたい』というのかしら?」
「……それって本当に姉としての気持ちですか」
姉というよりは若い娘に夢中になる男のような言葉だった。
■■■
昼休み最後に舞が向かったのは体育科。黄木のクラスだった。
「待ってたよ!舞ちゃん!」
体育科棟に入った途端、黄木には出迎えられる。
きらきらとした期待を込めた目で舞を見るあたり、もしやチョコレートが楽しみすぎて待ち伏せをしていたのではないかと思う。
「さっき教室の窓から舞ちゃんのすがたが見えたから、急いで来たんだよー」
「あ、それはわざわざありがとうございます」
「ううん、いいんだ。だって体育科はケダモノの集まりなんだから、舞ちゃんは入らない方がいいよ」
獣の集まりに舞は思わず首を傾げた。
目の前にいる黄木はどう見てもひとなつっこい大型犬だ。獣と言うには少し違う。
「それで、チョコは?」
「あ、はい。これです」
紙袋からチョコレートを差し出す。それを手に取ると黄木の表情はゆるんだ。
「ありがとっ、部活終わったら食べるね」
そしてチョコをその長い腕で高く掲げた。
大げさだと舞は思う。彼だって見た目も愛想もよく女子にはモテて、チョコレートをたっぷりともらうはずなのに。
「……先輩、チョコレートは他にもらっていないんですか?」
「もらってないよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます