16:4人と1人で歌を唄って



 下界になって、初めての休日だ。

 今までの休日は、何をしていたのだろうか。思い出そうとしても、机に向かって勉強していたか、庭で実技の練習をしていたかの2択。彼は、これぞ休日!という休日を送ったことがない。

 まことは、大きく背伸びをしベッドから飛び起きる。カーテンを開けると、太陽の光と共に庭に咲き乱れる真っ赤な薔薇が目に飛び込んできた。それは、生前に母親が育てていたもの。


「おはよう、お母さん」


 サイドテーブルに置いた母親の写真に挨拶するのが、いつもの日課になっている。

 まことの母親、雫はもうこの世にいない。父親は、……どこで生きているのやら。雫が死んでからどこかに行ってしまった。結局葬儀にも来ず。

 元々、家に帰ってくることが極端に少なかったので、いなくなっても別に何も思わない。


「今日は何をしようかな」


 そんなことを考えていると、シノがまことの気配を感じたのか部屋に入ってくる。


「まことさま、おはようございます」

「おはよう」


 彼女は、母親の死後に父親のツテで連れてこられた家政婦。20代半ばと若いのに、テキパキと無駄なく動いてまことの身の回りの世話をしてくれる。今では、母親がわりだ。……まあ、少々愛想がないのが玉に瑕ではある。

 挨拶を交わすと、服を差し出された。始めの頃は自分で準備していたが、この生活に慣れてしまえばなんとも思わない。受け取った服に、早速袖を通す。


「お食事の用意ができています」

「ありがとう」


 服を着替えながら、部屋から出ようとしているシノに声をかけた。特に反応を見せず、いつも通り一礼して出て行ってしまう。やはり、愛想がない。


「……セントラル街に出てみようかな」


 外の明るさに目を細めながら、そう思った。今日は、日差しが強く少し暑そうだ。




 ***




「あーー!この寝癖!」


 と、同時刻。ゆり恵は、家の自室で寝癖と戦っていた。

 夜にいくらお手入れをしても、朝にはなぜか爆発してしまう。母親もそうなので、絶対に遺伝だ。

 髪量が多く、トリートメントをしてもゴワっとしてしまう。こんな遺伝を継ぎたくなかった……。

 格闘すること30分、やっと形になってくる。


「これで!どうだ!」


 いつものツインテールを作ると、鏡に向かってポーズを決める。少し高めに縛った髪が、彼女の動きに合わせて左右に揺れた。

 その様子に、満足そうな笑みを浮かべるゆり恵。一人で縛れるようになったのは、ごく最近。それまでは、母親に任せていた。


「お母さん!できた!」


 そう言って、元気よく部屋を後にする。娘に甘い母親は、これだけで喜んでくれるだろう。




 ***



 早苗は、大きくそびえ立つふすまをゆっくりと開ける。


「おはようございます!」


 しかし、気づかれてしまったようだ。予想以上の大きな声が返ってきて、ビクッと肩をあげる。


「お、おはよう」


 そう言うと、声をかけてきた彼はニカッと笑う。

 彼の名前は、ラン。父の子分の1人で、早苗のお世話係だ。ランを筆頭に、その場にいた全員が、


「早苗お嬢様、おはようございます」


 と声を合わせた。それを聞き、彼女は顔を赤らめる。

 毎日繰り返されている光景なのだが、注目されるのが苦手なためかいまだに慣れない。


「おはよう」


 と、これまたいつも通り消え入りそうな声で返事をした。すると、


「早苗、もっと大きな声で挨拶しなさい」


 奥には、父が。黒いスーツに身を包み、朝から誰かと談笑をしていたようだ。


「はい……」


 と、小さな声で返事をする。

 早苗の父は、このあたりに縄張りを持ち街の”整備”をする人。言ってしまえば、ヤクザの親方だ。大きな組織を束ねる「ボス」らしくいつも人通りが絶えない。来客が多く、最初の頃は懸命に人の顔を覚えようとした早苗もそれをやめてしまったほど顔が変わること変わること。それでも、いつも家に上がっているメンバーの顔はかろうじて覚えている。


「お嬢様、今日の朝食はいかがいたしましょう」


 父親の小言が飛ぶ前に、ランが話しかけてくれた。こう言う気遣いが上手で、早苗は彼を気に入っている。


「和食がいいな」

「はい!」


 ランの威勢の良い声に、笑うしかない。

 彼は、よく動く。しかも、よく小さなことに気づく。だからこそ、頼んでもいないのに早苗の世話役のようなことをしてくれているのだろう。そのことに対し、誰も「出世したいからやってる」とやっかむ者もいない。彼の人徳もありそうだ。


「あいつはよく働くな」


 その様子を見て、早苗の父……後藤和俊も笑っていた。


「お給料あげてあげてね」


 機嫌が良いらしく、


「そうだな」


 と、和俊が頷いてきた。いつもは、こんなこと言わない。何か、良いことでもあったのだろうか。早苗は、首を傾げる。すると、


「早苗、今日の予定は?」


 入れ違いに、母親の藍が入ってくる。


「特に。魔法の練習はしようと思ってる」

「そう……頑張ってね」


 努力が好きな藍。厳しいが、頑張った分だけ優しくしてくれる。だが、裏を返せば成果が出なければ厳しいと言うこと。努力して、結果を出さないと意味がないと思っている人種だ。早苗は、そのせいで優等生を演じないといけない。


「はい……」

「お待たせしました!!」


 早苗の返事にかぶせて、ランが来る。お盆には、熱々のお味噌汁、ご飯、焼き魚が並ぶ。近寄ると、その湯気が、香りが、早苗の胃を刺激してくる。


「ありがとう、いただきます」

「調味料など必要でしたらおっしゃってください!」


 それを受け取り、身近な座布団を手繰り寄せてお箸をとった。奥では、両親と幹部たちが楽しく談笑している……。




 ***



 それとまた同時刻。

 腰まで伸びた真っ白な髪が、風に遊ばれるかのように舞っていた。


「……~♪」


 いつもなら、休日はまだ寝ている時間帯。しかし、今日は天気が良いので寝ていたら勿体無い。

 ユキは、城の3Fにある自室の窓辺に腰を下ろし外を眺めていた。口ずさむ音楽が、心地よく部屋に響く。

 その姿は少々異質で、首下全体には包帯が巻かれところどころに血が滲んでいた。顔にも、複数の傷から血が滴り落ちて髪と同じ色をしたワンピースや窓枠に点々と真っ赤な花を咲かせる。

 それでも、彼女は気にしていないように晴れやかな顔をしていた。


「~♪」


 ユキが口ずさむ曲は、他国の言葉。懐かしそうに目を細め、母親譲りのとても優しい声で歌っていた。

 これは、母の生まれた国の言葉だ。小さい頃は、これが子守唄だった。その光景はいまだに彼女の記憶に深く深く残っている。


「……」


 途中から、その部屋にいつもの格好をした風音が入ってくる。が、入り口に近い壁に背を預け静かにその歌声を聞き入っていた。手には、見舞いの花束が。


「……~♪」


 歌い終わると、後ろにいる風音の方を向く。そして、


「ノックぐらいしてください」


 と、不機嫌そうな表情になって言葉を発した。

 どうやら、気づいていたようだ。


「良い歌聞かせてもらったよ」


 そんなユキの言葉を無視し、彼がこちらに向かってきた。

 それを見たユキは、窓辺からゆっくりと着地しベッドの方へ歩く。その足取りは不安定で、床には血がにじむ。座っていたからだろう、スカートの背中部分全体にも血が付着していた。

 ふらつく彼女に風音は、手を差し出す。が、ユキによってそれはすぐに拒まれた。それでも、足元が不安定な彼女を気遣ってか座るまでそばについてくれる。


「用件は?」

「その姿だといつもの調子出してくれないの?」

「残念ながら、こっちが素です」


 素っ気なく答え、ベッドに腰を下ろすユキ。シーツには、やはり血が滲む。


「それが本当の姿?」

「あなたには関係ないですよ」

「んー、まあね」


 彼は、話しながら近くにあった花瓶に魔法で水を入れ花をさした。赤と黄色の花が、バランス良く収まる。


「でもさ、あれだけ一方的に殴られたら色々知りたいよね」


 と、言いながら風音がベッド脇に置かれていた椅子へ静かに座る。ガスマスクは取る気がなさそうだ。


「……ごめんなさい。調子にのりました」


 彼の言葉に下を向くユキ。

 その表情は、本当に反省している様子。シュンとして眉も口角も下がっていた。


「そういう意味で言ってないよ」


 彼の声は、どこまでも優しい。あんなに大変なことをしたのに、怒りはないらしい。これが、大人か。ユキの瞳に、その態度が新鮮に映る。


「……先生、少しだけ魔力を分けてもらえませんか」


 ここまできたら、ちゃんと話をするべきだろう。そう思ったユキは、彼に向かってお願いをした。

 すると、彼はすぐに無言で手を差し出してくれる。その手は、すぐに回復魔法の優しい緑色に染まっていった。

 それを同じく無言で握り返すユキ。彼の手は暖かく、冷たい手に熱を与えてくれる。

 すると、薄い煙を出しながらユキの顔の傷が文字通り癒えていく。……変化は、それだけでは終わらなかった。


「ありがとうございます」

「……?」


 ユキは、困惑している風音から離れてベッドの上に立つ。そして、後ろを向き着ていた服を全て脱ぐと、全身に巻かれている包帯を上から外していった。

 血が滲んだ場所がいくつかあるのに、包帯の取れた肌に傷は見当たらない。包帯が静かにベッドへ落ちると、白く透き通った肌が露わになった。


「はあ、オレ外出てようか」


 その光景に気を利かせたのか、腰を浮かせてそう発言してくるも、


「見ていてください」


 と、ユキは譲らない。

 前を向いた彼女になすすべもなく、仕方なく座り直す風音。全ての包帯を取り去ったが、その身体に傷は見当たらない。12歳とは思えない芸術的な美しさを出す裸体が、風音の瞳に映り込む。


「……私はバケモノですか」


 決して、目線を合わせずにユキはそう呟いた。その肩は、小さく震えているようにも見える。キュッと唇を硬く結び、相手の発する言葉に恐怖を抱いている印象を見ている相手に植えつけてくる、そんな光景だった。

 だからなのか、それを目の当たりにする彼も赤面はしない。


「自分が、他の人と違うのは理解しています。わかっているんです……」

「……」


 それよりも、なんて言葉をかければ良いのか。風音は目の前で魅せられている光景が強烈すぎて、何も言い出せない様子。眉間のシワを深くしながらその様子を凝視している。


 人間が、魔法を使ってもこんなすぐに傷なくせるわけがない。それに、膨大な魔力量を保存できる器も確認させてくれる。きっと、大人10人を合わせてもここまでの量を蓄積できないだろう。いつもは隠しているということか。

 まあ他にも、少女にしては発達の良すぎる身体のラインにも見とれてしまうのは、男性であれば仕方がない。


「……とりあえず服着てよ」


 と、精一杯の言葉を絞り出した風音は、いつの間にか入っていた肩の力をゆっくりと抜く。

 ユキは、その声にきょとんとして、


「ああ、失礼しました」


 と笑いながら、すぐにパチパチと音を鳴らしながら黒髪黒目の青年の姿になった。もちろん、ちゃんと服を着ている。ワイシャツとジーパンというラフな格好ではあるが。


「これでいいかな。エロ教師、さん?」

「……健全でしょ」

「あはは。一応鍛えてるから、身体のラインには自信あるんだけど」

「何食ったらそこまで発達良くなるのさ」

「マセてるのかも。自覚はある」

「ぶはっ!……おもしろ」

「なんだよ、笑うなって」


 調子が出てきたその言葉に反撃する風音。やっと現実味を帯びたのか、少しだけ顔を赤くして暑そうにしている。ユキは、その反応に楽しそうに笑った。

 その会話は、演習後に対立した関係を崩すのに十分なコミュニケーションになったことだろう。

 そして、


「俺は、翡翠石血族の生き残りなんだよね」


 血が付いてないところを探しベッドに腰を下ろすと、風音を前にして話を始めた。

 瞳の色が、ひまわりのように明るく輝いている。それは、後ろの窓から差す太陽の光よりも眩く輝く。


「……は?」

「数百年に1度、出るか出ないかわからない瞳を持って生まれてきたのが俺。ね、めちゃくちゃ貴重だよ。サインいる?」

「……いらねえ、けど。え?どういうこと?」


 彼は驚きを隠せないようで、穴があくのでは?と思うほど目を見開きユキの瞳を凝視した。

 誰もがその存在を知っている、そして、魔法界の幻となっている「翡翠石」。その力は、とある一族が命がけで守り抜いていると言われていた。それを、彼も例外なく知っていたのだろう。ある程度、魔法界で生きてきた人なら知っていてもおかしくない。

 しかし、その力を知るものは少ない。目の前にいる彼も、きっとどんな力が発動されるのかを知らないはず。


「あはは。……俺は、天野一族の生き残り。翡翠石の守護者として生きてきた一族なの」

「じゃあ……この国の一族か……」

「まあね。嘘ついてごめんね」

「いや……嘘つかせたのはオレだから」


 天野と言う苗字は魔法界で珍しい。しかし、ユキはそれを隠さず生きている。それは、一族を誇りに思っているからか。それとも……。


「まあ、俺以外はみんな死んじゃったけどね」


 黒い瞳に戻すと、ユキは笑いながらそう言った。

 その事実は、真剣には言えない。ベッドに手を添えて後ろに重心を置きながら、出来るだけ軽く聞こえるように。でないと、涙が溢れそうになる。

 その変化に気づいたのか、それ以上一族の話はされなかった。


「……だからここに住んでるのか」


 こことは、皇帝の城のこと。

 皇帝だけではなく、彩華や今宮、アリスも住んでいるところだ。一般人が住めるところではない。


「いや、それは千秋に追いかけられて」

「は?」

「千秋って、俺ら管理部の体調管理をしているんだよ。だから、もちろんこの体質のことバレてるわけ。あとはわかるよね、あいつのこと知ってるなら」


 そう言って、1年程度追いかけられたこと、解体寸前まで追い詰められたことを話す。それを聞いた風音は、


「あいつらしい」


 と、笑うだけ。

 しかし、その表情は暗い。深く腰掛け、眉をひそめて何かを考えるような顔をしている。


「あとは、この国では知っての通りこうちゃんと今宮さんとアリスかな」


 指を折り、自分のことを知っている人をあげると、


「あ、でもこうちゃん以外はこの格好を普通として通してる」


 いたずらする前のような声を出す。あまり、真面目な話をしたくないらしい。重い過去を知られ、同情されることを恐れているのだ。同情されるのは、本望ではない。


 本来のユキは、他人とのコミュニケーション苦手で積極的に取ろうとしない。それは、昔から変わらないこと。

 他人を目の前に、何を話したら良いのかわからないらしい。だから、本来の姿の時は敬語で話す。皇帝には心を開いているのか普通に話すも、他の人を前にするとやはり口も表情も硬くなってしまう。

 こういう、子どもらしい一面も彼女は持っている。


「そうか。……で?なんでオレには見せたの」

「んー、気まぐれ☆」


 そう言って、今までの流れを全て台無しにするよう唐突にウィンクした。風音は、ゾワっとしたのか震える。そろそろ茶化すのはやめてあげてください、彼の脳が思考停止しそうです……。


「そうか……。彩華姫は?」


 先ほどから名前が出てこない。風音は、どうしても聞かずにはいられなかった。ここに住んでいると言うことは、彼女とも接点があるはず。しかし、


「……姫はこれしか知らないよ」


 と、自分のことを指差すユキ。その表情は、悲しいのか苦しいのか。風音は、何か他にある気がしたが、それ以上は聞いても仕方ないと思い口を閉ざす。


「俺にも色々あるんだよ」


 その声に、


「そうか」


 と、短く返事をし、ため息をつくと腕を組んだ。なんとなく、状況を理解したらしい。


「もう少し回復したら、またチームに戻るよ」

「……オレには回復しきってるように見えるけど」


 全身変化なんて高度な技を継続しながら、「本調子じゃない」と言っているのだ。風音が納得いかないのも仕方ない。


「そう見えてるなら、嬉しいよ」


 と言いながら、ベッドから離した両手を握ったり開いたりしている。魔力は、手のひらが一番見やすい。風音から見えたその量は、主界魔法使いの所持する程度に映る。

 しかし、先ほど見た魔力を貯める器にはその数十倍は入るだろう。


「……はあ、末恐ろしいガキだよ」

「そのガキの裸体を凝視してたのは誰だよ」

「そこまで困ってないって」


 風音が睨むと、ユキがまたもや笑ってくる。

 それは、大人びた見た目とは裏腹に12歳の子どもらしい無邪気な笑顔だった。


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