第186話『呪をかける』


魔法少女マヂカ・186


『呪をかける』語り手:マヂカ    






 階段を上がってきたあたりから古典の先生の様子が分かってきた。




 卜部兼近(うらべかねちか)という先生で京都にある大きな神社の三男坊。社格の高い神社で、卜部家は男爵に列せられている。男爵家と言っても三男坊なので男爵家の家督は継ぐことができず、古典や神道の歴史を研究して身を立てようとしている実直な人らしい。


 この先生を刺激しよう。


 ノートの端っこに『卜部兼近』『野々村典子』と書いて、そっと息を吹きかける。


 もう百年以上使っていない呪をかける作法だ。




「転校生は、このクラスだったんだねえ……渡辺真智香さんと野々村典子さん」


 出欠点呼が終わって、先生は、わたしの顔はあっさりと、ノンコの顔をしみじみと見た。


 もう、呪が効いている。


「えと……野々村さんのお家はご維新までは嵯峨野にあったのですよね?」


「え?」


 驚いてはいるが、呪が効いているので余計なことは言わないノンコ。


「奇遇です、卜部家も京都で、野々村家とは親交がありました」


 級友たちが「え?」という顔をする。卜部先生が知っていて、それも親交のある家ならば、それなりの由緒のある家格に違いないからだ。


「もう大正の御代です。昨年の震災で、世の中も元気がありません。夢のあるお話なので、野々村さんについてお話してもいいですか?」


「あ、はい」


 呪が効いている間、ノンコは余計なことは喋らない。


「みなさん、京都の嵯峨野に『野宮神社(ののみやじんじゃ)』があることは御存じですね?」


 みながコクコク頷き、松平さんが手を挙げた。


「はい、松平さん」


「伊勢神宮に仕える斎王が身を清められる由緒ある神社です。古くは源氏物語の『賢木の巻』にも出てまいります」


「そうですね、斎王とは未婚の内親王がお勤めになる、伊勢神宮でも、とても大事なお務めです。最年少は二歳、最年長は二十八歳までの内親王方がお勤めになられました」


 まあ二歳で!? 二十八歳!


 驚きの声が上がる。


 二歳は若いと言うよりも幼すぎ、二十八歳と言うのは歳が行き過ぎている。多感な少女である級友たちは、それを聞いただけで、想像力を刺激されるのだ。


「そう、みなさんが驚いたように、斎王におなりになる内親王様片にはさまざまな事情や背景があります。中には、すでに心に決めたお方のいる内親王様もおいでになりました。典子内親王というお方が居られましたが、この内親王様は、その想い人がおられ、斎王に選ばれたことを光栄に思いながらも悲しんでおられました。それをお知りになった時の帝は内親王様を憐れに思し召し、野宮神社に着いたところでお隠れになったということにされたのです。お隠れになったとあれば斎宮にならずとも良いのですが、人としては存在しないことになります。帝は、人をお遣わしになって想い人である公卿にお知らせになりましたが、公卿は典子さまにお会いになれないことをはかなんで、前の日に亡くなっておられました。典子さまは、斎王になることも、生きた人間に戻ることもできません。こんな儚いことは無いとご落胆になられましたが、それからは、嵯峨野で亡き公卿を回向しながら野宮神社にお仕えしてお過ごしになられました。典子さまのお世話は腹違いの妹君である何某の君がみられ、典子さまの没後に帝は野々村姓をお与えになって、代々の東宮様にもお伝えになっていかれました……ここまでご披露すれば、みなさんお分かりになると思います」


「野々村さんは……では、典子内親王様の裔でいらっしゃいますのね(´;ω;`)ウッ…」


 浅野さんが素っ頓狂なことを言う。


「典子さまは、独身をとおされましたよ」


「あ、あ、そうでございますわね(;゚Д゚)、失礼なことを申し上げました」


 早とちりなんだけど、教室には暖かな笑いが満ちた。


「腹違いの妹君の御子孫なのですよ」


 まあ…………( ゚Д゚)!


 感嘆の声が上がり、ノンコは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「野々村の人たちは、以来、野宮神社を守ってこられ、ご維新で男爵位を得られたのです。お仕事が神社のお世話なので、やっと近年になって東京にもお住まいを持たれたと承っております。なにか付け加えることはありますか?」


 先生は、ニッコリと笑顔を向けられる。


 ノンコは頬っぺたを真っ赤にしてコクコクと頷いて、その姿が、とても可愛いと評判になった。


 ちょっと、呪が効きすぎたか(;^_^A




※ 主な登場人物


渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員


要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員


藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 


野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員


安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長


来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令


渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る


ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員


ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物


高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 


春日         高坂家のメイド長


田中         高坂家の執事長


虎沢クマ       霧子お付きのメイド


松本         高坂家の運転手 


 


 

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