第89話『M資金・26 ハートの女王・2』

魔法少女マヂカ・089  

『M資金・26 ハートの女王・2』語り手:ブリンダ 





 T型フォードの高機動車が急停車すると、ハートの女王はドレスの裾をからげて、横綱の土俵入りのようにノッシノッシと近づいてきた。



「さあ、ここで停車したのが運のつきだよ。まずはアリスだ!」


 プシューーーーー!


 女王は胸の谷間からスプレーを取り出すと、ルームミラーとサイドミラーに吹き付けた。吹き付けたのはフニフニのスライムのようなもので、もし鏡の国のアリスが出てきても、スライムに絡めとられて身動きがとれなくなってしまう。


 フグウ フグフグ フググ………


 鏡の中から悶絶するようなうめき声がしたが、しだいに小さくなって聞こえなくなってしまった。


「これでアリスは片付いた。さあ、おまえたち、わたしを議会まで送る栄誉を与えてやろう」


「あ、えと……議会に送るだけでいいのかな?」


 拍子抜けだ。


 アリスを封印してまで、なにを命ずるのかと思ったら、T型フォードの高機動車をタクシー代わりに使おうというだけなのだ。


「えと、一個質問していいですか?」


「苦しゅうない、申してみよ。くだらない質問ならば、首をちょん切るぞ」


「女王陛下が、お乗りになると言うことは、ビーフイーターどもは追いかけてはこないということでよろしいので?」


「もちろんじゃ、余はこの世界の至尊たる女王じゃ。たかが獄卒のビーフイーターごときが余の邪魔だてなどができようものか」


「ならば、陛下をお送りするのは臣たるものの務め……」


 オレは、運転席から下りて、恭しく後部座席のドアを開ける。T型フォードの高機動車も気を利かせて、ドアの下からレッドカーペットを女王の足元までスルスルと延ばした。


「おう、気の利いたことをいたしてくれる。それでは世話になるぞ」


 女王が後部座席のステップに足をかける。


 ミシミシ!


 音がしたかと思うと、T型フォードの高機動車は二十度ほども左に傾いでしまった。


「畏れ多いことではありますが、全体重をお掛けあそばしますと、転覆のおそれがあるように思われます」


「ウウ……豊かな肉体は女王の威厳ではあるが、忍ばねばなるまい」


「ご明察、恐れ入ります」


「ならば……」


 顔の高さまで右手を上げると、人差し指をクルリと回した。シャララララ~ンとエフェクトがあって、数秒で半分以下のスレンダーな姿になった。


「おう、お見事な!」


「それでは……」


「お待ちください!」


 今度は、オレの胸の谷間からマヂカが顔をのぞかせた。


「おう、そなたは胸もなかなかのものじゃ。牛女を忍ばせておったか」


「陛下、玉体がお痩せになったのですから、スレンダーなお身に最適なお化粧になされてはと愚考いたします」


 ほう……何を企む牛女? 女王の顔は、痩せようが太ろうが変わりがないほどのナニなんだが。


「良いことを申した。女王の顔は国家の顔である、スッピンでも十分な美貌ではあるが、それでも気に掛けておくのが至尊たる女王の務めであろう……おっと、車のミラーは全て封じてしまったのだな」


「恐れながら、御身のコンパクトを……」


「そうであったわ。王室専用の曇りなきコンパクトの鏡にて化粧を整えるといたそう……」


 やった、鏡さえ開かせればアリスが……。


「なにか、引っかかっておる……」


 違和感があるのか、女王は、半開きになったコンパクトをハタハタと振った。


 ピヤーーーー!


 なにか零れ落ちたかと思うと、親指ほどの鏡の国のアリスが転げ落ち、悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。


 

 そうか、アリスにとって、ハートの女王は天敵であったのだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る