第六話 本物の畜生

「少し、お出かけさせてもらってもよろしいでしょうか?」

 フェール星系、恒星フェールと主惑星、フェール第三惑星フェールスリーラグランジュ・ポイント惑星の影になるL2に設置された惑星サイズの宇宙ステーションは、周辺星系のハブステーションとしても機能している、物流の要衝だ。

 我らが乗る星間貨物船チキンライダー号は、その巨大なステーションに無数にある桟橋の一つに係留していた。シュトレームで預かった絨毯満載のコンテナを無事に降ろし(女王が隠れていたカプセルエマージェンシーポッドはおまけに付けてくれてやった)、とりあえず一息ついた、というタイミングで、彼女が言った。

 彼女――元女王、いまはレティシア・シュトレームさんを、僕は振り返った。

「もちろん」

 笑顔を浮かべて言ってやる。

「なんなら、そのまま戻ってこなくてもいい」

 彼女はべーっと舌を出し、

「お買い物に行ってくるだけですよ。もう少しマシなものを食べさせてあげます!」

 そう言ってキャビンを出ていく。ああいうあざとい仕草とか、わざとやってるのか、それとも素で出てしまうのか。

『いいコじゃないですか。賢いし物覚えもいいし。ボクは好きですヨ』

 カイトの言葉に、僕は顔をしかめる。彼女、AIまで誑かすのか。

 僕はディスプレイを見て、エアロック外側のハッチが閉じたのを確認してから、答える。

「優秀なのは認めるよ」

 彼女に書かせた履歴書からも、それは伺えた。最初に出会った時、彼女は高等教育を受けるために留学中の学生で、しかし諸事情母星の政争により退学したと思っていたのだが、どうやら学位自体は修めていたらしい。専門は法学と政治学、その他に経済学と社会学まで。シュトレーム星人の寿命をあいにく知らないが、彼女はだいぶ若く見える。それなのにコレとは。王族ゆえの、英才教育の賜物か。

 彼女の学習能力、適応力は確かに高いようで、カイトがここまでの短い時間で航宙工学の基礎宇宙船の飛ばし方を教えていたが、あの調子だと短期間で本当に宇宙船乗りになりそうだった。脳が原始的すぎて関連知識と技術を強制ラーニングインストールするしかなかった僕とは大違いだ。

『彼女が作った料理、喜んで食べてたくせに』

 それもまあ、認める。どうやってるのか知らないが、味気ない長期保存可能宇宙食レトルト食品が、彼女が用意すると、明らかにいつもと違う味わいになっているのだ。料理が趣味、というのも、あながちウソではなさそうだった。

『何が気に入らないんです?』

「女だから」

『性差別はいかがなものかと』

「女は馴れ馴れしくて、ワガママで、図々しい」

『それって、ユウキさんの経験則女運が悪いだけでしょ?』

「事実だよ」

『まあ少なくとも、彼女にはすべて当てはまりますネ』

 殊勝に振る舞ってみせたりもするが、押しかけてそのまま居座るつもりなのだ。とてつもなくワガママで図々しい。

「彼女にはもっと、彼女に相応しい場所がある」

『レティさんはココがいいっていってるんですよ?』

 いつの間にか仲良くなっていて、二人はレティさん、カイトくんと呼び合っていた。

 お邪魔なのはきっと僕の方だ。

「どうだか」

 僕は席から立ち上がった。

「少し、出てくる」

『どちらへ?』

「野暮用だ。お前は仕事を探しておけ――サリス星系へ行く荷物だ」

『サリス星系?』

 カイトは不審がる声音で聞き返した。

『サリス星系は、ユウキさんに入力された“絶対に近寄るべきではない星系リスト”に載ってます』

「わかってる。いいんだ」

『人間はボクらAIと違って忘れっぽいっていうんで、念のため申し上げておきますけど』

 いい、と言ったのに。カイトは皮肉っぽい言い方で食い下がった。

『サリス星系は、あなたのクビに賞金を掛けている犯罪組織、ブリュー・カルテルの支配圏です』

 そのことを知ったのは、意外と最近第一話のことだ。その後、念のため確認したら、結構な値段が付いていた。一瞬、自ら名乗り出て満額の報酬がもらえないだろうかと考えたぐらいだ。

「大丈夫、覚えてるよ」

『それをわかってて? ついにおかしくなっちゃったんですか?』

 僕は腰に手を当てると、ため息をついた。

「僕がおかしいのは元々だ。お前は言われた通り仕事をすればいいんだ」

 カイトはすぐには返事しなかった。おそらくその辺のカメラから、疑いの眼で僕を見ていたのだろう。

『ユウキさんがボクにそういう物言いをするのは、大抵、とても悪いことを考えているときです』

「ははは、まさか」

 僕は上手く笑えなかった。

「これはみんながハッピーになる最高の、そしておそらく唯一の選択肢なんだ」

『みんなって?』

だよ」

『言われたことはやっときます。でも、ユウキさんはホントにそれでいいんですか?』

 AIのくせに、見透かしたようなこと言いやがって。

 僕はもう返事はせず、エアロックへと向かった。


 僕は昨今の自分の行いを反省していた。

 柄にもなく、仕事で稼ごうとしていた。それが、間違いだった。

 僕に必要な金は、天文学的な数字だ。そのような仕事をチマチマやって、稼ぎ出せるような額ではなかったのだ。少し調子が良かったからって、勘違いしていた。

 少しでも早く稼ぐ必要があるのだ。時間が過ぎれば過ぎるほど、僕が地球で本来過ごすはずだった時間が、どんどん失われていく――

 そういう風に考えると、ふと、本当に地球に帰る必要があるのか? と思わされる瞬間もある。僕はこの銀河の彼方で、まあまあうまくやっている。不安定な仕事だが、贅沢を言わなければ、飢えることはないだろう。危険な目にあったこともあるが、経験を積んで、そういうニオイはわかるようになってきた。安全にやろうと思えば、やれる。

 それに、もし地球に帰ることができても、これまでの数年は確実に失ってしまっている。そういうところに戻って、本当に僕の居場所があるのか、それを新しく作る、なんてことができるのか。根無し草とはいえ、すでに確立された今の生活の方が、楽なのではないだろうか。

 しかし、帰らない、地球人の身体などもう要らない、などと思うと、では僕は何のために働いているのだ、生きているのだ、という気持ちになるのだ。それでは、いますぐ死んでしまっても構わないということになるのではないか。

 この方面、深く考え出すと、切りがない。すぐに死んでもいいとも言えるし、そうすべきでないという理由もいくつでも思いつく。だからそのような思考は、無意味だ。ただはっきり言えることは、目的、すなわち、元の身体を取り戻し、地球へと戻るというゴールが設定されていれば、それがモチベーションになるのだ。

 だから僕は、この点には疑問を持たないことにする、と決めていた。

「目標:できるだけ短期間で元の身体を取り戻し、地球に帰る」

 そのためには、ドカンと稼ぐ必要があった。運送で大きく稼ぐ方法は、ひとつだけ。かつては僕も、それをやっていた。

 ヤバイ仕事。つまり、密輸だ。

 かつてのように、ヤバいが報酬の高い仕事をバンバン請け負う。短期間で大きく稼ぐには、それしかなかった。

 そのために必要なのは、ヤバイ仕事を安定的に供給できる顧客だ。そんなモノとのコネなどなかなか作れるものではないが、元女王のおかげで、いいプランを思いついていた。

 みんながハッピーになる最高の、そしておそらく唯一の選択肢だ。


 僕が訪れた超巨大宇宙ステーションは、フェール・メイン・ステーション、または単にメインとも呼ばれる。最大直径約5,000km。だが主要構造は比較的軽量な金属のため、質量は見た目よりずっと小さく、これほどの規模であるにも関わらず、そのものが発する重力はごく僅かだ。ただし内部に複数設置された円筒形の居住ブロックシリンダーに関しては、遠心力による疑似重力を発生させていて、それらの内部に入ってしまえば、ごく普通に生活できる。全長30kmほどにもなるこの円筒同士はシャフトと呼ばれる構造物で繋がれていて、その中や外を、電車、モノレール、エレベーターそれぞれを彷彿とさせる複数の交通機関が繋いでいた。シャフトや、ステーションの半分以上を占めるシリンダーの区画は、無重力、もしくは低重力区画で、宇宙船はそういうところに設置された港や桟橋に接岸する、という寸法だ。

 機動戦士ナニガシに出てくるスペースコロニー数十基を腹の中に抱えた宇宙ステーションといえば、全容をイメージしてもらえるだろうか。

 ただしここにあるモノは、あのアニメのようにクリーンな雰囲気ではない。すでに数百年、十数世代にも渡って人が住んでいるのだ。地球レベルからは考えられないほど高度な文明であるにも関わらず、使い古された古い町並みが、そこには広がっていた。

 船を降りた僕は、エレベーターを使い最も近いシリンダーへ入ると、昼間から猥雑な賑わいのある広い露店通りを抜けて、通信サービスセンターに向かった。

 銀河文明での通信は、なかなか厄介だ。相手が同じ天体、もしくはステーション内にいるなら、普通に携帯電話で通話ができる。しかし他の星、隣の星系となると、普通の方法では通信できない。光の速さで同じ星系内でも何分、何時間。他星系なら何年、何十年という距離があるのだ。eメールなら(返事が百年後でも構わなければ)ともかく、双方向通話は絶対に不可能だ。

 通信サービスセンターは、そういう他天体、他星系とのほぼタイムラグのない通信手段、超空間通信経路を提供してくれる公共施設だ。本来、直接出向く必要はなく、携帯電話からオペレーターを呼び出して繋いでもらうとか、宇宙船からセンター経由で相手の星系へ接続する、というようなこともできるが、僕はカイトに会話を聞かれたくない、通話相手に所持している端末ケータイの情報を与えたくない、といった理由で、直接センターに出向くことにした。そこの個室ブースを使えば、相手の顔を見ながら話すことだってできる。

 相手の呼び出しには、少し時間がかかった。ブースには椅子があったし、そうなるだろうことは覚悟していたので、僕は気長に待った。

 まぶたが重くなりかけたころ、立体ディスプレイに反応があった。慌てて居住まいを正す間に、相手の姿が表示される。

『あら、あなたの方から連絡をくれるなんて』

 声の主が嫣然と微笑み、そういえばこいつも女だったな、と遅ればせながら思い出す。

 美しい顔立ちの人間型宇宙人ヒューマノイド。だが、オルグ星人の混血であることを示す、右の額にある短い角。彼女は、僕の様子を伺うように、上目遣いをしてみせた。

『驚いたわ。わたしを避けているのだと思っていたから』

 僕は精一杯肩をすくめてみせる。

「あんたへの借りは、簡単に返せるものじゃないから、近寄りがたくてね」

『今日は驚かされてばかりだわ。あなたが貸し借りを覚えているなんてね。それじゃ、今日はどうして連絡してくれたの?』

「借りはそろそろ返さないといけないなと思って」

 女は、少し目を見開いた。

『それは殊勝な心がけね。それにしても、まさかあなたが弁償金を用意できるなんて思わなかったわ』

「いや、それは違う。金はない」

 僕は首を横に振り、彼女が怪訝な顔をしたが、構わず続けた。

「代わりに、あんたがきっと喜ぶものを用意した。それを買い取ってもらいたい。人材だ」

 彼女は面白いものでも見るような顔をして、美人の割に表情の豊かな女だな、などと思う。

『それをあなたの借りと相殺して欲しい、ってわけね?』

「そういうこと」

『あなたの借りに見合った人物かしら?』

「きっと気にいると思う。若いが、政治家の経験がある。キャリアを捨てたんだ。あんたの秘書にピッタリだと思う」

『ふぅん、なるほど』

 女は訳知り顔に微笑んだ。

『女ね?』

 僕はわざとらしく首をすくめる。

「まあね。ああそうだ、履歴書がある。興味があるなら――」

『是非、見たいわね』

 僕は手元の端末を操作して、“人材”に書かせた履歴書を送ってやる。

 彼女は手元をしばし、眺めてから、

『ふぅん……なるほど』

 と、もう一度言った。

「近々、そちらの星系に仕事で立ち寄る。その時に会ってもらえれば」

『……ええ、いいわよ』

 顔を上げた彼女は、こちらに向かって艶っぽく微笑んだ。

『楽しみにしてる』

 その笑みに、僕の背筋は否応なく冷たくなったが、表情にはなんとか笑顔を浮かべた。演技は苦手だが、僕のニワトリ顔から、微妙なニュアンスは読み取れないだろう。

「では、よろしく」


 シリンダー型のスペースコロニーは、人工重力の扱いやすさと利用可能面積の広さから、銀河でも類似のものが数多く利用されている。このステーションはそれを数十基集めたという意味では段違いの規模だが、こうやってシリンダーの中に入ってしまえば、その様子は他のコロニーと変わりがない。はじめてこの手のスペースコロニーに来たときにはえらく感動したものだが、慣れっこになった今となっては、頭上に目をやり雲の向こうに反対側の“大地”を探すようなこともしなくなった。

 通信サービスセンターを出た僕は、せっかくだから買い物でもしていこうと思い、シャフトからの道すがら見つけたスーパーマーケットに寄るつもりで歩き出した。そのスーパーは事実上、船から最も近い高頻度消耗食品/日用品の取扱店だったから、もしかしたらレティシアと鉢合わせてしまうかもしれない、と思いついたのは、店の前に到達したあたりでのことだった。

 寄るのはやっぱりやめよう。そう思った僕は、店の前を素通りする。エレベーター出口のそばに立ち飲み屋バールがあったから、息抜きはそちらでしようと思い直した。

 雑踏の中からまっすぐに向けられる視線を感じたのは、その直後だった。嫌な感じがして、僕は視線の主を確かめたりせず、即座に進路を変える。

 僕はこれまでの宇宙生活で、そのような“勘”をバカにできない、と感じるようになっていた。宇宙に出て、感覚を全方向に向けなければならない、そういう意識が、もしかしたら僕の五感を研ぎ澄まし、超感覚的な、第六感のようなものを獲得してしまったのかも――

 まさか。

 広い宇宙には本当に超能力を持つ宇宙人も存在するが、しかしそのような超自然的なモノが、本当に自分にある、備わってしまった、とは思わない。これは勘とか、虫の知らせ。何の根拠もない、ただの嫌な予感だ。

 方向を変えて間もなく、行き交う人々の中、こちらを向いて仁王立ちしている人物に気づき、僕は顔を上げる。見れば只者ではない、とわかる。緑の肌と縦長の虹彩が特徴的な爬虫類系人型宇宙人レプティリアン。腰には大型のレーザー・ブラスター・ガンを下げていた。まっすぐこちらを見ている。

 とっさに、僕は射線を取れないよう、近くにいた買い物客の一団を壁にするように、再び向きを変えた。あいつはおそらく、賞金稼ぎバウンティハンターだ。

 狙いはきっと僕だろう。そうだとわかれば逃したくないような額がかかっているのだ。しかし今見た男は、最初に感じた視線の人物とは、違う。偶然、別々の賞金稼ぎバウンティハンターに、ほぼ同時に目をつけられる、など、宇宙の広さ、このステーションの広さを考えると、ありえない。

 二人の敵は、おそらく共謀ぐるだ。前後から挟まれると厄介だ。最初の一人は見ていないが、おそらくまだ後ろにいるはず。僕は人混みを縫って路地へと逃げ込んだ。人工物であるスペースコロニーの重力ブロックは、完全に整然と区画されている。路地を抜ければ隣の大通りに出られるはずだった。

 この判断は、失敗だった。まっすぐ引かれているはずの路地はなぜか途中で九十度に曲がっていた。古いスペースコロニーにはよくある違法改造だ。来た方に目をやると追ってくるような人影が目に入り、僕は仕方なくその角を曲がった。

 曲がった先、しばらく行くと、路地はまた曲がっているようだった。そこまでの距離を半分ほど詰めたところで、その角から新たに、人間型宇宙人ヒューマノイドの男が現れる。僕がいることを知っていたように、足を止めた。

 待ち伏せだ。振り返ると、後ろには先ほどの爬虫類型宇宙人レプティリアンと、鼻と耳に特徴があるブタ面で小太りの人間型宇宙人ヒューマノイドが立っていた。

 どうやらはじめから、この路地に追い込むつもりだったらしい。まんまと引っかかってしまった、というわけだ。

 逃げ道を求めて視線を巡らす。どちらかと言えば、一人のほうが相手しやすそうだが、そちらはすでに手にブラスター・ガンを握っていて、銃口をなんとなくこちらに向けていた。後ろの二人とともに、ゆっくりと距離を詰めてくる。撃たれてはかなわない。僕は抵抗する意図がないことを示そうと、両手を身体から少し離して広げた。

「チキンライダーだな?」

「人違いでは?」

 他の宇宙人には、雄鶏星人僕のボディの見分けはつきにくい。地球人がニワトリを個体識別できないのと同じだ。慣れれば見分けられるという点も同様。だから半ばお約束ではあるが、僕は一回はトボケてみせることにしている。それで向こうが迷ってくれれば、儲けものだ。

「トボケても無駄だ、俺の顔を忘れたか、雄鶏星人のユウキユウキ・ザ・チキン

 爬虫類型宇宙人レプティリアンが言い、僕は男のトカゲ面をじっと見つめる。地球人の僕には、爬虫類を見分けるのは大変むずかしいが、特徴的な頬のキズに見おぼえがあった。

ビクトル・スクラッチ引っかき傷のビクトルか! 久しぶりじゃないか!」

 別に親しい仲でもないのだが、僕は思い出した名前を呼ぶと、大げさに喜ぶふりをしてみせた。再会を喜んでるような相手を撃ち殺したりはしないだろうから。

「生きていたか! 元気だったか? 少し痩せたか?」

 僕の勢いに、トカゲ型宇宙人リザードフォークは出鼻をくじかれたように顔をしかめた。

「貴様がそれを言うのか? 貴様の仕打ち、忘れるとでも?」

 脳みそもトカゲ並ならよかったのに。どうやらビクトルは、僕が彼にしたことを忘れていないようだった。

「仕打ちだなんて、そんな。あの時はああするほかなかった。あんたにもわかるだろ? ずっと、身を案じていたんだ。無事なようでなによりだよ」

「無事なものか!」

 ビクトルは激高し、声を荒げた。左腕の袖をまくる。

「おまえが生身の俺を宇宙空間に放り出してくれたおかげで、両腕両足を失ったんだ!」

 どうやら義手のようだが、機械でできたそれは、生身のものよりずっと性能が良さそうだった。

「いい腕じゃないか」

「貴様も同じようになるか?」

 ビクトルは銃を抜くと僕にまっすぐ向けたが、隣にいた小太りピッグマンがなだめるように制した。

「ビクトル、落ち着け。俺が話す。お前は下がってろ」

 その様子を見ると、こいつらはやはり賞金目的なのだろう。僕を拘束して、“依頼主”のところへ連行するつもりだ。そうであれば……

「ちょっと待て、お前たちの依頼主は――」

 説得のために口を開きかけた僕だったが、二人の賞金稼ぎの向こう、路地に現れた新たな人影に、視線を奪われていた。

 人間型宇宙人ヒューマノイドの女性――誰あろう、レティシア元女王陛下だ。僕がスーパーの前を通った時に見つけて、追いかけてきたのだろう。左手には、目的の買出しを済ませたのか買い物袋を下げているが、彼女が右手に握っているものは――

 僕の視線に気づいて、賞金稼ぎが背後を振り返るのと、彼女がこちらに向かって走り出したのは同時だった。

 走りながら彼女は、右手に握ったレーザー・ブラスター・ガンを、やたらめったら撃ち始めた。飛び交うレーザー光に、賞金稼ぎは怒号を放ちながら路地を奥へと逃げ、射線から逃れようと物陰に飛び込む。すれ違いざま彼らに掴まれそうになった僕だったが伸びてきた腕をなんとか交わし、彼らから少しでも離れようと反対方向、つまり銃を乱射する女の方へ。彼女の銃が気絶スタンモードになっていることを祈りつつ、決死の覚悟で路地を斜めに横切り、違法設置されたと見られる貯湯タンクのキャビネットの影に飛び込んだ。今、撃ちまくっている女からは丸見えだが、彼女が正気なら、僕に銃を向けてはくれないだろう。

 レーザーが大気を焼くイオン臭とともに、レティシアは僕の懐へと飛び込んできた。彼女の銃撃が止まったと見て、賞金稼ぎのものと思われるレーザーの発射音が響くが、貯湯タンクのボロボロになった軽金属製キャビネットであっても、対人レーザーではやはり貫けない。とりあえず、一息つく。僕も銃を抜く。

「なんでいきなり撃った?」

 僕はできるだけ冷静になろうとしながら、僕の顔からすぐ下、胸の辺りにある彼女の頭に質問する。顔を上げた彼女は、驚きと心外を半分ずつその表情に浮かべていた。

「えぇっ? あなたを助けたんですよ?」

「なにから?」

「だって……銃を向けられていたではないですか!」

「宇宙では、銃を向けてくる相手が敵だとは限らないんだよ!」

 僕の言葉を聞いたレティシアは、今度は驚き半分、呆れ半分という顔で目を見開いた。

「それは……失礼いたしました」

「だから嫌だったんだ」

「え? なにがです?」

「あんたがいると、絶対に銃撃戦になるんだ!」

「そんなこと……ないでしょ」

「あるよ! これが何回目だと――」

 隠れているキャビネット、頭のすぐそばを、レーザーが掠めていく。耳元で響く音に、思わず首をすくめる。お返しとばかりにレティシアが銃を突き出し、引き金を引く。

「どうするんだ? 敵は?」

「三人共健在」

「それで、このあとのプランは?」

「どうしましょう?」

「せめて考えてから飛び込んでこいよ!」

 交渉の余地がなくなった点を除けば、レティシアの不意打ちのおかげで、挟み撃ち状態からは脱していた。とはいえ、逃げるにしても、後方の角までは結構な距離がある。敵はそれほど離れていない。あそこまで行く前に間違いなく撃たれてしまうだろう。

 それにしても、ビクトルの存在は厄介だった。撃ち合いになってしまったのならこの場で始末しておきたい相手だったが、彼はベテランの賞金稼ぎバウンティハンターで、普通に戦ったら僕なんかよりずっと強いはずだ。残り二人の腕も未知数だし、そういう敵を三人も相手にして勝てる、などとは思えない。

「仕方ありませんわね」

 更に二発ほど放ってから、そう言ってレティシアが懐から取り出したのは、なんと手榴弾グレネードだ。

「ちょっ……そんなものをステーションの中で――」

「合図したら走って」

 彼女は僕の言葉など聞かず、安全ピンを抜くと躊躇なくそれを放り投げた。

 爆発音は、意外と小さかった。

「今です!」

 レティシアが飛び出し、同時に僕は、キャビネットの影から路地を敵とは反対側、つまり来た方向へと向かって駆け出す。一瞬振り返ると、空中にキラキラと舞う光と、敵が撃ったレーザーがそれに乱反射するのが見えた。

 手榴弾は爆弾ではなく、チャフ・グレネードだったのだ。爆発により撒き散らされたプラスチックフィルムが、大気の中でゆっくりと舞い、ブラスターのレーザーを乱反射させる。対レーザー火器では最も有効な防御手段だ。

 後ろを走るレティシアが威嚇に二発ほど放つが、やはりそれも乱反射して敵には届かない。

 それを認識した敵が、ばらまかれたチャフをくぐり抜けて来る前に、僕たち二人は角を曲がることに成功していた。おそらくあと数秒で、敵もまた角から現れ、射線を塞ぐものはなにもなくなってしまうが、僕らの前方は人通りのある大通りだ。ヤツらに良識が残っていれば、やたらめったら撃ってきたりはしないだろう。

 振り返る余裕などない。全力で走って、運良くも撃たれることなく、僕たちは大通りまで到達した。しかし、逃げ切れたわけではない。

 人混みをかき分け、更に走る。しかしこのように逃げていては、すぐに見つかってしまうだろう。あいにく、僕はだいぶ目立つ見た目をしトサカをつけているのだ。

 地下鉄駅への入口を見つけ、僕はレティシアの袖を引っ張る。僕の視線で意図を察した彼女と共に、下への階段に飛び込んだ。


 人が居住する地上より下にあるため、僕はそれを便宜上、地下鉄、と呼んだが、シリンダー状のスペースコロニーの地面の下は、宇宙、要するに外だ。

 その電車に似た交通機関は、シリンダー外壁に敷設されたレールを走る、外壁鉄道とも言うべきものだった。もちろん重力は外側にかかっていて、車両がシリンダー外壁のレールにぶら下がる形になるので、慣れるまでは少し怖かった。

 発車寸前だった車両に、僕とレティシアは飛び乗る。すぐに扉が閉まる。車両がホームを出ていくまでに、賞金稼ぎハンター共がホームまで降りてくる様子はなかった。上手く撒けたのだろうか。

「これ、逆方向ですよ」

「いいんだ」

 窓の外を気にするレティシアに言うと、僕は携帯端末ケータイを取り出し、カイトを呼び出す。

掲示板BBSには書き込んだか?」

『通常ルーチンなんで』

 仕事を滞りなく確保するため、行き先が決まった段階で、次の荷物が見つけられるよう、現地の個人向けの運送屋探しサイトに書き込むようにしている。これはカイトの言う通り、いつものことルーチンワークなので、特に指示がなければそうするようになっていた。

「そのルーチン、キャンセルしといてくれ」

『なにか問題が?』

「はっきりしないが、賞金稼ぎバウンティハンターの待ち伏せを受けた。足がつくとしたらそこじゃないかと思って」

『ありえますね。書き込みも消しますよ』

「船の所在がバレてる可能性は?」

『技術的には、追跡は可能でしょうね』

「よし、お前は船を移動させろ。僕たちは今、反対方向の電車に乗ってる。次の仕事は?」

『まだ見つかってません』

「合流したらすぐステーションを離れる」

 空荷での航行はできるだけ避けたいことではあるが、今回はそういうことも言ってられなさそうだった。もしも連中が書き込みを元に僕の居場所を割り出したのだとすれば、協力者が他にも多くいる可能性が高い。掲示板BBSの管理者だけではなく、港湾区画の係員にもそういう人間がいるかもしれないということなのだ。

『了解。係留先が決まったら連絡しますネ』

「頼む」

 電話を切る。

 レティシアは、手に下げていた買い物袋を、残念そうに見下ろしていた。どこかで何かに叩きつけてしまったのだろう。

「卵、もったいないことしました」

「なんでそんなもの持ってるんだ」

「? ……買い物の帰りだったので」

「銃の話だよ! あとグレネード!」

 他の乗客に聞こえないよう、潜めながらも強い口調になった僕の問いに、レティシアは、ああそうか、とばかりに、銃を収めた上着の脇の辺りに手をやった。

密輸業者運び屋に着いていこうというんです、準備するのは当然では?」

「密輸業者をギャングと勘違いしてないか?」

「似たようなものでしょ」

「全然違う! ――僕が聞いてるのは、どこでそんなものを手に入れたんだってことだ」

 まさかスーパーで売ってたわけではあるまい。

「シュトレーム王国軍の制式品です」

「着服は犯罪ですよ女王様」

「元、です。退職金代わりですよ」

 なんて悪党だ。

「まだあるのか?」

「チャフは終わり。あとはホントのグレネードが」

「持ち歩くなよそんなもん……」

「護身用です。実際、役に立ちましたよ」

 僕はもう何も言わず、窓の外に視線を向ける

 今いるシリンダー型居住ブロックは、ステーションでも端の方に位置していて、ステーションの構造物の向こうに広がる宇宙空間も見える。シリンダーは2分弱に一回というスピードで回転しているので、その構造物と星空が結構なスピードで交互に通過していく。そういう窓外の景色は、壮観を通り越してスリリングですらある。

「どういう連中ですか?」

 レティシアは僕に身を寄せるようにしてきて、僕はその近すぎる距離感に居心地の悪さを感じる。

「僕もそれを訊きたかったんだけど、あいにく、銃撃戦になってしまったのでね」

 僕の皮肉が彼女に伝わったのかは、その横顔からはわからない。

賞金稼ぎバウンティハンターと言っていたではないですか。知ってる相手なのでは?」

 耳ざとい女だ。

「連中のひとりがね。以前、仕事で乗せたことがある」

「お客様、ですか?」

「積荷だよ」

 僕の言い様に、こちらを見上げたレティシアは眉根に皺を寄せていた。彼女の反応が面白くなった僕は続ける。

「お行儀が悪かったんで、船外に放り出したんだ」

 レティシアは「えっ」と口を開ける。

「宇宙で?」

「生身でね」

「それで、生きてるんですか?」

「そのようだ。僕も驚いたところ」

「そりゃあ恨まれてますよ。わたしが助けたの、正解でしょ」

「同じ目に遭いたくなければ、君も態度には気をつけるんだな。次の駅で快速に乗り換える」

 車内の運行表示板を見上げて言う。連中が僕らの逃走経路を把握しているか不明だが、もしも最短ルートを来られてしまうと、この電車の行き先、シリンダーの反対側のシャフトへは、先回りされるかもしれないと思ったからだ。快速電車がそれを防げるかはわからなかったが、着くのは早ければ早いほどいいだろうと思った。

 着いた駅では予定通り、向かいホームに快速電車が待っていた。滑り込むとすぐに扉が閉まった。発車する。

 カイトからの通信。

『FAブロックの北天側、違法増設区画の桟橋を確保しました。もちろん偽名で』

 こういう時、カイトが普通の航法コンピューターじゃなくてよかったな、と思う。

『最短経路、送ります』

 端末ケータイに乗換案内が表示される。

「少し遠いな」

エレベーターシャフト・トレインの乗り換え、シビアなんで、一生懸命走ってくださいね』

 顔を寄せて話を聞いていたレティシアが怪訝な顔。

「これ、か? わざとだろ?」

『たまには運動したほうがいいですよ。宇宙船暮らしでナマってるでしょ?』

「念のため、乗れなかった時のルートを――」

 通信は切れていた。


 シリンダーの端、外壁電車の終着駅には、待ち伏せはなかった。

 僕たちは走ってシャフトの無重力区画へと入る。カイトの案内通り、シャフトを縦に移動するエレベーターは発進直前で、滑り込みで乗り込む。客はまばらだった。

 無重力区画を走るシャフト・トレインは、加速と減速でそれぞれ逆方向にGがかかる性質上、座席にガードバーが付いている。僕たちは並んで腰を降ろし、ガードバーを降ろそうとするが、運航は雑なもので、それが済むより先に、エレベーターは動き出した。幸い座席は進行方向を向いていたので、背もたれに押し付けられただけで済む。

「もうっ、乱暴なんだから」

「追跡は、ないね?」

「そのようです」

「連中の狙いは僕だ。あなたまで一緒に逃げる必要はない」

 そう言うと、僕へと向き直ったレティシアは目を丸くした。

「では、わたしにどうしろと言うんです?」

 僕は首を傾げる。

「そりゃあ、故郷クニに帰るとか。ここで仕事を探してもいいだろうし」

 僕のは狂うが、どうなるのが彼女のためになるのかは、わからないのだ。

 レティシアは、答える代わりに抗議の視線を向けてくる。耐えられず僕は視線を逸らす。

「あなたのために言ってるんですよ、女王様。僕といっしょにいても、危ない目に遭うだけだ」

「自分の身は自分で守ります。覚悟の上で出て来てるんです」

「どうだか」

「どっちにしろ、わたしは彼らを撃っていますから。一緒にここを離れた方が安全です」

 頑固者め。

「後悔しても知りませんよ」

「しません」

 即答した彼女を見ると、ニッコリと微笑みを返してきた。その、心底楽しそうな笑顔に、なにかの病気じゃないかと心配になる。

「ここを切り抜けられたって、それで終わりってわけじゃないんだぞ。僕には賞金がかかってる。逃亡生活がいつまで続くかわからないんだ」

 脅かそうと思って言ったのに、彼女は笑顔を変えなかった。

「そう長くはならないのでしょう?」

「……どうしてそう思う?」

「だって、そのようなお顔をされています」

「……このニワトリ顔の表情が読めるとは思わなかった」

「慌ててらっしゃらないもの。終わらせるプランがお有りなのでしょう?」

 見透かされているというのは、嫌なものだ。

 でも彼女は、その“終わらせるプラン”がなんなのか、知らないのだ。だからそういう態度でいられるのだ。

 結局、心配されたような襲撃はなかった。

 カイトの指示通りの乗り換えに成功し、シリンダー二つ分の距離を移動した僕たちは、指定された民間経営違法増設区画の桟橋へ。チキンライダー号はすでに到着していて、僕たちは小走りに船内へと乗り込んだ。ハッチが閉まると、船はすぐに桟橋を離れる。久しぶりの運動に、もうヘトヘトだ。

「少しは運動した方がいいというのは、本当のようですね」

「運動は嫌いなんだよ」

 同じだけ走ったのにずっと平気そうな女王を睨んでやってから、コックピットへと流れていく。無重力で、身体の重さを感じないだけマシだが。

賞金稼ぎバウンティハンターが相手となると、桟橋を離れても安心できないですね』

「そういうこと」

「敵も船を?」

 僕とカイトのやりとりを聞き、レティシアが訊ねてくる。彼女が下げている買い物袋は、底に溜まっていた卵の中身が表面張力で球体になって、口から出ようとしてきていた。

賞金稼ぎバウンティハンターは大抵、船を持ってるよ。それ、片付けてきたら?」

 レティシアは買い物袋を持ち上げると「今日は玉子焼きにしますね」と言ってコックピットを出ていった。誰に何を食わせるつもりなのか。

 もちろん、宇宙人人類種である雄鶏ルースター星人と、家禽の卵にはなんの因果関係もない。どういう進化の悪戯か、ただその見た目が似ているというだけだ。それでもこの見た目ニワトリ人間の僕に鶏卵を食べさせようとするのは、躊躇して然るべきだと思うのだが。

 僕は船長席に付く。スクリーンには船の予定航路が映し出されていた。巨大なステーションを周回する軌道に遷移しようとしている。

 ステーションの周回軌道には、他にも無数の人工天体が浮かんでいたが、大抵はステーションに近付く、もしくは離れていく船で、速度を変えずに周回している物体は意外と多くない。この軌道に長居をすれば、割り出されるのは時間の問題だろうと思えた。

「仕方ない、荷物シゴトは諦めよう。サリス星系へ向かう」

『えっ、ホントに行くんですか?』

「これはお姫様のためでもあるんだ。賞金稼ぎハンターの連中だって、まさか僕がサリスに行くとは思わないだろうし、いるとも思わないさ。灯台下暗しってヤツだ」

『トウダイって?』

「そういうのがあるんだよ、原始的な星には」

『レティさんのためって、ホントですか?』

「そうだよ。彼女のようなヒトを、いつまでもこんな船に乗せとくわけにはいかないだろうが」

『本人は知ってるんですか?』

「これから話すよ」

 メインエンジンを点火して、加速噴射。周回軌道離脱。空荷での回送になってしまったが、背に腹は変えられないし、目論見通り行けば後々、楽々取り返せる。

 超空間跳躍ハイパースペースジャンプ適正座標を目指し更に増速。レティシアがコックピットに戻ってきて、僕は彼女に呼びかける。

「あー、お姫様」

 彼女が嫌そうな顔をこちらに向ける。わかっていてそう呼んでるんだけど。

「話しておきたいことが――」

『待ってユウキさん、先に報告が』

 僕の要件はわかっているだろうに、カイトが口を挟み、僕は不機嫌な目をディスプレイに向ける。

「なんだ?」

『我々の軌道離脱に、追従してくる船影があります』

 頭上のスクリーンに航路図が表示され、僕とレティシアはそれを見上げる。

 カイトの言うとおりだった。当船を示すプロップを追いかけてくるように、一つのプロップがついてくる。こちらより強い加速をかけているようで、その間は徐々に狭まっている。

 まず間違いなく、賞金稼ぎバウンティハンターだろう。行動が読まれていると考えられても、僕たちにできることは船を押さえられる前にステーションを離れることだけだった。僕たちを見失った段階で、作戦を軌道監視に切り替えたのだろう。離脱する船影を一つずつ光学観測していたとしても驚かない。時間は限られていたわけだし、AIの支援があればそう手間でもないのだ。

 別に慌てるようなことでもない。こちらはまだ余力を残しているし、もう少し行けば超空間跳躍ハイパージャンプできる。超空間ハイパースペースに入れば、行き先がわからない彼らが追ってくることはできない。

「よし、増速しろ。予定座標に到着したらジャンプを――」

 言いかけた僕は、気を利かせたカイトがスクリーンの隅に表示した、“敵影”の望遠映像に目をやった。見覚えのある船影シルエット。ロシット製VZ−5000宇宙艇――賞金稼ぎバウンティハンターが好んで使う中型高速船だ。

 敵はこちらを、ただの貨物船と侮っているだろう。確かに無改造ノーマルなら、スペック的には向こうの方が遥かに速い。もしもビクトルから情報を得ていたとしても、ビクトルだって、知っているのは“こう”なる前のチキンライダー号だ。

 これはチャンスだ、と僕は思った。ビクトル・スクラッチ。彼は僕を賞金首としてだけではなく、個人的な恨みもあって、追っていることだろう。そういう相手にはできるだけ早く死んでもらいたいわけで。しかし百戦錬磨の賞金稼ぎ相手に、銃撃戦、白兵戦で勝負するのは危険過ぎると考え、あの場では逃げたのだ。だが今は――敵はこちらの土俵に降りてきた、といえる状況ではないか。

「増速待て。敵を引きつける」

『了解。“敵船”から通信要請。テレビ通話です』

「つなげ」

 スクリーンに表示されたのは、やはりビクトル・スクラッチだった。忌々しげに腕組みをして、こちらを睨みつけている。

「やあビクトル。さっきは悪かった。僕にも予想外の展開で」

 僕は言いながら、レティシアがカメラの視界に入ってこないように手で追いやる。ビクトルは気づいた様子もなく憤然と言った。

『相棒に言っておけ! 街中でいきなり発砲なんかするなってな!』

「相棒なんかじゃないが、機会があったら言っとくよ」

 ビクトルを退けて、別の宇宙人が画面の中央に立った。あの場にもいた豚面の宇宙人ピッグマンだ。

『チキンライダー。我々はあんたに怪我をさせるつもりはない。ただあんたを、依頼主のところに連れていきたいだけだ』

「なるほど。えーっと、依頼主っていうと?」

『あんたも知ってるだろう、サリス星系のブリューだ』

「なるほど、ブリューね」

 僕はたっぷり頷いてから、哀れみの視線を送る。

「いや、もう、それだったら残念なお知らせがあるんだけどね、ブリューが掛けていた僕への賞金は、取り消された」

 ピッグマンは怪訝に顔を歪めた。

『なんだと?』

「話は付いているんだ。ブリューと僕の間にはもはやなんのしがらみもない。つまり僕を連れて行ったとしても、賞金はもらえないんだ」

『それは俺達が把握している話と違う』

「まだ伝わっていないだけだ。すぐに通知される。逆に、今となっては、僕に手を出した方が面倒なことになる」

 僕の言葉は口から出任せだったが、あくまでもこれは今の段階ではウソというだけの話で、早晩、そうなるはずの話だった。

「本当だ。僕は今からサリス星系に向かう。そこでアイリーンに借りを返す。通信サービスセンターから出てきたのは知ってるだろう? 僕と彼女の会話を盗聴したんじゃないのか?」

 通信センターの利用、もしくはアイリーンへの通信で足がついた可能性は低い、ほぼないだろうと思っていたが、スクリーンの向こうの宇宙人の反応を見れば、やはり盗聴や通信傍受ではなかったらしい。ただ僕がこう言えば、向こうは疑心暗鬼になるだろうという目論見はあった。

『いいや、信じないぞ!』

 ビクトルが割り込むようにそう言った。

『この男はいつもこうやって、嘘か本当かわからないようなことを言って煙に巻こうとするんだ! ヤツを捕まえて、ブリューのところに連れて行く!』

 心外だ。少なくとも僕がアイリーンと会うという下りは本当のことなのに。

 ピッグマンはしばし思案顔だったが、ほどなくして、言った。

『あんたの話が本当かどうかはは、ブリューのボスに直接聞く。あんたにも一緒に来てもらおう』

「ほっといてくれても、自分で勝手に行くんだけど?」

『あんたの言葉は信用しない。予定通り、あんたを捕らえて、連れて行く』

「嫌だと言ったら?」

『こちらの船はあんたのオンボロ貨物船よりずっと速い。抵抗は無意味だ』

 僕はディスプレイの表示に目をやった。敵船は更に接近していた。どうやら接舷して、僕を捕らえるつもりなのだろう。

「逃してくれるつもりは、ないんだね?」

 僕はしつこく聞いた。が。

『ない』

 そういうことなら仕方がない。

「わかった。逃げはしない。航法コンピューターに指示を出すからちょっと待ってくれ。カイト、マイクをミュートに」

 スクリーンに消音ミュートの表示が出て、こちらの音声が向こうに伝わらないのを確認してから、僕は口を開く。

「敵船を排除しろ。高質量散弾を使え。確実に沈めろ」

『了解。回避されないよう、もう少しひきつけます。ところで先ほどのお話ですが』

「なんだよこんなときに」

『“アイリーンに借りを返す”って言ってましたけど』

「――言ったっけかな?」

『間違いありません。ボクAIは聞き違えなんかしませんよ。サリス星系のアイリーンって、アイリーン・ブリューですか? ブリュー・カルテルのボスの――』

「そうだよ」

 諦めた僕は被せ気味に答えた。

『レティさんを彼女に?』

「そうだ」

『ってことはつまり、レティさんを借金のカタに売り飛ばそうっていうんですか?』

「いや、いや、違う、そうじゃない」

 僕は慌てて否定しながらレティシアを見たが、元女王は明らかに憤慨した視線をこちらに向けていた。

『前々からヒトとしてどうかと思う言動はありましたけど、まさか人身売買までやらかす外道とは』

「待てよ。タテマエとしてはそういう形になるが、実際には違うんだ」

「借金のカタって?」

「違うんだレティシア。君が考えているようなものとは全然違う。確かにアイリーンは犯罪組織のボスだが、彼女は本物の女性解放主義者だ。広く宇宙で虐げられている女性のために活動しているし、君のような優秀な女性は、好んで重用する。彼女のところで、きっといい仕事ができる。君の能力を活かした仕事だ」

「犯罪組織の仕事を?」

『高質量散弾、発射します』

 発射に伴う振動。

「違う、そうじゃないんだ。アイリーンのビジネスは確かに一部で法を犯すが、法は広い宇宙のどこにいるかで変わる。実際にサリス星系は、彼女のビジネスを認めている。 ……まあ確かに連盟法にはだいぶ違反してる部分もあるけど。それを言い始めたら、僕の仕事だって同じだ」

 音声はミュートしてある聞こえないが、スクリーンにはまだ向こうの艦橋の様子が映っていた。こちらの砲撃に気づいてパニック状態のようだ。ピッグマンとビクトルは、それぞれ指示を出しながらこちらを罵っているようだが、あいにく聞こえない。

 この距離、この速度で、高質量散弾による攻撃を避けるすべは、ない。扇型に広がる散弾の雨に突っ込んでくるような形だ。残酷なまでに慣性の法則が支配する宇宙では、急減速も、急転回も非常に難しい。速度が速ければ尚更だ。カイトは綿密に計算して、敵に回避の余地を与えないよう、十分に近づけてから撃っていた。

 向こうが無防備に近づいてきたのは、まさかそのような砲撃能力があるとは思っていなかったからだ。当然、普通の貨物船にあるような装備ではない。軍艦が持っているような武器なのだ。そういう侮りが今回、彼らの命運を分けたわけだが。

 舐めてかかって不用意に近づきすぎたのだ、彼らは。

『まもなく着弾、3、2、着弾、今』

 スクリーンに映っていた中型高速船に、高質量の金属球が雨のように降り注ぐ。敵船艦橋からの映像にも、散弾が外板を突き破り次々に突入してくるのが見え、映像は直後に途切れた。別スクリーンでバラバラに崩れていく敵船をチラリと見てから、僕はまた、レティシアへと振り返った。

「アイリーンは女性を大事に扱うし、本人が望まない仕事は決してさせない。ここにいるより、ずっと君の能力を活かせる仕事をくれるはずだし、きっと大事にしてもらえる」

「それで、借金の話は?」

 腰に手を当てたレティシアの目から剣呑な光は消えなかった。僕は思わず視線を逸らす。

「ぼ、僕が彼女に借りがあるのは、ただの偶然で」

「偶然?」

「その偶然のおかげで思いついたんだよ。君は仕事を見つける、彼女は優秀な従業員を雇う、僕は――」

「借りを精算して、賞金を取り下げてもらえる?」

 僕は首を横にふろうとしたが、できなかった。根が正直なのだ。

「まあ――そうだね」

『敵船、大破確認』

 このあとは、星系の警備隊なり法執行機関が出張ってくる前に、再度離脱噴射、のち超空間跳躍ハイパージャンプと行きたいところだったが、元女王の視線が、僕にそれをさせなかった。沈黙がコックピットを支配する。

 やがて、元女王はゆっくり瞬きをすると、幾分、トーンが落ちた口調で言った。

「わたしのこと、邪魔ですか?」

 正直言ってぶっちゃけ邪魔だが。

「君の存在が邪魔なんじゃない。君の気持ちが迷惑なんだ」

「わたしの気持ち? あなたをお慕いしているこの気持ちが、ですか?」

「僕に恋していると思っているのなら、それは間違いですよ」

「あなたに、わたしの気持ちがわかるようなこと、言われたくありませんね」

『確かに』

「カイト、おまえは黙ってろ。この宙域から離脱しろ」

『了解』

「明らかに吊橋つりばし理論ですよ。僕といるときはいつもトラブルだった。それだけのことです」

「バカになさらないで。その区別ぐらい、わたしにも付きます」

「どうだか」

「なぜそのように決めつけるのです?」

「僕は雄鶏星人の身体なんだぞ?」

「だからなんだというのです? 見た目など気にしません」

「やめなさい。それ以前の問題だ」

「それはわたしの問題ではなく、あなたの問題なのでは?」

「僕? 僕の問題だって?」

「身体や見た目など、些細なことです。あなたを好きにならない理由にはなりませんわ。あなたが自分の見た目などを気にしているから、他人ヒトの好意を素直に受け入れられないのですよ」

「なるほど、わかった。僕は僕のこの身体にコンプレックスがある。なるほど確かに。さっさと元の体に戻りたがってるんだから、間違いない。認めよう。君が僕のことを慕ってる? オーケー、ありがとう、光栄です。でも残念だけど、僕はそういう気持ちにならないんだ。君の好意が迷惑なの」

 僕は再び、その言葉を口にした。多少、酷だと思わなくもなかった。でも、はっきり言ってやった方がいいと思ったのだ。

 僕は彼女の気持ちを受け止められない。

 綺麗な女性だし、いい女と言えなくもないとは思うが、その程度なのだ。

 しかしレティシアは、なんだか少しスッキリした、と言わんばかりのため息をついた。

「わかりました。わたし、フラれたんですね」

「いや、僕、最初に断ったじゃないですか」

 一緒に逃げてって言われた時に。

「それがわからなかったわけではないんですが、ほら、人間って、心変わりとかあるじゃないですか。押しかけ女房やっていれば、受け入れてもらえるかもって、打算、あったんですよ」

 もしかしたら、僕が地球人の身体だったら、彼女を好きになったりもしたかもしれない。彼女の恋心を否定したように、人間の気持ちというのは、不安定ではっきりしない、自分自身ですら勘違いしがちなものだ。

 相手をその気にさせたら勝ち。そういう発想であれば、彼女の戦略は、まあまあ悪くなかったかもしれない。ただし相手が悪かった。本来の身体を失っている僕は、たぶん、人間らしい感情も欠けてしまっている。

「わかりました。連れて行ってください、その人のところへ」

 そう言った彼女の目元には涙が浮かんで、無重力だからそれは流れ落ちず、彼女の目元に留まった。

 彼女の涙を見つけ、僕は、恋するってどんな気分だったっけな、などと思うが、そういう気持ちを持ったことなどなかったのではないかと思うぐらいに、思い出せない。


『本当にいいんですか? ここで船を降りて、シュトレームに帰る手だって、あるんですよ』

 超空間跳躍ハイパースペースジャンプ直前というタイミングで、カイトが声を掛けるが、ジャンプに備えて着席していた元女王は首を横に振った。

「……ありがとう。でも、故郷くににはもう帰れないの。カイトくんがわたしを気遣って言ってくれてるのは、わかるわ。でもあのヒトは――あのヒトが密輸とか犯罪に手を染めてたのは知ってるけど、でも、本当は悪いヒトじゃないっていうのも、わたしは知ってるの。わたしのことだって、きっと悪いようにはしないわ」

『悪いヒトじゃない? まさか。あの人はメルマックニューメルマック星への猫の輸送を請け負ったこともある、本物の畜生ですよ?』

 ちょっと言い方ってもんがあるだろうに、と僕は密かに嘆息する。

 彼女が答えるまで、少し間が空いた。

「ホントに?」

『事実です』

「メルマック星人が猫をどうするか、知らなかったんじゃないの? だって彼、かなり原始的な星の生まれだって」

『知ってたはずですよ。本物のメルマック星人に会えたって喜んでましたから』

 僕は咳払いをして、レティシアがこちらを向く。

「確かに僕は原始人だが、よその星の文化について、自分の倫理観を基準に考えるのは間違ってるって、僕は教わったけどね。メルマック星人が何を食べようと、僕らが口出しすることじゃないだろ」

 レティシアはしかし、僕の物言いに鋭い視線を向けてきた。

「メルマック星への猫の輸送は、連盟法で禁じられてます」

「その法律のほうが間違ってるんだ」

「じゃあ、事実なのね?」

「母星を失って、せっかく入植できた星に猫がいなかったって、かわいそうじゃないか」

「彼らは猫を食べるんですよ?」

「僕の星ではニワトリを食べるよ」

「それとこれとは……」

「食用のニワトリと、運送屋をやるニワトリと、食用の猫がいるんですよね、宇宙には」

 もちろん、パイロットをやる猫もいる。場所によって、生き物の有り様は違うのだ。

 僕は彼女の方へニヤリと微笑んで見せる。

「でもま、あなたが降りるっていうんなら、僕の立場では拒否できないんですけどね」

「しかしそれをすれば、あなた、困るのではないですか? 賞金首のままになってしまうでしょう?」

「まあ、予定は狂いますが、結局は今までどおり、ということです」

 彼女は少し考えたが。

「やっぱり行きます。犯罪組織の女ボス、興味あります。思っていたのと違ったら、そこでおいとまさせていただきましょう。彼女への借りは、わたしのものではないわけですし。その時は、カイトくん、わたしの脱出、手伝っていただけます?」

『もちろん。よろこんで』

「そうだ、それよりも、あなたを連行したことにして、賞金をいただく、というのはいかがでしょう?」

 彼女は不敵に微笑み、僕はしかめ面を作る。

 チキンライダー号は予定通り、超空間ハイパースペースへと吸い込まれていく。



終わり

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