第45話 お説教タイム

舞から思わぬ怒りをぶつけられ、赤坂はぽかんと彼女を見つめた。


舞に黙ってストーカー退治をした事は赤坂も悪いと思っている。

そして『ナイフを所持したストーカーと戦って病院に行った』と聞かされて誤解をしたのもわかる。

しかしこれだけ舞が怒る事は予想外だ。


「……あの、妹尾さん。公共の場ですしどうかそのくらいで」


そんな舞を見て、同じく喫茶店内にいた緑野がなだめる。舞は怒りで視界が狭まっていて見えなかったが、緑野もこの場にいた。

確かにここは喫茶店。病院帰りに立ち寄る客も多く、大声を上げる事はよくない。


「彼の治療は済みました。ストーカーの始末も他の皆でとりかかっています。白石さんへの報告は僕が行います」


緑野は冷静にこの場をしきる。その様子は冷たい。恐らくは舞達が来るまで彼らは二人きりにされていたためだろう。不仲の兄弟が二人。さぞかし居心地の悪いことだろう。


「妹尾さん、近くにうちの車を用意してあります。それで彼をマンションまで送って下さいますか? その後は妹尾さんの家まで送らせますから」


緑野のその申し出により、舞は彼が何を言おうとしているのか理解した。

車の中、もしくは赤坂の家で叱れという事だろう。


「わかりました。そうさせてもらいますね」


にこりと笑って舞は鞄を持ったまま、赤坂に視線を向ける。

赤坂は固定した足でなんとか歩けるらしい。一人で立ち上がり、どこか情けない背中を見せて舞と共に喫茶店を出ようとした。


「兄さん」


しかしその時、緑野が呼び止める。


「貴方は僕達のリーダーなんです。兄さんの判断で誰かが傷つくかもしれないのですから、もっと慎重に決断してくれなくては困ります」


去り際、その情けない背中に向かって緑野が言った。

落ち着いた響きのある静かな言葉だ。しかしそれには舞以上の怒りが込められている。


「……悪かった。反省している」


ひときわ低くなった赤坂の声。それを聞くともう舞は怒れなくなりそうだった。

おそらくは彼は何か失敗をしたのだろう。そして距離を置かれている異母弟にまで指摘されては落ち込むのも無理もはない。

舞が怒る必要のないほどに赤坂は反省していた。


「……肩、貸しましょうか?」


舞は頼りなさげに歩く赤坂を見上げてそう尋ねる。


「いや、大丈夫だ。舞に肩を借りるのは、さすがに無理があるだろう」


小柄な舞が大柄な方の赤坂を肩で支える事は難しい。しかしそうして支えてくれる姿を想像し、赤坂は和んだ。


「あ、車こっちですね。とにかく乗ってください」


緑野が手配した車と見覚えのある運転手を見つけたのは赤坂だった。緑野の家の車なのだから、彼も知っていておかしくはない。

そして住所の確認などは一切なく運転手は車を発進させた。すでに赤坂の住居は把握しているのだろう。


「……叱るんじゃなかったのか?」


車に乗っても何も言わない舞を不審に思い、赤坂はそう尋ねる。


「もう反省してる人をこれ以上怒れません。それで、何があったんですか?」


足の捻挫は赤坂が勝手に段差で転んだもので、それを聞きたい訳ではない。聞きたいのはストーカーがナイフを取り出すまでに至った経緯だ。それにより、緑野は静かに怒っていた。


「……依頼人が冬休み中、ずっとストーカーに付きまとわれていたらしいんだ」


座席の背もたれにゆったり体を預け、赤坂は語り出した。


「ストーカーとは元カレらしく、今までは登下校に付きまとわれていた。冬休みまでは俺達が一緒に帰るなどして、そのうちにストーカーは消えたと思っていたが、再び休み中に現れたんだ」


学校のない冬休みまでは七姉妹会は面倒が見れない。それに依頼人側も申し訳なくて赤坂達に報告できなかったのだろう。


「幸い正月だから依頼人もずっと家にいる事ができたし、家族もいるから安全だった。けど三学期になってすぐ依頼人が再び助けを求めたため、俺はすぐ皆を集めたんだ」


ここまで聞いた所では、舞も赤坂のどこが悪いのかわからない。早い対応で、依頼人としては心強いと思うはずだ。


「俺はストーカーに直談判をしようと考えた。しかし皆はその意見に反対し、この問題を大人に託そうとしたんだ」

「え……」

「依頼人の元には、虫の死骸などが届けられていたらしい。どう見ても悪質で、脅迫とも感じられる」

「ならすぐに動いた方がいいじゃないですか」

「いや、だからこそ皆は大人を頼るべきだと考えたんだ。これはもう訴えるべき事件なのだから」


尾行だけでなく脅迫めいた事までするストーカーは、もう七姉妹会の手に負えない。

赤坂以外の者はそう考え、しかし赤坂だけは七姉妹会でなんとかできると考えた。


そうなると舞は違和感を感じる。あの冷静な赤坂が、なぜ大人を頼らなかったのか。普段の彼ならばこういう時こそ冷静になるはずだ。


「先輩は、どうして……?」

「依頼人を助ける事に必死だった、という事なのかもしれない」

「依頼人はそんなに可愛い妹キャラだったんですかっ?」


舞は勢い良く尋ねる。可愛い妹キャラが依頼人だったため、赤坂は張り切りすぎて判断を誤った、とすぐ想像がついたのだった。


「ち、違う、それはない!」


珍しく慌てた様子で赤坂は否定した。

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