第46話 帰路

「今日で合宿も終わりかぁ。あっという間だったなぁ」

 頭上で輝く巨大なシーリングライトを眺め、ここ一週間の出来事を思い出す。

 短い期間だったが、得た物は多かった。


 自身の長所、短所を知り、強くなる為の道筋を明瞭化できた気がする。


(合宿から帰ったらどうにかして壊れないバトルスーツを手に入れないと……。あと、“集中”の生かし方も考えなきゃなぁー)

 立ったまま軽くストレッチをしたサツキが、ぼんやり考え事をしていると、


「嬢ちゃん。そろそろ準備はできたか?」

正面で好戦的な笑みを浮かべたウパルパが腕をブンブンと回した。

 その隣では既に半透明なのっぺらぼう怪人に変身を終えたプラナリアが悠然と佇んでいる。


 これより行われるのは合宿最終日の修了試験。

 どこまでも無機質な真っ白い空間で二人の怪人と向き合った。


 修了試験では二人の怪人を同時に相手にしなければならない。


 壁際では一足先に修了試験を終えた他の参加者が雑談をしながら見守っている。


「三枝って今まで一度も勝ったことないんだろ?」

「ああ。それもウパルパ一体に」

「おいおい、二人相手で大丈夫かよ」

 僅かに耳へと届く東浦三人衆の会話を聞き流しつつ、ヘルメットを装着した。


(もー。東浦くん達、相変わらず辛口なんだから)

 バトルスーツシステムが起動し、視界が開けると同時に看守長の鋭い声が辺りに響く。


「これよりコマンダープログラム合宿修了試験を行う! 両陣戦闘を開始せよ!」

 試験開始の合図だ。

 その言葉を耳にした瞬間、サツキは大きく前方へ飛び出していた。


 僅か一度の踏み切りでひしゃげてしまった右足。

 しかし、そんなのお構い無しで目の前のウパルパに肉薄する。


「なっ!?」

 その余りの速さのにウパルパは反応すらできていない。


 まさに神速。

 次の刹那、そのガラ空きの顔面に渾身の飛び膝蹴りが突き刺さった。


☆☆☆☆☆



ー 早く迎えに来て


ー ねぇ、まだー?


ー おーい


 次々と届く妹からのメッセージ通知を横目に車を走らせる。

 そのまま夜道をしばらく進んでいくと、やがて目の前に白塗りの校舎が見えてきた。


 ヒーロー軍高等工科学校。

 見通しの悪い闇の中にライトアップされた巨大建造物が鎮座している。


(相変わらず派っ手な建物だな)

 徐行して近づいていくと、正門前に数人の学生達が屯しているのが見えた。


 おそらくコマンダー養成プログラムの合宿参加者達だろう。

 その真横に車を停め、窓から身を乗り出す。


「やぁ、ヒーローの卵達。今回の合宿で少しはバトルスーツの扱いに慣れたかな?」

 夜に似合わないサングラスを外した俺が気さくに声を掛けると、


「うわぁぁぁぁ! 恥ずかしいからやめてぇぇ!!!」

集団の真ん中から鋭い拳が飛んできた。


 ズパンッ!

 妹の渾身の右ストレートを顔面にもらい、後方へひっくり返る。

 余りの威力に危うく頭がもげるところだった。


(こ、こいつ。手加減というものを知らんのか……!?)

 ピクピクと痙攣した俺がなんとか運転席に這い戻ると、


「西園寺さん、王岸くん、またねー!」

元気に挨拶を済ませたサツキが軽い身のこなしで助手席に乗ってくる。


「なんだかご機嫌だな」

「ふふふ、この合宿では得るものが多かったからねー。私これから物凄く強くなっちゃうかもよー?」


「はいはい。そりゃようござんしたね」

「ちょっとぉー! なにその顔! 全然信じてないでしょ!」

 ハンドルを握りしめた俺が適当に相槌を打つと、不満顔のサツキが思い切り首を絞めてきた。


「うげぇぇぇ! 事故る事故る! やめろー!」

 人通りのない大通りをグニャグニャと蛇行し、なんとか立て直す。


(ぜぇぜぇ。こいつの相手をしてると命が幾つあっても足りん……)

 肩で大きく息をした俺が、暗い夜道の先に目を凝らしていると、


「ねぇ、お兄ちゃんってさ。貯金2億ある?」

助手席のサツキが何気ない様子で尋ねてきた。


「いや、あるわけないだろ」

 ジト目でツッコむ俺の耳にカーステレオから流れるラジオの音が飛び込んでくる。


『本日未明、東京湾から腹部を刃物で滅多刺しにされた男性の遺体が発見されました。遺体の身元は細枝シンヤ容疑者の元上司である不破アキヒロさん31歳と思われ、ヒーロー軍は反英雄アンチヒーロー関連の事件とみて捜査を進めて――』

 途中でラジオの局を変え、やれやれと首を振った。


(ファローさん、あれだけ危険だって言ったのに逃げなかったのか……)


「なんかさー。最近の反英雄アンチヒーローってらしくないよね。私怨で動いているというかさ」

 頭の後ろで腕を組みながら隣のサツキがボソリと呟く。

 その言葉に気怠げに頷いた。


「ああ、全くだぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る