もしも紫乃が男の娘だったら2

「へぇ〜、可愛い名前してますね」


 萌花は少年……紫乃が気に入ったらしく、目にハートマークを付けて紫乃を見ている。

 頬を赤く染めて、いかにも“恋してます”感を出している。


 萌花は一目惚れの演技が上手い。

 出会って間もない他校の男子を即落とした事がある。

 豊満な胸を見せつけるかのようにして紫乃の顔より下になるように屈み、上目遣いで紫乃を見る。


「あ、あの……」


 肝心の紫乃はと言うと……青ざめた顔で笑顔が引きつっている。


「あれ……私、失敗しちゃいました……?」


 はぁ……と朔良はため息をつく。いかにもウブそうな男子相手にこれはないだろうと思った。

 朔良に男性経験はない。しかし、それでも萌花がハニートラップを使いすぎたという事は分かった。


「お前、程々にしろって言ったよな?」

「え、えへへ……つい……」


 朔良が呆れた顔で萌花を責める。

 当の萌花は一応は悪びれた様子をしているが、形だけのものだろうと朔良は思う。


「あ、あの……お二人は何をしに……?」


 紫乃はやっと聞きたい事が聞けたと言う顔をしていた。

 その問いに朔良が答える。


「何って……萌花の餌を探しに?」

「少しは言葉を選んでくださいよぉ!」


 朔良の答えに突っ込む萌花。

 それを鬱陶しそうな顔で朔良が萌花を見る。


「だって事実だろ」

「事実かもしれませんけど!」


 事実なんだ……と紫乃は小声で呟いた。

 萌花が紫乃の視線にハッと気づき、慌てて弁明をする。


「あ、あの、餌って言うのは悪い意味で言ってるわけじゃなくてですね? その、ね? 選ばれた人間って意味って感じ? です?」


 と、萌花は一息で捲し立てる。

 紫乃は早口で言われたので、よく聞き取れなかったようだ。

 頭上にはてなマークが付いているようなしかめっ面をしながら、首を傾げた。


 一方の萌花は、一息で話し、息継ぎをしなかったせいか、ひどく疲れた様子だった。

 呼吸が荒く、顔が先ほどよりも赤く染まっている。


「その方がよっぽど色っぽく見えるけど」

「朔良先輩!?」


 目を細めて眉を寄せながら、朔良がため息混じりに言う。

 それを「余計なこと言ってしまったんじゃ……」と言うような不安そうな顔で紫乃が朔良の名を叫ぶ。


「そうですか……」


 萌花は顔を下げたままポツリと呟いた。

 紫乃はあたふたと落ち着かない様子で、萌花と朔良を交互に見ている。


 当の朔良は腕を組んだまま、萌花を見下ろすように背筋を伸ばしながら立っている。

 それは威圧しているようにも見受けられたが、顔には不穏な感じがなく、むしろ小さな笑みを浮かべていた。


「せ、先輩……?」


 と、紫乃がおずおずと何かを尋ねるように口にした、その時――


「おい! 校庭が大変な事になってるぞ!」


 一人の――紫乃と同じクラスの男子が廊下から声を荒げながら教室に入ってくる。

 するとあっという間に、なんだなんだと教室がクラスメイトたちのどよめきでいっぱいになる。


「な、いったい何が……」


 と朔良も動揺を隠せない様子で、その男子生徒の方を見る。

 紫乃も次々と来る様々な出来事に、ついていけない様子だった。


 萌花はこの騒動にも顔を上げず、ひたすら顔を下げている。

 さっきの事が余程衝撃的だったのだろう。しかし、顔が見えないため、何を考えているのか分からない。


「いっ……今すぐ来てくれっ! 校庭が……猫で埋め尽くされているぞ!」


 ☆ ☆ ☆


「……はあ?」


 なんとも間抜けな声が教室から聞こえてきた。クラス全員「何で猫なんかでそんな騒いでるんだ?」とでも言いたげな顔をしている。


 すでに興味もなく読書をしている人や、友達との会話を再び始める人や、他クラスへと向かう人など様々だ。


「ちょっと!?」


 急いで教室へ駆け込んできた例の男子生徒はクラスメイトたちの塩対応っぷりに突っ込まずにはいられなかったようだ。

 しかし――


「あの、何があったの〜……?」


 その男子生徒に紫乃が話しかけた。

 紫乃はいくら何でも猫ぐらいで騒ぎ立てるような変人などいないだろうと思っている。


「それが…………」


 と男子生徒は語り始めた。


 ☆ ☆ ☆


「いや〜……これは壮観だわ……」

「これは確かにあの人も騒ぎ立てるはずですね〜……」


 場所は校庭。……の隅っこ。

 桜の木々がひしめき、桜の花びらが舞うすぐ下。

 木にもたれかかり、遠くを見つめる四つの目。


 その先には、無数の猫たちの群れがあった。

 猫たちは何処かを見て、まるで誰か……何かを探すように動き回っている。


「しかし、なんでこんな事になっているんでしょうね〜?」

「さぁ? なんでだろうな。それよりさ……」


 ちらっと朔良が一瞥した先には、先ほどから抜け殻のようになっている萌花がいた。

 萌花は一向に顔を上げず、ただ俯いている。


「いい加減機嫌直せよな……」


 朔良がそう言い、萌花の肩にポンと手を置いた。

 すると、萌花の肩が震えているのが朔良に伝わってきた。


「……萌花?」


 朔良が違和感を感じ、萌花の顔を下からのぞき込んだ。

 そこには――笑顔を浮かべた萌花がいた。笑っていたのだ。


「ふふふ、そう……そういう事だったんですね」

「は?」

「だって……“自然体が1番だ”ってことでしょ?」


 萌花が、本当の意味での最高の笑顔を浮かべる。

 思わず誰もが見とれそうなほど、魅力的な顔をしている。


 嗚呼、そうだ。最初からそれで良かったんだ。

 朔良は安堵の笑みを、萌花は満足げな笑みをしていた。

 紫乃には何が何だか分からなかったが、充分すぎるほど眩しい先輩たちの姿を見ていると、不思議とあたたかい気持ちになった。


「にゃーお」

「うわっ! は? いつからそこに!?」


 突然朔良の足元から鳴き声がしたから足元を見ると、真っ白なスタイルのいい猫がいた。

 ゴロゴロと喉を鳴らし、紫乃の方へと駆け寄る。そして、紫乃の足に自分の頬をスリスリしてきた。


「あ、君……もしかして〜……あの時の?」

「あの時? そいつとなんかあったのか?」


 驚いている紫乃を、不思議そうな顔で朔良が見る。

 朔良の視線に気付いたのか、ハッと我に返り、「実は〜……」と語り始めた。


 ☆ ☆ ☆


 これは随分前、猛吹雪の寒い寒い夜だった。

 気が付くと周り一面の雪景色。

 どこを見ても白一色の代わり映えしない景色だった。


 ……何が起こったんだ?

 自分は確かに両親と一緒にいたはずなのに。しかも知らない場所だし……いったいどうしたら?


 そんな事を考えていると、目の前に真っ白な猫がポツンと座っていた。

 雪景色と全く同じ白一色だったので、よく見ないと見失ってしまいそうな程、周りの景色に馴染んでいた。


「君も……ひとりなの〜?」


 そう問うてみると、「にゃー」と返事をした。

 ……賢い猫なのかもしれない。そう思った。

 迷子同士ふたりで一緒にいようと思った。


 しばらくすると、雪が晴れ、星空が雲の隙間からちらちらと見えた。

 晴れてくれたおかげで雪が降っている時よりは寒くなかった。

 雪で視界が遮られていたが、もうその心配はない。


「にゃ……」


 不安そうに、心細そうに白い猫がこちらを見上げて座っていた。

 顔では不安そうかなんて分からないが、声からしてそうなのではないかと思った。


「どうしたの〜? もしかして寒い?」

「に……」


 紫乃の問いかけに小さく返事をし、擦り寄ってきた。

 腕を白い猫に伸ばすと満足げにされるがままの状態になる。

 暖かい……猫の体温の方が人間よりも高いからなのか、気温が低いから暖かく感じるのかよく分からないが、紫乃にとってはどっちでもよかった。


 猫の体温が暖かくて、思わずぎゅっと抱きしめる。

 猫も心地よかったのかゴロゴロと喉を鳴らす。


 それからすぐ後ぐらいに親と合流出来た。

 足や鼻の先が寒さで真っ赤になってしまったが、胸やお腹の辺りがすごく暖かくて、それが何故かとても嬉しくて思わず笑う。


 家ではペット禁止なので、ある程度世話をしたあとは、里親を募集するためにポスターを作る。

 その後どこに引き取られたのか、幸せに暮らしているのか、紫乃は何も知らなかった。


 ☆ ☆ ☆


「……というわけなんですよ〜」


 紫乃の回想が終わり、辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。

 心地よい風が吹く。桜を散らしながら暖かい雰囲気を作り出す。


「へぇー……なかなかいい話じゃねぇか」


 朔良は真っ白な猫を撫でながら笑顔でそう言った。

 萌花もあたたかい目で見守っている。

 紫乃はその空気に満足げに笑った。


 ――ずっと、この光景が見られますように。


 ふと、誰かがそう思った。あるいは皆がそう思ったのかもしれない。


 その後、猫は自分の家へ帰っていった。

 なんで大勢の猫を引き連れてやって来たのか、なぜ紫乃の居場所が分かったのか、何もかも分からなかったが、猫も紫乃も満足そうだったので放っておくことにした。


 朔良も、紫乃も、萌花も、何かが変わった気がする。

 いい方向へと成長出来たような、そんな感じがした。


 ある、春の日の物語――

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