第158話 てんかい(朔良)

 みんなが合宿に出かけている頃、朔良は瑠衣の家に遊びに来ていた。


「……はぁ、みんなに嘘つくことになるとはな。でも、これはみんなには言えないし……」


 朔良はもやもやしていた。

 いや、今から起こることはすごく楽しみなのだが、みんなに嘘をついてまで今日やる必要があったのかということ。

 それと、心臓がドキドキしすぎて早死しそうなレベルだ。


「さくにゃーん。準備できたにゃ」

「お、もうできたのか。うぅぅ……緊張すんなぁ……」


 扉の向こうから瑠衣の声がする。

 まさかもう準備ができたとは。

 朔良はまだ心の準備ができていないというのに。


「邪魔していいか?」

「どうぞにゃ」


 朔良は勇気をだして扉をノックする。

 心臓が止まらない。……いや、止まったら大問題だけど。

 痛いほどに動いていて、胸を抑えないとやっていられない。

 この先に、どんな景色が広がっているのか。


「さぁ、どうぞ上がってくださいにゃ」

「うわ……すげぇ……」


 そこはキラキラと輝いていた。

 いや、正確には、キラキラと輝いて見えた。

 まるで天界だ。


「こ、これ、ほんとに全部着ていいのか!?」

「もちろんだにゃ。そのために用意したんだからにゃ。メイクとヘアセットもこっちでやるから安心していいにゃよ」


 瑠衣はスチャっと、ヘアアイロンやらカラコンやらを取り出す。

 得意げな様子の瑠衣だったが、朔良はそれに気づかず目を輝かせる。


「ほんとすげーな、このコスプレ部屋! 衣装がたくさんあるじゃねーか!」


 うひゃーっとテンション高く舞い上がる朔良。

 普段の様子からは想像も出来ないほど上機嫌だった。

 瑠衣はそれを微笑ましそうに見つめている。


「まほなれの衣装もたくさんあるな。けど、高校生が小学生のコスプレするのってどうなんだろうな……」

「あれ? 前にまほなれのコスプレして部室に集まってなかったっけにゃ?」

「……してたけどさ。あれはみんながしてくるって言ったから乗っただけで……」


 朔良は恥ずかしそうに下を向く。

 今更になって羞恥心が込み上げてきたようだ。


「ま、今日は瑠衣以外誰もいないんだし、好きにやっちゃっていいにゃよ?」

「……ん、さんきゅ」


 瑠衣は朔良の頭をぽんぽんと撫で、さとすように言う。

 頭を撫でられて落ち着いたのか、少しするとまた衣装を眺め回し始めた。

 すると、ある衣装が目に付いた。

 それはとてつもなく布面積が少なく、胸と秘部しか隠せるところがない。


「……前から思ってたが、魔央ちゃんの魔法少女衣装って布面積おかしいよな」

「はなにゃん、まおにゃんには自分の性癖を詰めに詰め込んだって言ってたにゃ」

「うわ、聞きたくなかった」


 そもそも、なぜ瑠衣はこんなものを持っているのだろうか。

 こんなの着る人いるのだろうか。

 瑠衣の家はお金がなくて手先が器用だから、ここにある衣装は全部手作りだと聞いた。

 ……だけどこれ、瑠衣は着たのかな。


「お前、なんでこれ作ったんだ?」

「にゃ? 作りたかったからってだけにゃ。推し作品だからにゃ」


 そういうことか。

 そうして納得させようとしているだけにも思えるが、そういうことにしておこう。

 結局瑠衣が自分でこれを着たのかはわからずじまいだったが、教えてくれそうにないから諦める。


「まあいいや。これはやめ――」

「やめるのかにゃ?」


 瑠衣がすごい圧でニコニコ笑っている。

 ――これは逃げられない。

 朔良は冷や汗をダラダラ垂らしながらそう確信した。


「ふふふ、さくにゃんを痴女にする時がやってきたにゃ」

「痴女っていうなー! ってか魔央ちゃんのことそんな目で見てたのか!?」

「そんなのどうでもいいにゃ。さくにゃんの魔央ちゃん姿見てみたいだけにゃ」

「否定はしないんだな!?」


 瑠衣はジリジリとにじり寄る。

 叫びながら逃げ回るが、距離が遠ざかることはない。

 むしろ縮まっている気がする。


「さぁ、これを早く着るにゃ」


 ここは天界ではなく、全く逆の魔界だったようだ。

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