16話 ソロたる所以
「いったぁ……STR上げてやろうかしら」
私よりも低いSTRの魔法使いとかじゃないとぶつかった時に勝てないんじゃないてくらいに貧弱だよ。あれ、でもあの犬耳ショタは魔法職みたいだったけど、ガンナー特性でとにかく銃を使わないとステータス通りの動きできない可能性がある。ぶつかる瞬間だけは素手判定とか?
「ああ、すいません、大丈夫ですか」
私の目の前でシェパード獣人が手を差し出してくる。それを掴んで立ち上がり、ぱんぱんと土埃を払う。勿論実際は付いていないんだろうけど、ついつい現実と同じことしちゃうよね。犬顔は課金要素だったはずなので、見て分かる通りの課金プレイヤーだ。
「いいわよ、メニュー見てて気が付かなかったし」
別にHPが減っているわけではないが……衝突ダメージとか、窪みとかにはまってそのまま吹っ飛ぶとかいうFPSをやっていたせいでHPの確認癖が付いている。まあ、しっかり管理するのって大事だから、しょうがない癖だよね。
「それじゃあ、私は行くから」
ちょっとぶつかった程度でいちいち目くじらを立てるほどでもないし、この件は解決済み、それで終わり。ただでさえ希少ガンナーで目立つ容姿もしていて、犬耳ショタを泣かせたとか言うので騒がれたし、最近犬関係でろくな事が起きない気がする。
「いえ、此方もよそ見をしていました、女性を弾き飛ばしてしまったと言うのは私のポリシーが許しません。一つ、お詫びとしてお茶でも」
「……新手のナンパじゃないの、もうちょっと可愛い子見つけてそういうのをした方がいいわよ」
はぁ、とため息を付きながらその場を去ろうとしている前に立ちふさがってくる。ハラスメントとかマナー違反とかになるんじゃないの、これ。
「それは誤解です。幾らゲームだとしても女性に手荒な事をしてしまった私が悪いのですから、これくらいはしなければ行けないのは常識です」
しっかりと立ち、右手を胸に当てて詫びるように軽く礼をしている。様子からして本気みたいだし、紳士か騎士のロールプレイでもしているのだろう。
確かにみる限りでは深い青色をベースにした全身鎧を着ているし、左腰に刺さってるロングソードは出来がいい感じはある。顔はシェパードだが。
「いや、良いって……私が構わないって言ってるんだから」
「ですが、それでは私が納得できません」
「すげえ堅物……融通が利かないとか言われてるでしょ」
なぜ分かったと言う顔が見て取れる。図星かよ。っていうかこんな道端で言い合ってる所をまた通行人に見られている。こう言う事があるからなるべく目立ちたくない。対人ゲーでプレイヤーネームを晒された時には執拗に狙われたり、協力系のゲームじゃ良い様に使われたり、人間関係のぎくしゃくとかを経験しているから、なるべく揉め事は避けておきたいのに。
「分かった、分かったわよ……一杯だけ付き合うわ」
「それは良かった、私はガウェインと申します」
「……アカメ」
では、行きましょうと私の前を歩きだす。この手の相手は一通り付き合ってからしっかりと別れるのがいい。変にストーカーとか拘りを押し付けられると厄介になる。後はこいつがマロリー版じゃないことを願う限りだが。
「では、紅茶を二つ」
露店エリアの一角、料理系のプレイヤーが出している露店で紅茶を頼んでいるのを後ろで眺め、会計を済ませるとそのまま近くのテラス席のような所へ。私が座るのに合わせて椅子を引くし、物腰は終始紳士的なのが逆に疑いが深くなる。
それに傍から見たらシェパード獣人とドラゴニアンがデートしてるかの様に見える。本人的には相手が詫び、こっちは社交辞令と言うだけなのだが、しらなきゃ噂が立つのが世の常。私なんか絶対悪評の方が強いし。
「先程は本当に申し訳ありません」
「もういいって……お茶一杯で納得してくれるなら」
差し出された紅茶を啜り、一息。このゲームを初めてMRE以外にまともに口にした気がする。紅茶の香りや味が再現されるのが分かる、最新作VRMMOは凄まじい。
「ガウェインねぇ……」
「やはり気になりますか?円卓の騎士から取った名前なのですが、女性好きの復讐心が強い様に思われているのが心外なんですよね」
そういいながら器用に紅茶を飲んでいる。どうやらマロリー版ガウェインを参考にした訳ではないらしいが、知ってはいるという感じだった。
先程からマロリー版と言っているが、円卓の騎士については複数の作者が存在し、それぞれ書き方が違っているから、どれを参考にしたかが問題になる。女性関係にだらしなく復讐心が強い様に書かれているのがさっきから言っている著者のガウェインだ。
「それにしてもガンナーは私も初めて見ました。βからの修正が入って大変と聞いたのですが、まさかまだやっている人物がいるとは思ってもいませんでした」
「まあ、そうよね、こんなピーキーな職業やっているなんて珍しいだろうし」
「公式のデータベースでも本職としてやっているのは5万分の1のレア職業ですし、さぞやお強いんでしょう?私はタンク型のせいで火力が出ないというのもあって羨ましいです」
悪気は無いというのは分かる。ガンナー自体の情報も出ているし、銃とかの装備データを見れば明らかに強い。ただ蓋を開けばその火力を発揮する条件が厳しい、単純にこのガウェインは凄いと思って話しているのがチクリと胸を刺す。
飲みかけの紅茶に目線を落として吐息の様にため息を吐き出す。はっきり言えばいい奴で紳士だ。騎士としてのロールプレイもあるだろうが、純粋に良い人なんだろう。
それが非常に腹立たしい。気にしていないとはいえ、どうしても苦労せざるを得ない部分をチクリチクリと刺されていい顔は、ゲームでもしたくない。
残った紅茶を飲み干し、かちゃんとカップを置いて席を立つ。
「悪いな、ちょっとこれからやる事を思い出したから行かせてもらうよ」
「おっと、すいません、私ばかり話してしまいましたね……またご縁がありましたら、お茶かお話でも」
「そう、ね……それじゃあ」
やる事はあるのは確かだったし、さっさとこの場を離れたかった。このまま言いたい事を言ってしまったら、双方良くない関係になっていただろうし、罪悪感と嫌悪感を抱えてゲームをするのは勘弁願いたいからだ。
「……兄さん、誰と、話してたの?」
「おお、ガヘリスか。いや、なに道端で弾き飛ばしてしまったドラゴニアンの女性とだよ」
いつぞやの犬耳ショタがガウェインの席に近づいている。関係からしてもリアル兄弟でゲームをしているパターンだろう。残った紅茶をガウェインが飲みながら楽しそうな笑みを浮かべる。
「名前、それで、良かったの……?」
「勘違いしているのは言わせておけばいい。私はカッコいいと思っているし、それに合わせてくれた可愛い弟もいるわけだからな」
「はいはい……ドラゴニアンかあ……まさかガンナー?」
「うむ、長身の目つきの鋭い女性であった」
やっぱり、と言う顔をしているガヘリスと呼ばれた犬耳ショタが先日というか数時間前に起こった事と言われた事をガウェインに話す。出会いだけは共通して弾き飛ばしたのだが。
「ふむ、それは悪い事を言ってしまったな」
「まだ、この辺りに、いるみたいだけど……」
「会えれば詫びを入れなければな。しかしまた最前線に行かなければならないから難しいだろう」
「またボス……?」
「いや、情報に乏しい新しい敵がきついと言っているからな」
紅茶を飲み干したのか、売っていた料理人プレイヤーに一礼し、ご馳走様と一言。
「寄り道も、大事だって、そのガンナーが言ってたよ……?」
「可愛い弟に会いに来たおかげであの女性に出会ったのは寄り道のおかげではないか?」
ふふんと得意げな顔をし、耳をぴこぴこと動かす。犬耳ショタはやれやれといった顔をしているが。
「では我が弟よ、何かあればまた会いに来るぞ!」
親指を立て、犬特有の笑顔を見せてから転移地点に歩いていく。
その兄の後姿を見ながらため息一つ。
「……家で、会ってるのに……」
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