第34話 妹で彼女
「だったら僕は嬉しい。舞ちゃんが妹で彼女だなんて、こんなに幸せな事はないよ!」
舞にどんどん距離が近づく筑紫の顔を橙堂は引き離した。
「バカか。彼女がいるか聞いただけで飛躍すんなよ」
「え、彼女いるか聞くって事は脈有りなんじゃないの?」
「……まぁ意識してないという事はないのか。赤坂よりは」
「うん、『恋人ができようが気にしない』という事はないでしょ?」
二人は以前赤坂が言われて深く傷ついた言葉を思いだし、他人事では済ませられなかった。それに比べれば恋人の存在を意識される事は良い事だ。
「僕は恋人いないよ。舞ちゃんが立候補してくれるなら大歓迎」
「わ、私は妹なのに!?」
「妹っていったって属性なだけで血の繋がりはないでしょ。それに一番愛情を注ぐ存在って事はどっちもかわらないし」
誰に一番愛情をかけるかを考えて筑紫は答えたのだろう。その結果妹=恋人となったらしく、彼は血の繋がらない妹ならば恋愛感情を抱けるという事になる。
「それにもし妹がいて恋人もいたら、『私と妹どっちが大事なの?』ってなるよね。だったら妹と恋人を兼ねた方がいいよ」
「……まぁ、それはわかる気がするな。どっちも同じくらいに大事なんだから」
「そうそう。大昔は妹と言えば恋人という意味だったりするぐらいなんだからね」
珍しく不仲な二人の意見は一致していた。そして舞は緑野の言葉が正しかったと気付く。二人は兄の気持ちだけで舞に接していた訳ではない。
「じゃあ、お二人に妹さんはいますか?本当に血の繋がった妹で」
「妹はいないよ。姉ならいるけどね」
「俺は一人っ子だ」
それ答えた二人はどこか嬉しそうに見える。きっと舞に色々と聞かれて興味を持たれた事が嬉しいのだろう。
「橙堂先輩が一人っ子なのはなんだか納得です……」
「一人っ子じゃないと習い事とか芸能界とかやらせるのは難しいからな」
舞はそういう意味でなく、要領のいい性格から言ったのだが。
「筑紫先輩も確かにお姉さんがいてそうな雰囲気があります」
「姉がいると女の子の扱いに慣れて紳士的になるって言うよね」
舞はそういう意味でなく、自分に正直なあたり下の子らしいと思ったのだが。
「でも筑紫先輩のお姉さんって美人そうですよね。お姉さんを大事にしたりはしないんですか?」
筑紫の雰囲気は柔らかく、中性的な顔だちから姉を連想しやすいのだろう。だとしたら当然姉は美人に決まっている。
美人の姉が実在するのならば、普通はそちらを大事にするのではないかと舞は考える。
「姉は友達曰く美人らしいけど……鬱陶しいんだよね」
「うっとうしい?」
「ベタベタしてくるんだよ。しょっちゅう何かプレゼントしてくるし話聞こうとするし一緒に出かけたがるし。やっぱり僕は可愛がるなら妹がいいな」
舞はその姉弟が理解した。姉がベタベタ構いすぎる余り弟は嫌がって姉嫌いになり、実在しない妹への憧れが募ったのだろう。
しかし筑紫の妹への接し方こそベタベタとして、そういうところが姉弟らしい。
「実妹なんて、いないからこそ憧れるんだろ。実際に居たら面倒で仕方ないはずだ」
「あ、じゃあ七姉妹会の皆に本物の妹はいないんですね」
ほっとしたようで舞の唇からその言葉はするりと出た。やはり緑野の言った『赤坂に妹がいる』という言葉は嘘なのだ。
「あ、いやそれは……」
しかし急に筑紫と橙堂の表情は冴えなくなった。目は泳ぎ、言葉は震え冷や汗をかく。
「誰か、本当の妹がいるんですか?」
「い……いる。いや、いない……」
「どっちなんですか」
「ちょ、ちょっと待って、僕の口からは言えない!」
筑紫を問いただせば彼は反射的に答えた。橙堂の目は咎めるように彼をにらみつける。それは筑紫が言ってはいけない事を言ったという証だった。
「俺達はもう何も話せない。悪いがこれ以上聞くなよ」
橙堂は諦めたように舞に囁く。もう誤魔化せないと判断したのだろう。
「俺達だって本当はお前に言ってしまいたい。けど、これは俺達だけの問題じゃない。だから一人や二人の考えでは言えねぇんだ」
「……そうですか。わかりました」
何かがあるとわかっただけで舞にとっては収穫だ。これ以上を尋ねたところで二人を困らせるだけだろうと、舞は質問をやめた。
七姉妹会の中に、血の繋がった妹を持つ兄がいる。それが赤坂とは限らないが、赤坂である可能性は高い。
そして筑紫達がうかつに言えないあたり、重要な秘密が隠されているようだ。
■■■
小規模な立食パーティーという形式をとったパーティー会場は、全員が何を話しているかはわからないが雰囲気だけは理解できる。
先程から舞と話す筑紫と橙堂を見て、赤坂は深くため息をついた。
「ふぁいふぁんふぉふぁふぁひふぁいふぉ?」
「……黄木、食べながら話さない方がいいぞ」
さっそくたくさんの食べ物を頬張る黄木を見て、赤坂は苦笑を浮かべた。
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