第166話 かんちがい(萌花)

 その日はちょうど寝坊をしてしまい、少し遅れて学校前の心臓破りの坂をのぼっていた。

 やはり、この坂は何度のぼっても慣れない。

 平地に学校を立ててほしかったものだ。


「んー? んんんー?」


 萌花は校舎の方を見つめ、首を傾げる。

 いつも生徒たちや教師の声で賑わっているはずの学校は、まるで別物のようにシーンと静まり返っていた。

 まさか休みなんてことはあるまいし、と困惑する。


 頭の中で絶えず警鐘が鳴らされている。

 これで学校が休みだったら、ドジっ子なんかのレベルではない。

 軽い記憶障害を起こしていることになるのではないだろうか。


「ま、まさかね……」


 萌花はそう呟くも、不安はどんどん大きくなっていく。

 本当に休みだったらどうしよう。

 もしそうだとしたら、萌花は自分が嫌すぎて泣くしかできなくなるだろう。

 もうこの時点で少し涙目になっているが。


「うぅ……」

「どうしたの〜?」


 我慢できず泣き出しそうになった時、よく知った声が前の方から聞こえてきた。

 下を向いていたから、向かってくる人影に気づくことができなかったのだ。


「し、紫乃ちゃん……?」

「え、な、なんで泣いてるの〜? ほらほら、泣かないで〜?」


 紫乃はわたわた慌て、カバンからハンカチを取り出して萌花に渡す。

 申し訳ないと思いながらも、萌花はハンカチを受け取る。

 涙をふき、気持ちを整える。


「ありがとうございます、紫乃ちゃん。おかげで落ち着きました」

「それはよかったよ〜。でも、なんで泣いてたの〜?」

「えっ、あ、そ、それは……」


 なんと言えばいいのか。

 休みと間違えて来ちゃったかもなんて、恥ずかしすぎて言えな――

 ……あれ?


「し、紫乃ちゃん……その……今日って学校ありますよね?」

「え? うん、あるよ〜。寝坊して慌てて学校来たんだけど、もうホームルーム始まってるっぽくて急ぐの諦めたんだよね〜」

「そ、そうだったんですか。って、ホームルーム始まってるんですか!? 急がないと!」

「えー、急ぐの〜? もう間に合わないんだからゆっくりでもいい気が……」

「つべこべ言わずにはやく……!」


 萌花は紫乃の手を取って走り出す。

 もう間に合わないとしても、誠意は見せないと。

 誰も見ていないけれど。


「……まあ、こういうのもたまにはいいかな〜……」

「なにか言いました?」

「いや〜? なんでもないよ〜」


 そう笑う紫乃が嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

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