Episode8.目的は
愛彩が乗る船は中型で、およそ百数人が乗船している。構造は二階で、下には子供やその母親、負傷者が集められ、一方、上の階では男女関係なく、若い世代が一つの場に集まっていた。
その中には先ほどの愛彩のように涙を流す者もいれば、困惑している者、突然連れてこられて怒っている者もいる。多くの表情が彷徨うこの場所で、愛彩は一人、見知った顔の人を見つける。
「佑月ちゃん……?」
「先輩っ!」
そこにいたのは、数時間前に自由が丘で別れたはずの後輩、滝沢佑月。
「どうしてここに?」
「突然お兄ちゃんに呼ばれたんです。JR線快速に乗って今すぐ根岸まで来いって」
「けど電車は止まってたはずじゃあ……」
と、佑月に携帯を見せられて確認すると、確かに東横線と京急線は止まっているが、JR線はどういうわけか止まったのはほんの数分前だった。
自由が丘駅からJR線に乗る最短ルートは溝ノ口まで出て武蔵溝ノ口駅乗り換えてしまうこと。そこからであれば根岸駅までは約一時間で到着する。
だが、どうしてJR線のみ止まるのが遅れたのだろうか。
その疑問だけが残る中、愛彩の肩をトントンと叩かれ、振り向いた。
「あ、えと………?」
そこに立っていたのは先の女性だった。しかし彼女は何も話そうとはせず、愛彩に《アンドロメダ》とは全く形状の異なる携帯機器を渡してきた。
「これを………耳に?」
愛彩はジェスチャーで言われるがまま、渡された機器を耳に装着する。途端、後ろの補助が展開し、簡単には落ちないようになる。
「ごめんなさい、これがないと詳しいお話ができないから」
「あ、そうですよね。ありがとうございます」
《アンドロメダ》などは超瞬間翻訳が機能されており、基本的には誰であろうと言語が通じないということはない。だがそれを逆に言ってしまえば、《アンドロメダ》のような機器がないと話ができないと言うことになる。
「改めましてこんにちは、私はメリス=カートン。よろしくね」
「えと、長谷部愛彩です。よろしくお願いします………」
メリスはにこりと笑うと、愛彩の頭をぽんぽんと二回ほど叩くと、体を百八十度回転させてどこかへと行ってしまう。
「不思議な人だな………」
一見、ふわっとした印象を持ち、しかしその表情や仕草からはしっかりとした印象を受ける。歩く後ろ姿も凛々しく、モデルのような美貌を持つがしかし、その服装は軍服のようで。
愛彩にとってメリスは、全く読めない人だった。
そのメリスがさらに別の印象を生み出したのは、アスタリアと鉢合わせた時だった。彼女は端に避け、敬礼をする。その表情はどことなく真剣であった。
すれ違ったアスタリアはメリスに軽い一礼をするなり、愛彩たちの中心に向かう。やがてマイクを取らずに話し出す。
「えー、私はアスタリア。アスタリア=デュフォードだ。少し話をさせて欲しい」
アスタリアの申し出を、誰として断る人はいなかった。
それは、船窓から高く立ち昇る煙が見えているからだ。もうその煙も、やがて見えなくなってきているが。
「まず横浜にある研究所にて、テスト段階にあった完全汎用型人工知能、
その討伐した当本人は愛彩なのだが、アスタリアは敢えてその名前を出さなかった。
事実を話してしまえば、自分たちが先陣を切ることができなくなる……というのもあるが、これから話そうとしていることによって、愛彩に大きな負担を掛ける可能性があるのを踏まえてのことだった。
「————けど、それで終わりではありませんでした」
そう口にしたのはアスタリアの隣で立っていたメリスだ。
「《カイン》の討伐がされた直後、《カイン》は自爆。その後、日本全国において通信機器等々の爆発や清掃用人工知能などの暴走が見受けられたと報告を受けています」
「ていうことは…………」
「現段階ではまだ不明瞭ですが、恐らく《カイン》が何かしたのではないかと推測されます」
『マダ………だ』
『ショータイム』
《カイン》が放ったあの言葉の意味が、ようやく分かった気がした。だが、きっとそれだけではないと、愛彩は直感する。
「あのー、ちょっといいですか?」
愛彩が深刻に考えている横で、やや緩い少女の声がその場に響く。
佑月だ。
「どうした?」
「いやあの、確かにさっきここにいる人のほとんど全部の携帯が壊れて海に投げ捨てましたけど…………私の携帯、壊れてないんですけど」
「………少し貸して見せてくれ」
佑月は近寄ってきたアスタリアに携帯を差し出す。特に壊れている箇所はなく、チチチという変哲な音や、煙などは特に出ていない。
「見ない機種だが、この携帯は他のものとは違うのか?」
「ええまぁ、私が作ったので」
彼女の父親はそういったものの開発部に勤めているそうで、会社を度々見学していたらいつの間にかその方面の知識がついていた。
「特に通話機能やメール、アプリケーションなんかは普通の携帯の機能と変わらず使えますけど………違いと言ったら、人工知能プログラムがないことくらいじゃないですか?」
「‼︎」
二〇二〇年代から発展した人工知能技術であるが、佑月はそれがあまり好きではなかった。そのため、今や全ての機種に内臓されている人工知能を自分で作った携帯には入れなかったのだ。
他の機器とのたった一つの、しかし大きな違いに、アスタリアはメリスの名を叫ぶ。メリスはアスタリアと意思疎通したかのように動き出す。その背中をアスタリアは追った。
***
彼らが入っていったのは船内にある備蓄庫。
そこには食糧や衣類などの最低限人間が生存できるようなものが保存されている。そしてその奥の船室には、通信等々に使われる機械類が保存されており、乗船した人たちに配布した非人工知能の翻訳のみを機能した機器もまたここから出している。
それらが保存されている部屋の中心には、一台のパソコンが置かれている。
メリスは部屋に入るなり、そのパソコンの電源ボタンを押すがしかし、反応はない。やはり人工知能を機能した機器が全て破損している。
「でも、もしも全てのAIを破壊、暴走させるんだったら————」
と、メリスが手をつけたのは大型の軍事通信機。慣れた手つきで操作し、とある場所へと発信する。
「こちらS04、緊急の要件で応答願います」
『…………』
数秒間の砂嵐。その後、やがて聞こえてきたのは一人の男の声だった。
『……あー、こちら〝S〟。こっちもなにやら大変らしいが、そっちの方が緊急そうだな。それで、要件は?』
「はい。既にご存知かと思いますが………」
『我が愛しの………いや、AIの暴走の件だな。それで?』
「その件について、急遽調べて欲しいことがあるんです!」
***
「じ、人工衛星のハッキング⁉︎」
「………多分、だけど」
「そんなの無理無理、無理ですよ! いやまぁ、確かに世界には
と、ここで佑月の口が動作をやめる。
佑月の言っていることは間違ってなどいない。人工衛星のハッキングなど、できるはずもない。
だが……あくまでもそれは〝人間〟としての話だ。
それが人工知能であれば、可能性としてないことはないのではないだろうか。
「け、けど! じゃあ何で《カイン》はそんなことを……?」
「それは………」
「恐らくだが、人間にバレる可能性を踏まえてのことだろう」
「人間に、バレる?」
愛彩は訝しげにアスタリアの言葉を繰り返す。
その後ろからやってきたメリスは、一枚の紙を手にしていた。
「当たりです! 人工衛星から微細なハッキング跡が見つかったそうです!」
船内がざわめき出す。「どういうことだ」「ふざけるな!」と、今まで話にすら入ってこようとしなかった同席者が騒ぎ出した。
「先程、この件に関して最も詳しい人間に通話をすることができた」
そのアスタリアの発言に雑言は次第に収まり、視線がアスタリアとメリスに集まった。
そして、告げる。
「奴らの目的は…………戦争だ」
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