第35話 アテニゲ

おそらく黄木が発したのは『舞ちゃんと話したいの?』という意味の言葉だろう。


「俺ばかりが舞を独占する訳にはいかぬだろう。こうしてここに呼ぶという事は、皆の妹として呼ぶという事なのだから」

「別にドクセンしていいと思うけどなー。ビョウドーに皆で分けあうなんて、絶対にムリな話なんだし」


黄木は食べ物を飲み込み言った。舞との時間をどう分けたとしても不平等が生じる。それを思えば抜け駆けをしないと損だ。


「皆さ、今までここまで付き合ってくれるような女の子がいないから舞ちゃんがありがたくてかまってるけど、そのうちハマっちゃうと思うよ?」


これ程までに妹らしく、赤坂達にマメに付き合ってくれた女子生徒は今までいない。今はその物珍しさから皆が舞を構う。

そんな単純な興味は今だけの話だが、なかなか思い通りにいかない舞を皆は気に入りつつあるはずだ。


「とくに緑はまずいよ。妹じゃなくても舞ちゃんの事好きっぽいもん」


次に赤坂は緑野に視線を送る。緑野は桃山と青島と楽しそうに話をしていた。

舞と緑野が知り合っていた事には驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、緑野の態度だ。

普段から柔らかい雰囲気の彼だが、舞にはとくに優しく好意的だ。妹好きだからではない事がわかっている分、それは恋愛感情であるとわかりやすかった。


「ただ、緑って本当に舞ちゃんのことが好きなのかな。ムリに好きになろうとしている気がするんだよね」

「ムリに好きになる、か……」

「なんだっけ。『アテニゲ』?」

「……『当て付け』と言いたいのか」

「そう、そんなかんじー」


ふわふわと間違えた言葉を使う黄木ではあるが、頭の出来が悪い訳ではない。

そのため緑野の気持ちに勘付いていた。彼は不仲の赤坂の目の前だからこそ舞と仲良くするのでは、と。


「緑が舞ちゃんとなかよくしたら、赤が傷つく。緑はそれが分かってるんだよ」

「……俺は舞とあいつが付き合ったって、傷つきはしないが。七姉妹会ならば許せるのだから」

「でも、舞ちゃんが弄ばれたりしたら舞ちゃんが傷ついて、舞ちゃん大好きな赤も傷つくよね」


ぐっと息を飲み込むように、赤坂は怒りや何かをこらえた。

舞と緑野が付き合ったなら、緑野は七姉妹会の仲間だからと交際は祝福できる。

しかし舞が弄ばれるのは許せない。そしてそれが自分への当て付けだとしたら、尚更許せないのだった。


「……俺はどうしたらいい?」

「舞ちゃんに話をしておけばいいんだよ。こういうことがあってキミは緑にだまされるかもだから気をつけてねって」

「しかし……あの事は俺の一存で話せる事ではないだろう」

「だったら舞ちゃんがだまされるのをただ見てるしかないねぇ。うん、しかたないね。舞ちゃんが緑にだまされたとして、それは舞ちゃんに見る目がないだけのことなんだから」


黄木の言葉には達観した響きがあった。

これから舞が弄ばれたとしても、それは偽りの愛情を見抜けない舞が悪い。

原因は赤坂にあるとしても、舞は赤坂を責めたりはしない。なにせ舞は赤坂と緑野の事情を知らないのだから。


「赤は知らんぷりしてればいいよ。緑だって知らんぷりを続けるんだから。皆だってヒミツは守る。だから舞ちゃんは何もしらないまま、ただだまされて傷つくだけなんだ」

「そんなのは、俺はいやだ!」


会場に赤坂の声がよく響いた。突然の大声に皆が注目する。


「……たしかにクリスマスにはチキンがないとイヤだよねぇ」


そんな風に黄木は赤坂の叫びを誤魔化した。なんだチキンの話かと各自会話に戻る。


「……おちついてよ。おれだって舞ちゃんが傷つくのはやだ。七姉妹会もうまくやってるのにそれをこわすのもやだよ」


別に黄木は赤坂や舞が憎くて言っている訳ではない。ただ、真実を告げるか告げないかでどうなるかを考えて欲しいだけだ。


「おれたちは赤と緑、どっちの味方もできない。仲間外れやハバツなんてバカらしいからしたくないんだ。アンキモのリョウサイだよ」

「暗黙の了解だな。わかっている」


例え気にくわない人物がいても、仲間を作って相手を攻撃してはいけない。気にくわない相手がいる時は一対一で。周りはそれを見守るだけ。それが七姉妹会のルールだった。


「ただ、おれ達は皆、妹の味方だよ。それは変わらないし、そこからどうするか考えればいいと思うな」


七姉妹会に共通する事は全員妹が大事という事。黄木も緑野が舞を騙すとはっきり判明したら黙ってはいない。


「いつだって舞を第一に選択をすればいいという事か」

「あたりまえの事だよ。けど、忘れがちな事だから」

「あぁ、ありがとう。話そうと思う。全部とはいかないが、何があったかを」


決意をし、赤坂は筑紫達と話す舞を見つめた。

彼女が傷つく選択だけはしない。それが七姉妹会の選択だ。





■■■





「本当に久しぶりね。緑野ったら、ちっとも七姉妹会に顔を出さないのだもの」

「桃山君も少し見ない間に女性らしい仕草が完璧で驚きました」


親しげに会話をする清楚な女子生徒といかにも品のある男子生徒。この二人はお似合いのカップルに見えてしまうと青島は改めて思う。



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