6:千秋楽②
「……はあ」
風音は、レンチを握りしめたサツキとニヤつくユキを交互に見ながらため息をついた。そして、
「サツキ、これからどうする?」
と、話題を変える。
このままでは、ユキに話の主導権を握られ先に進まないためだ!
「……どうするって?」
聞かれている意味がわからなかったのか、質問を質問で返すサツキ。その手には、いまだにレンチが握られている。気に入ったのかなんなのか、離す気はなさそうだ。
「任務とか、下界の引率で結構部屋を空けることあるんだよね。その時間、サツキはどうしてるかって話」
「……うーん」
「もちろん、好きなことやってていいんだけど……」
「……先生についていくのってダメなの?」
「推奨はしないかな。特に、危険が伴う任務だとサツキのこと守れる自信ない」
「そうだよね……」
「……」
その会話に、何やら考え込むユキ。
風音の言い分もわかるし、サツキの気持ちもわかるのだ。しかし、双方の意見を採用するとなると少々厳しい現実が待っている。なぜなら、
「サツキちゃんに影のプログラム組ませても良いと思うけど。今の魔力だと厳しいかも」
「量もコントロールもちょっと難しいと思う」
「そこは国の決まり事だから、俺が皇帝に言ってどうにかなる問題でもないし……」
影になるためには、定期的に実施しないといけないプログラムがある。かなり過酷で、一度影になって何度も任務をこなした人にとっても難しく、離脱者が絶えないのが現状だった。
そんな中、ユキと風音は数年影として活躍しているわけで。どれだけこの2人が強いのかがわかるだろう。
数年ぶりに体内へ魔力を入れたサツキには、どっちにしろ難しいものになることは明確だった。故に、「少々厳しい現実」なのだ。
「ねえ。それを受ければ、先生と一緒にいれる?」
と、難しさがよくわかっていないサツキは、ケロリとした表情で2人へと質問をしてくる。
「いれるけど……」
「じゃあ、やってみる」
どうやら、彼女にとってプログラムの難しさよりも風音と一緒にいれることの方がずっとずっと重要らしい。軽い口調で話しているが、その意思は硬い。
「まあ、もともと先生の補佐で魔力回路開いてるからそれでも良いと思うけどね」
「でも……」
「先生、サツキちゃんの意思を尊重するんじゃなかったの?」
「……怪我はして欲しくない」
「それも込みで、サツキちゃんの意思なんだよ」
風音の過保護具合は、サツキの手術前で認識済みである。彼女の意思を尊重しようとする風音にそう言えば、引き下がることも学習していた。案の定、ユキがそういうと、
「……わかったよ。サツキ、本当にそれで良いんだよね」
と、諦めたような表情になって隣に座るサツキに確認している。
話しかけられて嬉しいサツキは、すぐさま「うん!」とニッコリ笑顔で答えてくれた。
「私、先生と一緒に居たい」
「わかったよ。一緒に居ようね」
「うん!」
「……ってことで、天野お願いしても良い?」
「はいよー。こうちゃんに申請しておくよ」
影のプログラムを組ませるのは、皇帝の仕事。本来であれば今宮が取り仕切っているのだが、皇帝へ直に話した方が早く実施してくれるだろう。
「それと一緒に、補佐登録しても良いかもね」
主界ランクになると、下界〜上界ランクの魔法使いから補佐を1人つけられるシステムがある。自ら受注するだけでなく本人への直接依頼が増えるため、それを管理する人が必要になるのだ。
大抵の主界はチーム行動が多いため自分でスケジュールを組むが、下界の教師や自営業を営む人たちはソロ行動が多くなるので補佐システムを利用する人は多い。武井も、例外なくそれに登録していた。
「……よくわかってないんだけど、先生と対等になる?」
「うーん、どうだろう。対等かどうかは難しいけど、一緒には居れるよ」
「私、足手まといになりたくない」
「だって、先生」
「……システム的なことは、後で説明するから。まずは、サツキがどうしたいかが一番だよ」
風音の言葉に少し考えるそぶりを見せたサツキは、
「先生と一緒に任務こなしたい。私は、先生を助けたい」
と、自分の意思をしっかりと伝えてくる。その意思の強さは、きっとシステムの説明をした後でも変わらないだろう。聞いていた2人がそう思うほど、彼女ははっきりとした口調で意見を口にした。
「サツキ……」
「いい表情。そしたら、影のプログラム渡すからそれ受注しながら補佐登録すると良いかも。同じランクなら足手まといになることはない」
「わかった。やる」
無理をさせたくない風音と、サツキの決断を無下にしたくないユキ。今回は、ユキの意見が採用されそうだ。提案された内容に、間髪入れず返答する彼女の表情は何か譲れないものがあるかのよう。
そんなサツキの言葉を聞いた風音も、観念した様子。彼女の頭を優しく撫で上げている。
「じゃあ、それで申請出しておくね。俺が推薦者になる」
「ありがとう、ユキ」
「その代わり、無理はしないで。ちゃんと、先生の説明を聞いておいてね」
「わかった。先生、説明お願いします」
「ん。この後すぐやろうか」
「うん!」
影のプログラムを受けるには、影の推薦状が必要になる。今回は、補佐登録も一緒にするので、その当事者である風音は推薦状を書けない立場だった。故に、ユキが推薦状を出すことになるだろう。
通常であれば、影同士であってもそのランクは公表されていないので推薦状の依頼も今宮が窓口になって取り仕切っている。依頼があれば、何も知らない影を向かわせてその対象人物の行動を見て影としてふさわしいかどうかを確認させていた。
しかし、今回はちゃんと試験を受けさえすれば例外として見てくれるだろう。
「……先生」
「何?」
「影の試験前に、少しだけ時間もらっても良いかな。魔力のコントロールとか勉強したいの」
「そういうのは聞かなくて良いよ。サツキは自由に生活して」
「でも、先生の補佐するなら私のスケジュールは知っておいた方が良いんでしょ?」
「……そういう縛りあんま好きじゃないんだけど」
「補佐ってそういうことじゃないの?」
「……」
と、サツキの方がシステムをよく理解しているようだ。誰かの補佐になる場合、その人物のスケジュール把握も仕事のうちになる。正論を言われ、苦い顔を披露する風音の様子とそのやりとりに、ユキが腹を抱えて笑い出した。
「先生、観念しなよ。サツキちゃんの意志を尊重してあげて」
「わかってるよ……」
と、わかりたくないという気持ちを隠そうともせず、少しむすっとしながら風音が答えてくる。その視線は、完全に子を心配する親そものも。過保護も、ここまでくれば立派としか言いようがない。
本当は、危険に晒したくないというのが本音だろう。サツキのやる気に水をさしたくないので、それは口にしないというだけの話。
ユキにも、その気持ちはわかるのだが、だからと言って「はいそうですか」では話が進まないのだ。ここは、彼女の意思に合わせた方が早く進む。
「ってことで、サツキちゃんは俺と演習組もうか」
「……いいのか?」
「メンターだから。やれることはやるよ」
「ありがと。サツキ、天野と一緒に演習組んできて」
「わかった。1人じゃ心細かったんだ。お願いします!」
風音から指示を受け、サツキは立ち上がってユキに向かって頭を下げてきた。
すでに、2人の間では主従関係が出来上がっている。それを感じ取ったユキは、彼をメンターにおかなかったことに安堵した。
キメラは、メンターの言うことが絶対なのだ。どれだけ間違っていても、メンターが何かを口にすればそれに従わなくてはいけない。
きっと、それを知ったら風音はメンター解除してしまうだろう。しかし、メンターがいなければキメラは……特にサツキは日常生活もままならないほど弱ってしまう。人の形をしているのだが、やはり彼女は人外なのだ。その辺りを割り切らないと、メンターにはなれない。
だからこそ、割り切れない風音をサブに置き管理することにしたユキの考えは間違っていなかった。
「かしこまらないでいいよ。俺はサツキちゃんのメンターだから。先生がセクハラした時も相談乗るし」
「そんなことしないって言ってんだろ!」
「って先生は言ってるけどね〜」
「ふふ、ユウは心配性ね」
「サツキにだけだよ……」
ユキの茶化しに少々言葉を濁しながらも、すりつくサツキに応える風音。その頭を撫であげれば、すぐに気持ちの良い表情になるので、いくらでも撫でてあげたくなるのだろう。先ほどから、撫でっぱなしだ。
こんな状況になるまで、風音は自身がこんなに他人を心配するとは思っていなかった。もう他人ではないにしろ、自分以外の人にここまで依存することも考えられないこと。こんな状況を姉たちに見られたら、なんと言われるのか。
考えるのが怖くなった風音は、思考を止める。すると、
「え、告白……!」
「違う!」
「え、違うの?」
やはり、調子に乗ったユキが茶化してくる。話が終わったためなのか、その表情は明るい。
しかも、あろうことかサツキがそれに乗っかってくるではないか。2対1に追い詰められた風音は、
「……あ。いや、その」
と、オドオドとした口調になりながら顔を赤らめてしまった。
なんだか、この2人に言われると調子が狂うらしい。
「じゃあ、こうちゃんに申請してくる」
そんな風音の表情に満足したユキは、背伸びをすると座っていたソファから立ち上がった。
影のプログラムは、申請し承諾されればすぐ受けられる。皇帝の許可が下りれば、明日にでも実施されるだろう。
「お願いします」
「ん、任された。サツキちゃんは、今日中に先生からシステムの説明聞いておいてね」
「わかった。先生、お願いします」
「ん。30分くらいで終わるから」
そんな会話を聞きつつ、ユキが出口へと向かうと、
「天野、無理はするな」
風音の真剣な声が飛んできた。
「わかってるよ」
本当にわかっているのか。
聞いていた人がそう思ってしまうほど軽い口調でそれを返すと、ユキは振り向かずに部屋を出ていってしまった。
「……」
「……」
それを見送った2人は、閉じた扉を見ながら互いの手を握りしめる。
バタバタしていたので、今初めて2人きりになったのだ。
「……辛いことばかりさせてごめんな」
「私の意思だよ。先生は関係ない」
「そっか……」
その言葉が、風音の負担を軽くするために言われていることだと気づいている。しかし、それを言ったところで何もならない。握られた手に力を入れ、なんとも言えない感情を抑えていると、
「……同じ先生なのに、先生は優しいね」
「"先生"は優しくなかったの?」
「私の石しか見てくれなかった」
「……それは辛かったね」
「ううん。見放されてた方が、私にとっては嬉しいことだった」
「どうして?」
過去はあまり聞かない方が良い。そう思っても、興味を持ってしまうのは事実。
風音は、サツキがポツポツと口にしてくれる話に耳を傾ける。そちらに顔を向けるも、彼女は決して風音を見ない。
「キメラになってからね。身体が熱くなる薬入れて、私の身体を触ってくるの。今でも、感覚が消えない」
「……未成年に何してんの」
「罰だって言われた。何もしなくても、薬入れられるとどうしても抑えられなくなって。私から求めちゃうこともあった」
「……」
「ねえ、先生。先生は私と……」
すでに、女性の身体に開発されているのだろう。そのあたりの感情を取っているとはいえ、体は正直だ。身体をもぞもぞと動かしているのは、きっとその行為を期待しているから。それを我慢させるのも酷だが、これから「普通」を教えてあげないといけない風音がする行動は1つだけ。
「サツキ。オレは、未成年には手を出さない」
「……私、魅力ないの?」
「そう言う問題じゃない。サツキは可愛いし、正直オレも男だから抱きたいよ。でも、大人が子どもにそれをするのは間違ってると思ってる」
「……そうなの?」
「うん。本当に好きなら、相手が成人するのを待つか適齢期になって結婚してからそういうことはするものってオレの中では認識してるよ」
「……」
話が難しすぎたのか、サツキは少々悲しそうな表情をして下を向いてしまった。
彼女の中では、「抱かれなければ、自身は拒絶されている」と認識されているのだろう。今の話を聞いた風音は、組織に対する怒りを増幅させる。それと同時に、サツキの「願い」になってしまっているものをかなえさせられないことにも罪悪感を抱いてしまった。それほど、彼女が悲しそうな顔をしていたから。故に、
「……もう少し大きくなって、それでもオレでよければ相手するよ」
と、ゆっくりとした口調で伝える。
今の風音には、そんな不確定な約束しかできない。
「……!」
「そういうの考える時間もないくらい、美味しいもの食べて楽しいことしよう」
「うん。……うん!」
すると、サツキは「拒絶されているわけではない」とわかったのだろう。ガバッと顔をあげて風音の方を嬉しそうな表情で見てきた。
そして、繋いだ手を唐突に離し、隣にいる風音に向かって飛びつくように抱きついてくる。
「わ!」
「先生、先生っ」
「……」
予想していなかった彼は、そのままベッドへと倒れてしまった。しかし、上に乗っかったサツキは気にしないよう抱きしめる腕に力を入れ続けている。
観念した風音は、苦笑しながらもその思いに応えて優しく抱きしめ返した。
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