310話 細工は流々

「酒造クランに行ってもいいか?」

「いいわよ」


 地下の射撃場でトカゲの作ったグリップの具合をG4を使い確かめながら耳を傾ける。

 ついにうちのクランを出ていく奴が出たか……まあしょうがないな、縛り付ける理由ってのが私が楽出来ればいいって話だし。


「施設が腐るのはちょっともったいないわねえ……」


 酒造のスキルは取ろうと思ったけど、結局取ろうかずっと迷ってたのよね。いい機会だし、ちょっと齧ってやってみようか。


「別に戻ってこないわけじゃないぞ、ちょっと向こうで集中して作業したいだけだ」

「ああそう?向こうにシフトするもんだと思ってたけど」


 まあ、そこまで縛っている訳じゃないから好きにしてくれってのが正直なとこ。


「どこぞの赤い眼の奴が大量に酒を購入するもんだから事業拡大するんだと、それの手伝いだ」

「どこの赤い眼なのかしらねえ、そんなに購入する奴って」


 撃ち切ったG4のマガジンを抜いて次の弾を込めながら口笛で軽くしらばっくれるように音を鳴らしつつちゃりちゃりと音を立てて一発ずつ入れていく。

 うちのクランってかなり手を付けるのが速いのよね。トカゲもさくっとグリップ作ってショップに何個か並べてユーザーの声を拾い始めているし、金髪エルフや猫耳もメリットデメリットの仕様を本格的に試しているみたい。


「まあ、うちのクランにいなくても地下やうちの家使えるようにはしといてやるよ」

「うちのボスは優しいな」


 楽しそうな声で言いながら撃ち込んでいる横で私の様子を見てくる。別に楽しい所は何にもないと思うのに、暇なやっちゃ。


「次合う時にはその髭面綺麗に剃って来なさいよ」

「気に入ってるんだがな、これ」」


 わしゃわしゃと髭を撫で繰りながらくつくつと笑い返してくる。これが私の冗談だって分かってるくらいの仲だってのは私がよく知ってるよ。


「ああ、そうだ、酒造クランに行くなら行くで1つ頼み事しておいていい?」

「珍しいな、何だ」


 仕込みをしっかりするのは酒造も一緒だろうに。 






「今日は今日で襲撃ないのかしらねー」


 G4に付けた滑り止め用のグリップをCHに張り替え握って離して、ガンベルトに提げてから掴んで構えての動作を確認。グリップ自体の効果は命中に軽くプラス補正、銃捌きにも補正で張り得なアタッチメントに仕上がっている。

 

「うちのトカゲはいい腕してるわ」


 無骨な銃身に茶色のグリップが付くことで少しお洒落になった気もする。やっぱこういう細かいところから色々増やしていかないとなあ。トカゲの奴にもう何個か発注入れて手が止まらない様にしてやらないと。


『次は銃口に付けるものでも開発する?』

『サプレッサー、コンペンセイター、ロングバレル辺りつくっときゃいいか』

『その辺りかな、かなり難しいとは思うけど、宜しく』

『グリップの具合はちゃんと報告上げてくれよ』


 うちの職人は拘りが強いからなあ、この辺のものはサイオン姉妹に投げておこう。それにしてもゲーム開始の頃にあれだけ張り切って試行錯誤して、マップを駆けずり回って何だかんだとやってきたってのに、今じゃもう左団扇……いや、左利きだから右団扇か。


「忍者のレベリングでもしてもうちょっと銃のスキル揃えておくってのもありよねえ」


 適当な布でCHの本体を磨きながらあれこれと考える。火炎瓶ビジネスも後追いしてきているし、次の一手を考えておかないと行けないんだよなあ……そうなってくると「あれ」にも手を出しておく?結構虎の子だから出すべきじゃないけど、長期戦になる話なら用意しておくか。


「マイハウス側のサポートNPCがいればなあ」


 久々に自宅……って訳ではないのだが、アイテム預けて並べた銃器見て、硝石丘から回収してくらいしかもう使ってないんだよな。畑や小屋もかなり腐ってるからこの辺ももうちょっとどうにかしておきたい。ジャガイモ錬金していた時が懐かしい。


「何だったら髭親父の方が家の施設使ってるまであるよなあ」


 大量にある地下の酒造樽もいまだに使ってるって言うし、庭先に置いてある樽群もかなり使いこんでるのでボロボロ、まだゲーム開始一ヶ月だって言うのになかなかのノスタルジー。ついでに地下に行って酒造がどんなものかチェックしてやろう。

 

 ……さっぱりわかんねえ、どのくらいでいい出来なのか判断できないの絵でアイテム名は出るけど詳細は無し。よくここから引っ張り出してアルコールの大量生産してたよ、私は。とりあえず今置いてある樽にも仕込みはされているから現在進行形で使ってはいるからノータッチ。


「とりあえずやることやって次の襲撃に備えないとなあ」

「準備は大事ってよく言ってるしな」


 地下から上がれば眉間に皺を寄せた猫耳が木工場で作業中。すれ違いになっていたっぽい。


「そんなに眉間に皺寄せてると可愛くないわよ」

「っせーな、分かってるっての」


 俺様可愛いってちゃんと自覚してるのに口も態度も悪いってのがポイントだよなあ。こんなんでも良い物作るからちゃんと需要がある不思議。やっぱ作り手と道具をイコールで繋げるのって悪い事だわ。んで、その猫耳はと言うと樽を作って庭先の奴と交換なんて事をしている。意外とまめな事してるのね。


「つーか、ボスが自宅にいるの珍しいじゃん、何かあったのかよ」

「今やってる火炎瓶ビジネスの次の手」

「次の手が早すぎんだろ」

「私が予想していたよりも早く手を打ってきたから、それの対抗策」


 新しくなった樽人形に向けてCHを構えて、グリップの底を当てたり足運びを確認しながら具合を確かめていく。やっぱいい腕してるよなあ、私くらいの攻撃じゃびくともしないけど、あのジャンキーですら一撃で破壊できないらしい。


「商人連中なあ……俺様も結構邪魔されてんだよ」

「それは初耳」

「稼ぐって点じゃ悪い事はしてねえけど、後追いで安めの物を出してくるのがな」

「それは私もやられた奴だわ」


 垢BANされて完全にゲーム出来なくなったと思ったんだが、運営の温情で凍結に留まったって所か。アカウントをどう処理したかって話は公開されるわけがないから当たり前だよな。


「ただ……勝てる勝負なんだろ?」

「今の所はって付くけど、勝てる見込みはあるね」


 本当に今の所って話だけど。


「どこまで身銭切れるかの勝負に持っていきたいけど、どこまで乗ってくれるかって話にもなるかな」

「よっぽど恨んでるならやってきそうだけどな」

「どっちにしろ、初めに喧嘩を売ってきたのはあいつらだからこっちの喧嘩にも付き合ってもらわんとな」


 葉巻を取り出し火を付けての流れで紫煙を吐きだし、会話の途中だが硝石を回収して仕込みを開始。


「何だかんだでボスも手際いいな」

「レシピ判明してたらこんなもんだって」


 いつもの火薬を作ってからインベントリに放り込み、足りない材料を確認してメモ帳に記載。ほとんどの素材に関してはクランハウスの共有ボックスにぶち込んであるので、仕上げは向こうでか。


「そういえばBGM聞ける家具があるってね」

「ジュークボックスか……欲しいのか」

「ゲームBGMってこのゲーム殆ど無いしなー、作っといて」

「チッ……明日な」


 よーしよしとわしゃってやると本気で切れてきた。

 おかしいな、うちのクラン員はわしゃわしゃされるの嫌いじゃないと思ったのに。

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