第67話 新人ヒーロー

 バキ、ボキ、バコ!


 よく晴れたのどかな昼下がり。

 穏やかな風景の中に不釣り合いな、肉を打つような音が連続して響く。


(あー、喉渇いた。飲み物まだかな……)

 その日、河川敷の土手に腰掛けた俺は、むしゃむしゃとあんパンを頬張っていた。


 子気味よい音に釣られ、眼下の河原に視線を落とすと、10人の男達が壮絶な殴り合いを繰り広げている。


 構図は1対9。ジャージ姿の黒髪男が、複数人を相手取り、ボコボコにしていた。


 遠目で見れば、ただの不良の喧嘩だ。

 しかし、よく目を凝らしてみれば、怪人同士の殺し合いであることが分かる。


 徒党を組む9人の男達は全身を七色の鱗で覆われており、その特徴的な見た目からニジマス型怪人であることが推察された。

 対して、黒髪の男は、半怪人化しか行っておらず、外見的な変化が殆ど見られない。


 この状態で出せるパワーは本気時のおよそ30%といった所だろう。

 それでいて、圧倒的強さ。


(全然、緊張感ないな)

 眠気を覚えた俺が、ふわりと欠伸をしていると、


「ダマオさーん。ジュース買ってきましたよー!」

向こうからバンダナ少年、今井スグルが笑顔で駆けてきた。


「さんきゅうー」

 その手からペットボトルを受け取り、二人で眼下の光景を眺める。


「しっかし、テツさんは相変わらず凄いですね。生身で怪人を倒せるなんて」

「まあ、相手が相手だからな。本当に強いハイスペックならD-級怪人くらいまでは、素手で倒せるさ」

「そんなもんですか?」

「そんなもんだ」


 陸上でのニジマス型怪人はせいぜい危険度E+。

 言ってることに間違いはない。


 実際、テツが生身で戦っている理由は、生身でも余裕だからではなく、バトルスーツを着るとまともに戦えないからだ。

 当然だ。簡単な歩行しか出来ないのだから。


(ていうか、あいつ。なんでテツって名前でヒーロー登録してんだよ。少しは捻れよ)

 そんなどうでもいい事を考える俺に、


「ダマオさんとテツさんってどういう関係なんですか? 元々お知り合いですよね?」

隣に腰掛けたスグルが興味深げに尋ねてくる。


 それにさも当然のように答えた。


「ん? あいつは俺の子分だよ」

「えっ、そうなんですか!?」


「ああ、そうだ。お前もこの戦いが終わったら、よくやったな子分と労ってやるといい。あいつも喜ぶぞ」

「へ、へー。ということは、テツさんよりもダマオさんの方が強いと……」


「あったりまえだ。俺が象ならあいつは蟻だ」

「す、すげぇ!」


 俺が適当なことを喋ってる間にも、テツが最後の一人を血の海に沈める。

 息一つ乱さずの完勝だ。


(よーし、河川敷にたむろするニジマス型怪人の討伐任務完了!)

 大きく伸びをする俺の視線の先で、


「よくやったな子分!」

元気に労いの言葉を掛けに行ったスグルが、


「誰が子分じゃ!」

問答無用でテツに殴られている。



(今日の任務も楽勝だったな……)


 雲一つない青空を見上げて呟いた。


「さて、事務所に帰るか!」



☆☆☆☆☆



「うーむ、これはどういことだ……」


 今期の新人達が部隊に加入して一週間が経過した頃、中年のオッサンこと、ヒーロー“アックスマン”は、一人私室で頭を悩ませていた。


 その手元にはここ数日で新人達が上げた戦果が記された紙がある。


・近隣住民を悩ませていたハエ型怪人討伐/成功。

・強盗を繰り返しながら逃げていたネズミ型怪人討伐/成功。

・河川敷でたむろしていたニジマス型怪人討伐/成功

etc……。


 僅か一週間で12件の依頼を完遂していた。

 1日2件に迫るかなりのハイペースだ。


(全てE級怪人の討伐依頼とは言え、凄まじい戦果だ……)


 改めて新人3人のプロフィールを見るが、経歴に特別なところはない。


 ダマオとテツはヒーロー業未経験で、ヒーロー資格獲得後、すぐにビックバン事務所と契約している。


 対して、今井スグルは元ヒーロー軍の出身だが、半年でついて行けなくなり、除隊されている。

 その際にヒーローネームを没収された為、現在ノーネームだ。


 元軍人はヒーロー軍との契約により、退役後に従軍時の名前を名乗ることはできない。

 これは機密情報を防ぐための措置で、例外はない。


 どちらも民間ヒーローとしては、至って普通の経歴だ。


 だとしたら、原因はなんなのか。


(もしや、ワシが毎朝飛ばしている檄が効いてるのか?)


そこまで考え、一つの結論に至った。


「ワシ、新人ヒーローを育てる天才かもしれん……!」



☆☆☆☆☆



「おい、ダマーラ。どうすんだ? ここ一週間、全く成果がないぞ……」

「うーむ、思ったよりギャラクシー4までの距離が遠いな」


 いつも通り昼間のヒーロー業をこなした日の夜。

 ちゃぶ台を挟んで向かい合った俺とテツは、今後の作戦について話し合っていた。


 ここは、潜入作戦中の住処として、事務所の近くに借りたアパートだ。

 間取りは6畳一間の1LDKと狭く、古い畳が捲れ上がってしまっている。


(空調もないし、春先じゃなかったら終わってたな……)

 そんなことを考えつつ、目の前の議題に集中する。


 ここ数日、実際に潜入調査をしてみて分かったのは、新人が事務所のエースであるギャラクシー4と顔を合わせるような機会はまずないという事。


 それなりの戦果は上げたが、同じ土俵に立つにはまだ時間が掛かる。


「エレファント族の依頼だし、あまり悠長に構えてる時間はないぞ? さっさと、ギャラクシー4に取り入って内通者を見つけないと」

「わぁってるよ」

 テツの言葉を受け、一つ提案する。


「こうなったら、一人ずつプライベートで近づくか」

「プライベートって、不自然に近づいたら警戒されないか?」


「そこを上手くやるんだよ。職場の後輩って言えば無碍には出来ないだろうし、四人中一人とでも仲良くなれれば万々歳だ」

「大分雑な気もするが、他に方法も思いつかないし、一先ずそれで行くか! 最悪の場合、二人で口封じすればいいからな。ガハハ!」


(なんて物騒な奴なんだ……)

 悪役の如く笑ったテツが、


「して、誰から近づく?」

一枚の冊子を俺の眼前にかざしてくる。


 ビッグバン事務所の社内報。

 表紙に、ギャラクシー4の集合写真がデカデカと印刷されている。


「そうだなぁ……」

 四人の顔を順番に見比べた俺は、やがて、隅っこの一人を指さした。


 人が良さそうな太っちょだ。


「こいつにしよう。一番取り入りやすそうだ」

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