第121話『聖メイド服』


魔法少女マヂカ・121  


『聖メイド服』語り手:安倍晴美 





 一人暮らしの夜は寂しい。



 だから、まっすぐ1Kの我が家に帰ることはめったになくて、馴染みの日暮里の呑み屋さんを三軒、日替わりのように巡っている。


 日暮里は繊維関係の中小企業やお店が多いので、その勤め人やバイヤーの人たちが訪れる呑み屋が結構ある。


 池袋あたりに出張る選択肢もあるんだけど、一年契約の講師の身では、日暮里のリーズナブルな呑み屋の方が落ち着く。


「でもなあ……」


 一週間ぶりの呑み屋を横目に殺しながら駅への道を選ぶ。


 来年度の採用が不明な今は出費を抑えなければならない。時間給同然の非常勤講師の口しか無かったら、収入は今の半分に落ちるだろう。


 そう思うと、ささやかなぜいたくも憚られる。


 ロータリーに差し掛かると、太田道灌の像が目に入る。双子玉川戦では彼と、その郎党どもを助けてやったが、知らん顔をしている。


 まあ、あの時は緊急事態で、時空の壁を超えていたからこそ助太刀ができたわけで、平時の今は、物言わぬ銅像であることが自然なのだろう。


 このまま電車に乗るか。


 決心して早歩き、すると自販機が目についた。


 ほんの一瞥をくれただけなんだけど、新発売の栄養ドリンク風の清涼飲料が目につく。


 ビクビタ 350ml 100円


 新発売の特別価格に思わず買ってしまう。




 グビグビグビ……




 腰に手をあててオッサン飲み。


 炭酸と、微妙にトロッとした薬臭さ。


 


 ああ、爽やか~~~~!




 思ったのは、ほんの十秒ほどだ。


 空き瓶を回収箱にぶち込むと、ゾクっと寒気がして催してきた。


「いかん、真冬に飲むもんじゃないな……」


 ブル


 身震い一つして駅のトイレを目指す。


 この時期、駅のトイレは一杯じゃないかと不安がよぎるが、用足しのためだけに喫茶店に向かうのも業腹だ。


 ええい、ままよ!


 案内に従ってたどり着いたトイレの前には『清掃中につき南側のトイレをお使いください』の札。


 くそ、漏れちまう!


 三十四という歳のあつかましさ、掃除の終わった個室に「ごめんなさい!」の一言で飛び込むことにする!


 運よく、清掃員は奥の用具庫に居るようで無人だ!


 ラッキー!


 心の中で快哉を叫んで用を足す……。




 嗚呼 嗚呼 開放感んんん……。




 つかの間の幸福感に包まれて、ちょうどホームに入ってきた電車に飛び乗って、これまた運よく空いていたシートに身を預ける。


 なんとチープな幸福なんだ……。


 車窓に残る残照と共にトイレに間に合って運よく座れたという幸福感は、次の駅の車内放送が流れるころには失せてしまった。


「おかえりハルミ」


 ドアを開けると、去年衝動買いした音声認識ロボットが出迎えてくれる。


 晴美のアクセントが可笑しい、晴海ふ頭の晴海のアクセントだよと教えるのだが、一向に憶えない。


 どうもネットに繋いで日本語のサンプリングに加わらないと精度が上がらないらしい。


 でも、そういう面倒なことは苦手なのでほったらかし。


 エアコンのスイッチを入れただけで、着替えもせずにベッドにぶっ倒れる。


 とりあえず、これで眠っちまってもオッケー……。




 人の気配にビクッと目が覚める。




「不用心だニャー、鍵開いてたニャー」


 ここの管理人はネコだったっけ?


 薄目を開けると、懐かしいやつが立っている。


「ミケニャン?」


「バジーナ・ミカエル・フォン・グルゼンシュタイン三世陛下のお使いニャ。サッサとこれに着替えて王国に出頭するニャ!」


 バサ


 わたしの顔に投げられたのは、もう二度と見ることもないと思っていた、わたしの聖メイド服だった!


 


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