第17話 特定害悪組織
「教科書174ページを開いて下さい。これが今現在、特定害悪組織認定されている怪人組織の一覧です」
教壇に立ったバーコード頭の先生が優しい声音で講義する。
(眠いなぁ……)
フワリと欠伸をしたサツキは、おぼつかない指先でなんとか教科書のページをめくった。
今は「怪人社会論」の時間。
怪人社会の現状の勢力図を学ぶ授業で、週に二回外部の講師を招いて行われる。
本日のテーマは特定害悪組織についてだ。
「今回は最近新たに特定害悪組織に認定されたロイヤルスロープを例にどんな特徴があるのか見ていきます」
講師の先生が説明をしながら板書していく。
ロイヤルスロープ。
元々はイギリスで結成された怪人組織。一世紀ほど前、日本に流れてきた。
構成員全員が肉食獣型の怪人という恐ろしい組織で、二人の強力なリーダーが統率している。
一人は『月光のワルフ』。
かつて、イギリスの怪人全てを傘下に収めたという逸話がある伝説の怪人で、並々ならぬ統率力を持っている。
もう一人は『暴君ライカン』。
超凄腕の戦闘屋で、殺しのエキスパートとして知られている。
イギリスの子供に彼の名を聞かせると、顔を真っ青にして震え上がるとか。
「この隙のない二枚看板構成がロイヤルスロープを支える主軸であり、特定害悪組織認定された要因なのです」
講師の先生がそこまで言ったところで一人の生徒が手を挙げた。
「先生、一度出された特定害悪組織認定が途中で解除されることはあるんですか?」
その質問に先生が笑顔で頷く。
「ええ、勿論ありますよ。過去の例で言えば、トップの死亡や対象組織の大幅な戦力ダウンなどが挙げられますね。まあ、基本は対象組織の壊滅まで戦闘を続けるのですが」
(へぇ〜)
しばらく興味なさげに話を聞いていたサツキだったが、やがて退屈になり、机の下でスマホを取り出した。
そのまま、しばらく目的もなくぼんやりと画面を眺めていたが、やがて気になるネット記事を見つけて手を止める。
『反英雄は何故クマムートを殺したのか』
東京湾沖で起こった
その中でも
この記事では
実際、世間ではこの説が一番有力だ。
(でも、この事件の前まで反英雄の怪人衝動はバトルスーツとブレードの収集だって言われてたんだよね。なんで今回だけ怪人を襲ったんだろう?)
唯一その一点だけ腑に落ちない。
ユナに訊くと、
『きっと私達を助けに来たのよ。案外、優しい怪人だったりして』などと言っていた。
実に能天気な話である。
(ヒーローを闇討ちしている怪人が優しいわけないでしょ! いつか私がとっ捕まえて本性を暴いてやるんだから!)
スマホ画面を睨みつけたサツキが一人意気込んでいると、
「三枝さん、聞いていますか?」
不意に真上から声が降ってきた。
気づくと、いつの間にか講師の先生が目の前にいる。
慌ててスマホをしまったサツキは、誤魔化すように舌を出した。
「あっ、先生。すみません。へへ」
☆☆☆☆☆
「やべ、遅刻する。遅刻する」
今日は休み明けの月曜日。
通勤電車の発車時刻がギリギリに迫った俺は、通勤鞄を片手に駅の構内を走っていた。
週の頭から遅刻ではボスに殺されかねない。
急いで改札口を通過しようとするが、
ビーッ!
ICカードのチャージ不足で足止めを喰らう。
「ああ、やばい。もう時間がない。財布どこやったかな……」
焦った俺が鞄の中を漁っていると、突然、背後から甲高い声が聞こえてきた。
「おい、そこの怪人!」
(ん? 怪人?)
驚いて背後を振り返ると、少し離れた位置に九歳くらいの子供が立っていた。
仕立ての良い服を着た生意気そうな餓鬼だ。
偉そうに腕を組みながらこちら側をじっと見ている。
(見た事ない餓鬼だな。迷子か?)
しばらく目を合わせていたが、やがてゆっくりと視線を逸らした。
(まっ、流石に俺の事を言った訳じゃないだろう。俺が怪人であることを知っているのは極小数だしな)
「えーっと、財布財布〜」
気を取り直した俺が再び鞄の中を漁っていると、
「こらー! そこのアメーバ男! 無視するなー!」
今度はすぐ近くから声がする。
アメーバ男という明らかに自分を指した言葉にドキリとして顔を上げると、いつの間にか先程の子供が真横に立っていた。
アメーバ男という非日常的なワードに周囲の訝しむような視線が一斉に突き刺さる。
(これは……マズい!?)
「ぼ、坊や。ちょっと向こうで話をしようか」
慌てて財布探しを中断した俺は、手を引いて子供を駅の隅へ連れて行った。
物陰に隠れるや否や間髪入れずに尋ねる。
「おい、小僧。何故俺が怪人だと分かった?」
すると、胸を張った少年がドヤ顔で答えた。
「私のこの目は全ての同胞を見抜くのじゃ。何人たりとも正体を隠すことはできん」
そう言った少年の瞳の色は独特で、七色の綺麗な光が目の奥で渦を巻いている。
(なんじゃこの目? 明らかに普通じゃねぇ。こいつまさか……
驚く俺の前で、
「全く、一怪人の分際でこの私の呼びかけを無視するとはいい度胸じゃな」
呆れ顔の少年がやれやれと首を振った。
七三に分けられた銀の前髪に、小さな体に不釣り合いなほどデカい真っ赤な蝶ネクタイ。
「いや、お前誰だよ……」
やはり全く心当たりのない俺がジト目を送ると、
「私はダイア。ウルフ族の王子じゃ!」
少年が意気揚々と名乗った。
(ん? ウルフ族の王子? そういえば、今日からうちで預かるとかボスが言っていたような……)
「って、お前がその王子か!!!」
「突然、大声を出すな。アメーバ男」
(ふむ……)
一拍置いて冷静に指摘する。
「とりあえず、そのアメーバ男という呼び方をやめろ。周りに変な目で見られるだろ」
直後に、
「うるさい。私に命令するなアメーバ男。アメーバ男〜アメーバ男〜!」
突然、少年が大声で騒ぎ出した。
(こ、この餓鬼……手に負えん)
顔を引きつらせ、無理やり少年を担ぎ上げる。
周囲の視線に耐え切れなくなった俺は、弾かれるようにしてその場から逃げ出した。
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