第32話 兄であろうとする人達

「気にしない方がいいです。彼はいつもああなので」

「……そうですけど。なんだか具合悪そうにしていたから、心配です」

「貴方は本当に優しいのですね。……だから彼らに目をつけられてしまうのでしょうけれど」


優しげに語る緑野の様子が僅かに変わったのを舞は見逃さなかった。

緑野にとって七姉妹会は仲間であるはずだ。しかし今の彼は仲間達に敵意があるように感じる。


「七姉妹会で妹尾さんと再会できた事は嬉しく思います。しかし貴方はあまり出入りしない方がいい」


珍しく厳しい声色で緑野は忠告した。少し前ならば舞もその意見に同意しただろう。そして彼を常識人と見るだろう。七姉妹会でありながら、彼は他の会員と違いすぎる。


「……確かに先輩の言う通りですね。でもお菓子とか食べたり、皆優しいからついつい通ってしまうんです」

「優しいとは『兄として』です。だから貴方も安心できるのでしょう?」

「ええと、」

「彼らが『普通の男性』ならば、貴方は警戒したはずですよ」


難しいもしもの話に舞はしばらく頭を悩ませた。

確かになんだかんだで舞は彼らを兄になりたがる人として見ているため、安心して七姉妹会に出入りしているかもしれない。ただの男の集まりに女一人の自分が参加するとは思えなかった。他の女子もきっとそうで、学校内とはいえ異性の集まっている部屋に行こうだなんて普通は考えない。だから七姉妹会と関わろうとする妹的な女子生徒は今までいなかったのだろう。舞が七姉妹会に通っているのは、彼らが兄であろうとするからだ。


「確かに先輩の言う通り妹とみられているとわかっているから、七姉妹会に出入りしたかもしれません。あの人達に大事にされてるって知ってるから、それに甘えてるっていうか……」

「彼らは妹尾さんに恋愛感情をいだかないと思っていますか?」

「えっ、あ、あぁ、はい。そうですね。妹なわけだし」


妹だから恋愛感情は持たない。そんな彼ら相手だからこそ舞は安心して七姉妹会に関わったと言える。

なにせ皆で妹の男女交際を妨害する程だ。妙な真似をする奴なんているはずがない。


「貴方は誤解しているようですからはっきりと言っておきます。彼らの一部は貴方を恋愛対象と見る事もあるんです」

「え……」

「貴方はもっと警戒をするべきです。兄の振りして貴方に危害を加えたり、貴方を利用しようとする人もいるのですから」


これには舞はひっかかった。緑野にとって七姉妹会は数少ない友人達であるはずだ。なのに彼らを貶めるような事を言うのはおかしい。


「……どうしてそんな風に言うんですか。先輩にとって、皆は友達なんでしょう。確証もないのに、そんな……」

「赤坂昴には妹が居ました」

「妹……?」

「妹尾さんは、その代わりにされているだけなんです」


はっきりとした緑野の言葉だというのに、舞は夢の中にいるような気分になった。


赤坂に妹がいる。それはおかしい。彼はついこの間、弟がいると言った。妹がいるとは一言も言っていない。

大体本当の妹がいるとしたら、あれだけ夢見がちな妹妄想はしないはずだ。


「赤坂昴は貴方や疑似妹を優しくする事により自己満足をしています。もう彼は、本当の妹に会う事はできないから」


緑野が語るのは現実感のない言葉だった。

しかしその言葉は一文字ずつ舞の心に深く刻まれてゆくのだった。





■■■





「毎年やってるクリスマスパーティーだが、今年からは妹である舞を招く事ができた。今回白石さんは出席できなかったが、きっと彼も喜んでくれる事だろう」


緑野家の一番広い客間には各自持ち寄りのごちそうが並べられ、皆がジュースの入ったグラスを手に持って、リーダーである赤坂の乾杯の言葉を待った。

赤坂の様子はいつも通りだった。車酔いした様子も何もないし、芝居かかったような口調もいつも通りである。


「それでは乾杯。メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


グラスを掲げ、皆がそう言った。

赤坂に目が行き出遅れた舞も慌ててグラスを掲げる。


「舞ちゃん、何から食べる?チキンなんてお勧めだよ」

「あ、筑紫先輩……」

「ごちそうを楽しみにしてたんだろ。遠慮なんかすんなよ」

「橙堂先輩……」


乾杯を終え、競うように舞に話しかけたのは筑紫と橙堂だった。

舞は緑野の言葉を思い出す。兄として振る舞う彼らも、何らかの下心を持っているらしいという事だ。それを疑うと反応も鈍くなる。


「具合、悪いのか?それなら緑野に言って休ませてもらうとか……」

「そうだよ、無理しちゃいけないよ。ちょっとそこの椅子に座ろう」


立食パーティー形式ではあるが、部屋の隅に用意された椅子に、舞は強引に座らされた。


「熱は……なさそうだな」


橙堂が舞の額に手を当てる。とくに熱があるという事はなく、二人を安心させた。


「緊張でもしちゃった? わかるよ。緑野の家って豪邸だもんね」

「あ、はい。そうなんです。緊張しちゃって」


まさか赤坂の事を聞けるはずなく舞はそう誤魔化す。


「あの、先輩方はよくこちらに来るんですか?」

「皆で集まるのはクリスマスだけだな。俺もたまに遊びには来るけど、いつ来ても迷う」

「案内なしに一人で歩かない方がいいよ。すぐ迷子になっちゃうからね」

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