第208話 紫乃の過去

 絵を描くという行為は、現実逃避の一つの手段でしかなかった。

 それなりに描ける自覚があり、絵を描くことは苦ではなかった。

 でも、ただそれだけ。

 あまり人と馴染めなかった紫乃は、一人で黙々と絵を描くしかなかったのだ。


「ねぇねぇ、今日はなにしてあそぶー?」

「わたし、今日はドッジボールしたーい!」

「いいねいいね! それならみんな誘おうよ!」


 楽しそうに話しているクラスメイトたちの声をBGMにしながら、紫乃はいつも通り一人ぽつんと絵を描く。

 いつから一人になったかはわからない。

 気づいた時は、みんなで示し合わせたように紫乃だけ孤独になっていた。


 でも、こうして一人でなにかをするのも悪くはない。

 みんなと同じ遊びや作業をしていると、どうしても自分のペースでできないし、みんなに意見を譲ってばかりだから。


「これで……いいんだよ〜……」


 そう言ったそばから、涙が込み上げてきた。

 紫乃は自分でもわけがわからず、必死で涙を抑えることしかできない。


「なんで……」


 自分の気持ちに嘘をつくのに、限界が来ていたようだ。

 このままだと、教室で一人泣き叫んでしまいそうだった。

 心配してくれる人のいない教室で。


「えっ! うまっ!」

「えっ!?」


 いつの間に背後に立たれていたのだろう。

 まったく気配を感じなかった。


「すごいすごい! どうやって描いたの? 私も絵うまくなりたいな〜!」


 そうはしゃぐ子の目のまわりに、うっすらと泣きあとのようなものがあるを見つけた。

 確かこの子も、紫乃と同じ孤立者だったはず。

 もし、うまくいけばこの子となら友だちになれるかもしれない。

 だから紫乃は、思い切って声を出した。


「えっと……その……ほんとにうまいかな〜?」

「うん、もちろん!」

「よ、よかった〜……ありがと〜……」


 この子となら、うまくやっていけそうだ。

 紫乃は直感的にそう思い、思わず笑みがこぼれたのだった。

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