7:草笛は遠くまで響く②




【認証中、認証中……】


 その無機質な声に、意識を取り戻した風音が真剣な表情になって見守る。……ここを超えられなかったら、どうやって彼女を守るのかを考えながら。

 が、そんなことを知っているのか知らないのか、ユキはキレッキレのダンスを続ける。歌も、よく聞いてみると相当うまい。


 周囲には、住民やゲートで承認を待っている人が順を乱してユキ見たさに集まってきている。もちろん、女性陣の瞳はいつも通りハート形になっていた。

 バックミュージックはどこから流れてるのやら、光の演出がどうなっているのかなどなど突っ込みどころが多すぎる光景故に、誰もそれにツッコミを入れようとしない。


【……該当人物判明。どうぞお通りください】


 それでも、なんとか (?)通過できた。風音は、その声にホッと胸をなでおろす。

 ……が。ここで終わる彼ではないのは、誰もがご存知であろう。


「え、待ってよ。もう退場?」


 と、予想通りに当のユキは、不満げな表情になってスピーカーに向かってムスッとしている。


「ほら、行くぞ」

「ユキ、任務中だよ」


 それを、強引に引っ張っていく風音とまこと。……ゆり恵が色々な意味で思考停止しているので、今回はまことの出番のようだ。早苗は、その光景に笑いを噛み締めている。


「……」

「……」


 なお、彩華とゆり恵は、ポーッとした表情でユキの動きを目で追っていた!

 完全にやられてしまっているが、大丈夫か……。とはいえ、それにやられているのは彼女たちだけではない。


「サインは常時受け付け中だよ☆」


 集まった人々に向かってウィンクすると、ものすごい数の群衆がユキのいるところ……即ちゲート付近へと押し寄せてきた。それは、内側外側関係なく。故に、


「YUKIさまーーーーー」

「こっち向いて!!!」

「サインください!」

「ちょっと押さないでよ」


【……不法侵入者、不法侵入者。先に認証を受けてください】


 と、まあこうなるだろうなという感じである。

 ゲートのシステムは大混乱。今までにあっただろうかと思われるほど、繰り返しAIのエラー音と色とりどりで目がチカチカするような光が放たれた。少々遠くからそれを見ている風音たちにすら眩しいと感じているのだから、その場にいればもっと眩しいだろう。しかし、誰1人としてその場から離れようとしない。それほど、ユキの魅力に囚われてしまっているということか。

 なにやってるんですかね、その中心にいる彼は。


「君、名前は?」

「え、えっと……」

「可愛いね。ゆっくりで良いよ」

「……素敵」


 当の本人は、それを気にしていないようにサインを書き始めている。どこから持ってきたのか、その後ろには大量の色紙が。これを全部捌くとなると、夕方になっても終わらないだろう。

 一方、風音たちは、


「先生、止めなくて良いんですか?」

「……オレが止めて、天野は止まると思う?」

「……止まらないし、顔出してる状態で割って入ったら先生も餌食になりそうです」

「先生、絶対行かないでくださいね」

「頼まれても行きたくない」


 と、生徒と話しているとは思えない会話が続く。

 そんな苦い顔をする彼は、ユキが一応ゲート通過をしたのであとはどうでも良いと言う心境らしい。まことたちと一緒にその「騒動」をまるで他人事のように眺めていた。……いや、まことと早苗と一緒に、か。後の2人はというと……。


「あれ、ゆり恵ちゃんたちじゃない?」

「……まさか、そっちにいたなんて」

「すごいな、天野」


 姿が見えないと思ったら、なんと、ユキのサイン待ちの列に並んでいるではないか!

 まことが指差した方向へと視線をやると、瞳をハートにした彼女たちが。その手には、応援グッズだろう団扇やライトスティックが握られている。


「はいはいー、ストップー」


 そこに、この混乱を収めに来たのか、青い制服に身を包んだ男女2人が現れた。腕章には、警察の桜の紋が光っている。と言うことは、彼らはタイルの特殊魔法警察だ。


「魔警本部1課、真鳥と黒井だ」

「この人、怒ると怖いからみんな従ってねー」


 と、警察手帳を見せながら拡張魔法を使って女性警察……黒井が声を張り上げる。まさか、1課が出動するとは。その隣にいる真鳥は、彼女と違っておっとりとした、しかし、どこか逆らえないような口調で騒ぎを沈める。タイルの住人は、その怖さをわかっているかのようにサッとはけていった。ゲートに並んでいた異国者も、逮捕されては面倒だと思ったのだろう。静かに元の位置に戻っていく。


「……あれ、君達も俺のサイン欲しいの?」


 そんな状況をわかっているのか否や、ユキはキョトンとした表情で魔警の2人を眺めている。見ると、後ろの色紙がもうすぐなくなりそうだ。いつさばいたのだろうか。


「いや、普通に仕事で「え、やだ。YUKIじゃないの!」」


 真鳥が警察手帳をかざしながらユキに向かって文句を言おうと口を開くも、それを相棒の黒井が止める。

 どうやら、芸名YUKIで芸能界で活躍しているらしい。黒井が、ポッと頰を赤くしてユキを……いや、YUKIを見つめている。


「有名なの?」

「有名も何も!レンジュの芸能人だよ!奇跡の顔って言われてるんだよ!歌もできてダンスも完璧!それに、あの笑顔と言ったら」

「ゴホン」


 真鳥は知らなかったらしい。黒井に向かって、先ほどと同様おっとりとした口調で問うている。一方、それを聞かれた彼女は熱弁のごとく、大好きであろう芸能人の情報をつらつらと述べていく。相当なファンだ。

 それを止めるため、聞いた張本人は咳払いをした。これ以上は、職務に影響するとでも思ったのか。


「あ、えっと……」


 ハッとして、赤面する黒井。赤みを抑えると、その場に残っていた風音たちの方へと歩み寄り、


「私は、黒井。黒井かな。君たちは違法者ではないな。ようこそ、タイルへ」

「俺は、真鳥リル。よろしく」


 と、敬礼してきた。2人とも、かなり若い。女性には厳格さ、男性にはマイペースさと、正反対の性格がうまくマッチしているようだ。

 チラチラといまだにユキに向けられている視線以外は、立派な捜査官と言う印象を与えてくる。


「よろしくお願いします」


 そんなやりとりに唖然としているメンバーの代わりに、サインをもらって上機嫌な彩華が挨拶をした。いつの間にもらったのだろうか、その隣にいるゆり恵も同じようなものを持っている。……よかったね。


「ちょうどよかった。皇帝のお使いで来てるの、案内してくれる?」


 そう言って、彩華は懐からキラキラと瞬くエムブレムを取り出した。それは桜の形をしたもので、太陽の光に反射され眩しく輝いている。


「……レンジュ国の!なるほど、案内しましょう」

「姫、先ほどのご無礼をお許しください」


 それを見せると、2人の態度がガラッと変わった。

 ……サイン色紙を持ちながらだと、かなり威厳が落ちる。が、このエムブレムはかなり貴重なもの。


「どういうこと?」

「皇帝一族の紋章だよ。あれを持った人は、皇帝の発言として相手に伝わるってやつ」


 それを初めて見たゆり恵が風音に質問すると、簡潔な答えが返ってくる。


 そう。このエムブレムは、レンジュ国の紋章だ。皇帝はもちろん、皇帝代理である彩華もいつも所持しているもの。加えて、管理部メンバーも全員持たされているものだ。

 もちろん、ユキも肌身離さずこの瞬間も持っている。きっと、管理部所属になるらしい風音ももらうことになるだろう。


「へえ、初めて見た」

「綺麗ですね」

「ね、綺麗」


 紋章の存在を知らなかった3人は、珍しげにそれを見ている。話がついたので彩華が紋章をしまうと、


「こちらです」

「足元にお気をつけください」

「みんなもおいで」


 魔警の2人が彩華をエスコートしてくれた。

 彼女の声に促され、5人もそれに続く。





 ***





 この国のゲートは、すべて電子に頼っている。その結果、ハッキングやプログラミングの書き換え、幻術での不法侵入が可能になってしまっていた。

 それを利用したユキは、見た目を変えずに防犯カメラに写る姿のみ少女にしていたのだ。本来であれば違法なのだが、言っていたらキリがないのが現状。


 電子に頼ると、こういうことが起きる。

 ユキにとってはありがたいが、国としてはもう少し対策を考えないと残虐な事件は減らないだろう。タイルでは、誘拐はもちろん強盗や殺人などの悪質な犯罪は他国よりも多い。

 ただ、それを教えてあげるほどレンジュとタイルは親しくはない間柄だった。隣国だが、同盟国のザンカンと違って攻撃的な分、信頼は薄い……。



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