紫の皇女と青の皇子-3

 罪深い祖父の行いへの報いか、アーシュラはその夜から、一週間も高熱に苦しんだ。彼女が長く寝こむ度、アヴァロンは重苦しい沈黙に包まれる。今度こそ皇女が死んでしまうのではないかと、思わないものはいなかったからだ。

 けれど、皇女は繰り返し苦しみ抜いて、そして生き延びた。

 動けるようになると、痩せ衰えた体をドレスで隠して、城内の者に声をかけて回る。やはり、決して弱音は吐かなかった。


「エリン……」

 かすれた声に、ベッドサイドに座り込んだまま、人形のように動かなかったエリンは顔を上げた。彼女が目をさますのは、いつも夜のような気がする。

「ここに」

「何か、飲みたいわ」

「水で?」

「紅茶がいいわ」

「何日食事を召し上がっていないと思っているのです。せめてミルクで」

「……じゃあ、それでいい」

 少しお待ちくださいと言いながら立ち上がるエリンの手を、熱い指が捕まえる。「アーシュラ?」

「やっぱり、飲み物はあとでいい。ここに居て。顔が見たいわ」

 起き上がろうとするのを押しとどめて、疲れた顔を覗き込んだ。

「やっぱり、夢より本当の方がいいわね、触れるもの」

「夢に僕が?」

「当たり前でしょう」

 アーシュラはくすくす笑いながら言った。

「ああ、やっぱりわたくしの半身は美しいわ」

 美しい顔には不吉なクマが張り付いて、手を添えた背中は薄く、いかにも頼りなげだ。けれど、

「あなたの方がずっと美しい」

「お前は分かっていないわねえ」

 五年前に交わした約束は守られていた。アーシュラは苦しみに喘ぐ枕元にも彼を置いた。

「わたくしは美しくなんてないわ」

「どうして……」

「憎んでいるのだもの。世界を」

 五年のうちにすっかり自分の背を抜かし、少しずつたくましく成長しつつある、己がエリンの首筋を強引に引き寄せて、サラサラと指を滑る白金の髪を撫でる。

「自分の世界を憎んでいる者は、みんな醜いのよ。わたくしなんて、最悪」

 呪いを語るには明るすぎる調子で、他人事のように、少女は言った。

「よく、分かりません」

「お前はそれでいいのよ。だって、お前は世界わたくしを愛しているでしょう?」

 儚く生まれつき、城から外に出ることすらほとんど無く育った娘が、まるで世界の秘密を知っているような顔をして、自信たっぷりにそんなことを言う。そんな時のアーシュラは、どんなにやつれきっていても、本当に美しく思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る