11:水面に映るは太陽の照らし①




 ゆり恵が眠らされたと同時刻。

 彼女と同じようば背景の場所で、早苗とアリスが互いを捉えていた。


「早苗ちゃんは、私が相手ね」

「は、はい……」


 落ちるときにシールドを敷いていたので、早苗は無傷で済んだ。

 しかし、落ちてきた先にアリスが立っていた。それを確認すると、すぐに体制を整えるべく身体を起こす。彼女は、これが演習の延長戦であることを理解していた。


「悪いけど、手加減はしないわよ?」

「……はい」


 早苗の弱々しい返事を待って、アリスは拳をまっすぐに飛ばした。立ち上がったばかりの彼女に、それは重くぶち当る。


「っ……!」


 避ける暇もなく、地面に叩きつけられる早苗。地面の砂利が身体を擦り、腕や膝にかすり傷ができる。すぐに、そこからは本物の血が流れ出した。砂利と混じった血液が、彼女を黒く汚していく。

 それを見た早苗は、これが夢ではないことをやっと実感した様子。眉間のシワを深くし、攻撃すべき対象を睨みつける。ここは、アカデミーではない。戦わないと、生きていけない場所なのだ。


「立ちなさい。戦いなさい」

「あ、あ……」


 そう理解するも早苗になす術もなく、両手で頭を抱えた。視界が遮られてしまうが、脳内を傷つけられるよりずっと良い。

 それでも、口の中に血がにじみ全身がヒリヒリするのは止まらない。口を開くと、草花の上に血が滴り落ちた。酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐってくるので、きっと胃が傷ついたのだろう。真白い花が、赤く染まっていく。


「おじいちゃんを超えるんでしょ?魔警に入るんでしょ?こんなところで倒れてていいの?」


 泣き出してしまいたい痛み、衝動を抑え、早苗は彼女の言葉でよろよろと立ち上がる。ここで動かなかったら、きっと早苗は自分を許せないのだろう。瞳に宿った光が、それを際立たせる。

 それを見たアリスは満足げに、


「それで良いのよ」


 と言い、さらに魔力を練りこんだ足で蹴りを加えた。もちろん、かなり手加減してなのだが、やはりアカデミーの実践しか知らない彼女からしたらそれは恐怖でしかない。


「ぐっ……かはっ」


 それでも、口からは吐かれる血は止まらない。今まで、こんなに傷ついたことがあっただろうか?そう思考を巡らせるも、痛みによって何も考えられなくなる。


「血族技、シールド展開」


 ここで立ち止まっていたら、チームメンバーに顔向けできない。そう感じたであろう早苗はガクガクする膝を抑え、手をまっすぐと伸ばす。

 すると、すぐにオレンジ色のシールドが現れた。それは、アリスが出すシールドの光よりも弱々しい。魔力が少ないと、それに応じた濃さの色しか出ないのだ。


「さっきのやつね。お手並み拝見!」


 アリスは、そのシールドに向かって先ほど同様に拳を振り上げる。振動がシールドを通して早苗に伝わってきた。


「っ……!」


 だが、決して彼女は目を瞑らない。目を大きく見開いて、アリスに向かって反撃を開始した。

 幸い、ここは木々が少ない。大振りで動いても問題はなさそうだ。


「はあーっ!」


 多少大きな振りではあったが、魔力を込めた拳が彼女を捉えた。アリスはすぐさまシールドで防ぐが、魔力が増強されている拳を想定していなかったのか足元が地面からズレる。

 その隙を見て、早苗が回転蹴りを展開。すらりと伸びた足が、目の前にいるアリスの足元に向かっていく。


「まだまだ!」


 その足を瞬時に薙ぎ払い、体制を整えるアリス。サッとかき分けると、草花が風に揺れるように優雅になびいた。それに、早苗が視線を向ける。すると、


「魔力の使い方、うまいわね」

「今日は、魔力の調子が良いんです」

「そう……。ただ、油断は禁物よ」


 アリスの出していたシールドが広がり、早苗に向かって伸びていくではないか。油断している隙はないということか。

 とはいえ、スピードはやはり抑えられている。そのおかげで、途中で気づいた早苗も避けきれた。


「はっ、はっ……」


 しかし、冷や汗が背中を伝う。間髪避けた早苗は、肩を動かして荒い呼吸を繰り返した。

 ここは、気を抜けるところではない。早苗は、すぐさまそれを思い出し構えの姿勢を取る。


「あなた、体術が優れてるのだからもっと体力をつけないと」

「え?……私が?」


 その言葉に驚く早苗。今まで、言われたことがないのだろう。突拍子もないことを言われたかのようなポカーンとした表情になった。周囲に別の人がいて、その人に向かって言ったのかと思ったのか、キョロキョロとあたりを見渡している。その様子を見たアリスがふふっと笑った。


「そうなんですか?」

「自覚なしとは恐ろしいわねえ。後藤一族は、体術と防御に優れてるのよ。もちろん、身体も丈夫」


 とはいえ、吐いた血でボロボロになっているところを見ると、早苗はそう思えなかった。ただの謙遜だろうか。褒められ慣れていない彼女は、首をかしげる。


「疑い深いわねえ。……その証拠に、骨折してないでしょ」

「あ」


 確かに、これだけやられているのに骨折していない。痛みはあるが、普通に動ける。

 アカデミーでは、体術の授業も定期的に行なっていた。その中で、捻挫やかすり傷はもちろん、骨折をする人もいた記憶を早苗は思い出す。その中で、自身が骨折をしたことがないことも。


「骨折狙ってみたけど、無理ね。さすが後藤京造の孫」


 そうだ。早苗の目標は、祖父を超えること。こんなところでへばってはいけない。

 祖父の名前が出てきて、気を取り直して構えるが、


「はあ、はあ」


 体力が追いつかず、薄く張っているシールドを展開するだけで精一杯になってしまう。気を抜けば、今にでも地面に膝をつきそうだ。早苗は、魔力不足を嫌という程実感していた。


「もっと体力つけて、私とまた手合わせしましょう」


 そう言うと、アリスは早苗をフィールドの中に閉じ込めてしまった。

 丸く暖かいフィールドは、半透明になっていて中にいても周囲の様子がうっすらと見える。


「!?」

「手荒にしてごめんなさいね。そのままちょっと待ってて、もう演習は終わるから」


 そう言って、早苗を残してアリスは消えてしまった。瞬間移動、というものだろう。


「……負けた」


 シールドに腰を下ろしてひたすら時間が経つのを待つしか、今できることはなさそうだ。早苗は、今の感覚を忘れないうちにメモ帳を取り出し記録していく。

 その真後ろで誰かが見ていたのだが、やはり気づく者はいない。

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