7:掌に落ちたのは闇の破片
「わー、すごい景色!」
そこは、壮大な草原だった。
草花が風に揺れ、見ている人を穏やかな気持ちにしてくれる。草花に紛れて、ウサギやリスといった小動物も確認できた。それらは、気持ちよさそうに日光浴を楽しんでいる。
ゆり恵は、ゆっくりとそこの空気を味わうように深呼吸をした。
「本当。こんな綺麗なところがあるんだね」
それに、早苗が答える。吉良たちも、例外なくその光景に見とれていた。
白を中心に、色とりどりの花が咲き乱れている。草原に吹く心地よい風が、その花たちを静かに揺らしていた。
「この花を……ななみさんに」
「じゃあ、もらったのをユウトに♡」
……なお、ななみと武井は、風音を巻き込んで遊んでいた。いや、少なくとも武井は本気だ。遊びではない。
「そんなことより……この辺でチームに分かれて調査を開始しようか」
と、バラバラになっているチームを束ねる風音。任務が終わるまで、気は抜けなさそうだ。
「どんなことやれば良いんですか?」
まことの質問に、
「この草原にいるモンスターの生態調査をお願いしたい!」
と、ななみとイチャイチャ(?)していた武井が答えた。やっと、仕事をする気になったらしい。しっかりとみんなの目を見るように話しかける。
「モンスターって?」
「動物との違いがわからない」
初めての生態調査。その違いがわからなくても当然だ。全員がキョロキョロと周囲を確認している。とはいえ、そこに見えるのはよく見る動物ばかり。
「あんま意識したことないな……」
「む、確かに。感覚でわかるしな」
「それは慣れてるから!」
「そうですよ、ちゃんと教師らしく説明してください!」
と、説明を省こうとした教師陣へブーイングの嵐が。それに困った表情の風音が、
「んー。例えば、あそこにいる鳥はカンコウドリ。でも、その隣にいるのはモンスターだよ」
と、草原の入り口にそびえる木の枝に止まっていた2羽の鳥を指差す。が、その鳥は同じ見た目をしている。大きさも、鳴き声も同じ。みんなは、首を傾げた。
「え、どっちですか?」
「見分け方は?」
「同じにしか見えないけど」
と、質問が押し寄せる。それを説明しようと武井が口を開こうとするも、
「はーい、私が話す!」
ななみが右手を上げて一歩前に出た。彼女は、そのまま自然な足取りでカンコウドリに向かっていく。出番を取られてしまった武井が少しだけいじけてるが、まあ放っておきましょう。
ななみが近くと、1羽は森の中に逃げてしまった。残った1羽はというと……。
「え?」
「逃げなかった方がモンスターね。見てて」
そう言って、逃げなかった方の鳥にななみが手を伸ばす。すると、それは彼女の手で黒いモヤとなって実体が消えてしまった。まるで、火から出る煙のように。
「……!」
「本当だ……。すごい」
「へえ、触ればわかるのね」
初めての光景に怖いらしく、恐る恐るではあるもののそのモヤに近づくチームメンバー。吉良が先頭になってのぞいている。
本来であればそんな光景に微笑むのだが、そのモヤを見たななみが一瞬だけ眉をひそめた。その反応に、風音も気づいた様子でピクッと身体を反応させる。しかし、
「って感じで、鳥じゃないんだよねー」
と、悟られないためかいつものニコニコとした笑顔で話しているななみ。何かあったのだろうか。
黒いモヤはまだそこにとどまり、木の枝周辺を浮遊している。
「見分け方は、影があるかないか!小さいのは難しいけど、大きくなるとすぐわかるよ。簡単でしょ?」
「影か!」
「そこまで見てなかった」
「一生懸命、形とか色を見てたよ」
「私も」
ななみの説明に、納得がいった様子。目の前のモヤにも影が存在しないため、その説明はわかりやすい。
それを確認したまこととユイが、モヤをスマホで撮影をしている。そのフラッシュが焚かれても、やはり影はできなかった。
「形は他にもあって、煙やモヤ、水とかが多いかな。天候によって変化するんだよね」
「へー、不思議」
「もともと、モンスターは自然由来のものだから。動物と同じく、自然の中で生きている物体と思っておいて」
「なのに駆除対象なの?」
「街を襲うようなやつはな。そうじゃなければ、人間が危害を加えることはないさ。今日の調査も、どんなモンスターがどこにどれだけ生息しているかチェックするものだからな。駆除対象を見つけるためじゃない」
「共存ってやつね」
「そういうこと」
教師陣も混ざって説明が始まると、全員が真剣そうに頷いている。
きっと、合同演習ではこうやって初心者魔法使いにフィールドについてレクチャーするのも任務内容に組み込まれているのだろう。だからこそ、報酬が少なく、その分学びが多い。
「触っても平気?」
「……うん!見てて、私が触るから」
そう言って、ななみはモヤを直接手で包むように持ち上げた。それは、フワッと浮くと彼女の手のひらにぴったりとおさまる。そして……。
「先生、今日は晴天だよね!」
「……」
その言葉で、風音の疑問が確信に変わる。
晴天の場合、モンスターはモヤではなく光の物質に変化する。日陰にいればモヤになることはあるものの、ごく一部。今日のようなカラッと晴れた日は、日陰であってもここまではっきりとしたモヤができるはずないのだ。それは、誰かの手によって人工的に作られたものと見て間違いない。
その隣にいた武井の顔も、状況を理解したのか笑顔が消え目が鋭くなった。それに気づくまことと吉良。ななみの持つモンスターから一歩引き、チームメンバーを守るように腕を広げる。
「先生……?」
「悪い、お前ら。ちょっと隠れててほしい」
「え、ちょっと」
「待っ……」
風音がそういうのと同時に、ななみは転送魔法を6人にかけた。何か言いたげな彼らは、困惑した表情のままどこかへ消えてしまう。説明もなしなので、何が起きたのか理解すらしていないだろう。全員が消えたのを確認すると、風音がななみの方を向く。
「ななみ、お前もあいつらについていけ」
「……武井」
「おう、任せとけ」
「おい……!」
しかし、彼女は従わない。風音からの視線を避けるように、武井に視線を向ける。すると、目の合った彼は、笑いながら自身に転送魔法の光を当て始めた。それを、風音が静止しようと手を伸ばしたが間に合わず。まことたちと同じように、武井の姿もその場から消えていってしまう。
その場には、風音とななみだけが残った。その空気感は、決して軽いものではない。
「……お前も行けよ」
と、少し強めの口調で言うも、
「……44人。いける?」
ななみ……いや、ユキが質問をする。その表情に、おふざけはない。
とはいえ、見た限り敵の姿は拝めない。ただただ、先ほどと同様の景色が広がっているだけだった。風になびく草花は、これから起こるであろう事態を知らない。
「……病み上がりのやつが偉そうに」
「あはは。先生はやっぱり優しい」
「優しいで誤魔化すな。生徒が戦ってどうする」
「んー、じゃあこれならどう?」
その会話中、ユキの耳へマスク越しの舌打ちが聞こえてくる。その音で笑う彼女は、続けてこう詠唱した。
「広範囲フィールド展開、身体変化」
同時に両手を広げると、そこに太陽よりも明るい光が集まってきた。そして、方々に散り草原を覆い尽くすような巨大なフィールドが出現した。と、同時にユキ自身の身体にも変化が。目が覚めるようなワンピース姿の少女は、真っ黒な戦闘服を身に着けた青年へと早変わりする。
同時に2つの魔法を展開したので、ななみが青年ユキになったことに気づいた敵はいないだろう。警戒している様子がない。
そのフィールドのサイズや身体変化を見た風音は、ため息をついて
「次は助けないよ」
「……」
と、諦めの境地に立った様子。少しずつではあるが、ユキの性格を理解しつつあるのかもしれない。
ユキは、そんな彼を見て何か言いたそうに口を開いたが、発言する前に閉じてしまう。その代わり、いつもと同じあの鋭い殺気を放ち目の前に現れた敵に備えた。
「……聞いていた人数じゃない」
黒装束に身をまとった人が5名、奥の森から草原に出てきた。その5人は、フードで頭からつま先までを隠し闇そのものを連想させる。しかし、マントで姿を隠す影と違い、その身に正気を感じられない。
真ん中にいた人物がそう口を開くと、
「他の奴らは」
まるで感情がないような話し方で、ユキたちに話しかけてきた。声に魔力を練りこんであるのだろう、命令に近いものを感じる。
だが、それに屈する2人ではない。
「……」
「……」
国から影ランクを与えられている2人は、その教えを守るように無言を貫き目の前の敵を睨みつけた。得体のしれないやつに、渡す情報はない。
今回は、流石のユキもふざけるつもりはないらしい。それほどの強敵なのか。
「……交渉決裂。攻撃開始」
敵は、ユキたちが情報を渡すような奴らではないと気づいた様子。すぐに作戦を切り替えるように指示を出すと、どこに隠れていたのか周囲から制限なく人が出てきた。
それに、完全に包囲される2人。しかし、焦ることなく最初からいた5人をまっすぐ睨みつける。
先に動いたのは、敵だった。
「召喚、シャドウウルフ」
召喚魔法を唱えると、すぐに真っ黒の……あの、魔警本部2課で見た狼の影が数体、素早く飛び出してきた。大きなそれは、唸り声をあげてこちらを威嚇する。邪悪な瞳は、濁りきっていて光がない。
ユキは、その狼を見て驚きの表情を浮かべていた。が、目の前に集中している風音はそれに気づいていない。
「……」
「……」
それでも、2人は無言を貫く。
動く気配を見せない彼らにしびれを切らしたのは、黒装束の敵だった。
「行け」
と命令されると、召喚された狼が一斉にユキと風音へ向かって襲いかかってくる。それを確認したユキは、
「先生、背中預けたよ」
小さくそう呟き、風音の背中に拳をトンと置いた。すると、
「ああ」
短く返事をし、風音も狼の影に向かって両手を広げ牙を剥く。
***
「どう言うこと?」
ギルドに戻ってきたまことたちと吉良たち。何が起きているのかわからず、不服そうに後から来た武井に詰め寄ること詰め寄ること。しかし、
「大丈夫だ。お前らは俺が守る!」
「だから!どう言う状況かって聞いてるの!」
「はは!先生は大人気だな」
「だーかーらー!!」
「ちょっと待ってろ」
ゆり恵の言葉が聞こえていないかのように、いつもの調子で笑うだけ。全員の言葉を受け流し、そのままギルドの受付に行ってしまった。
ここにいる全員が、緊急事態が起きたのはわかっている。しかし、状況が一切わからないのだから不安は大きい。
「……こうなったら先生は何も話さないよ」
「でも……」
「ゆり恵ちゃん、待とう」
「……わかったわよ」
と、吉良たちは武井の性格を知っているのか冷静さを取り戻しつつある。受付にいる担当教師の背中を見つめていた。
ゆり恵を抑えるまことも、それを見て少しだけ落ち着いたようだ。とはいえ、ゆり恵の肩の上に置かれたその手は震えている。怖いのは自分だけではないことに気づいた彼女は、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……悪いな!ちょっと緊急事態だ」
受付から帰ってくると、武井は6人を円状に座らせた。
武井の報告を受け取った受付では、慌ただしく人たちが走り回り始める。パニックまでとはいかないものの、大きな声が行き交っているのだから緊急事態と見て間違いはなさそうだ。
何が起きているのかは正確にはわからないが、良いことではないのはわかるようで全員が神妙な顔つきになって話を待つ。すると、
「説明している余裕はない。悪いが、住民の避難を手伝ってくれ」
「え」
「わかった」
と、これまた大雑把な説明をする武井。それに反論しようとするまことたちの言葉にかぶせるよう返事をしたのは、吉良だった。その表情は、真剣そのもの。
聞きたいことを我慢して、目の前の任務をこなす。
それが苦手なまことたちは、吉良の判断力に圧倒された。
「よく言った。吉良、ユイ、まこと。お前らは住民の誘導を。ミミ、ゆり恵くん、早苗くんは建物内の人たちへの声かけを」
「はい!」
「承知です!」
「必ずチームで動け。一人になるな!」
「……はい!」
何が起きているのか、それは後でも聞ける。今は、魔法使いとしての任務を全うさせるべき。
吉良の真剣な態度でそれを学ぶまこと、ゆり恵、早苗。3人も、No.2のメンバーと一緒に立ち上がった。
「まこと、ユイ行くぞ!」
その勢いを止めない吉良は、2人を引き連れて素早くギルドを後にする。やることが決まっていると、彼は強い。
「頼んだ。他のチームもいるから、指示に従え」
「ええ、わかったわ!」
「私たちも行きましょう」
その後ろ姿を見送りながら、ゆり恵も2人に声をかけた。その声に応えるように、先頭を歩き出すミミ。2人もそれに続く。
生徒たちの後ろ姿を見送る武井。自分も戦闘に参戦しようと、ギルド受付に集まりつつある戦闘要員部隊に近づこうと足を進める。しかし、
「お前はまことたちにつけ。私はゆり恵たちにつく」
「……!?」
後ろからの声に振り向くと、そこにはマナが。
いつもの谷間を露出させた服装で立っていた。が、いつもの柔らかい雰囲気はない。真剣な表情になって、武井に話しかける。
「でも……」
「いいから行け、これは命令だ」
「……承知!」
何かを感じ取ったのか、武井はそれに逆らわずに広場を出る。その瞳には、遠視魔法によって吉良たちの後ろ姿を捉えていた。
「……これで良いんだろ、ななみ」
誰にも聞こえない声でそう言うと、ゆり恵たちを探すためマナも広場を後にする。
彼女は、ユキの任務内容を知っている様子。少しでも、それを助けたいのだろう。少しだけ悲しそうな表情をしながら早足で歩き出した。
彼女が広場を後にするのを、敬礼で見送るギルドの職員。
緊急事態用のマニュアルが既に設置してあるので、マナの出番はない。職員は、必死に自身の役割を果たそうと思考回路を働かせ、国を守るため職務を全うする。
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