489 第28話28:リィンカーネイション③
丁度そこへ、水を大量に運んできたモログ、自身の上半身と同じくらいの樽を軽々と抱えるレトが戻ってきた。何故かその後ろにはフーゲイン、タケの手を引くリンの姿もある。
「アラ。どーしたの? 皆さんお揃いで」
「昼間の続きをしようと思ってな。……ん? でも、話の主役とハークがいねえな」
答えたのはフーゲインだ。
「2人で散歩に行ったそうよ。ねぇ、スケリー?」
「ええ。ついさっきのことですんで、戻ってくるまでにはしばらくかかるかと」
この言葉を聞いて落胆するかと思われたが、フーゲインは大して気にしたふうでもなく返す。
「そうか。まぁ、いいさ。こーいう話は当人がいねえ方が進みがいいコトもあるからなぁ」
「あ~、そういうのもあるわよネ」
「それじゃあ、俺は皆さんのお飲み物を用意しますゼ」
「なら、あたしは椅子を用意するよ」
いつも通り気の利くスケリーが軽い酒や果実水を慣れた手つきで準備し、そこへヴィラデルが魔法で作り出した氷の塊を1つ1つ投下していく。2人の準備が終わる頃にはシアがテントの奥から簡易的な椅子を取り出し、それをモログ、レト、リン、フーゲインまでもが手伝って、夕食を煮る焚き木の炎の周りに円を描いて放射状に並べられていた。
リンの補助を受けて彼女の隣の席に座ってから、飲み物を受け取ったタケがまず口火を切る。
「お散歩……とは、お気を紛らわすため、でございましょうか?」
「そうでありましょうッ」
モログが手渡された酒を1度クイッと呷って口の中を湿らせて答えた。モログの頭部にかぶるフルフェイスヘルムは眼と、鼻筋から下の部分がT字型に開かれおり、飲食に苦労はしない。
揺らめく炎の光を受けた偉丈夫が、隣に座る獣人族の少年の肩を優しく叩く。
レトは少しだけ寂しげな表情をしていたが、すぐに持ち直した。その姿を見てヴィラデルとシアは、水を汲みに行く際中にモログが何らかの言葉を懸けてレトを激励したのだろうと想像する。
昼間のあの場で、ハークはウルスラとレトに全てを話していた。
始めは明日にでもハーク達と一旦別れなくてはいけない、という話の展開に子供たち2人、特にレトはグズグズ文句を並べていたが、話がウルスラの出自に移るとそんなことを言っている場合ではないと理解したようである。
前半の話はともかく、後半の話はハークの独断だった。しかし、何故ハークが躊躇なく当人とレトに向かって話したのかの理由を知って、他の面々も納得せざるを得なかった。
ヴィラデルがリンに向かって改めて訊く。
「ねぇ、そんなに皇帝とあの子って似ていたの?」
「全体的にはそこまで似てはいません。……ですが、眼の色、髪の色などが同じで、特に耳の形が似ております。皇帝の耳は底の部分と言いますか、耳たぶがぷっくりと膨れて下にやや垂れ下がった形でした。ウルスラ殿のものも、同じような形ですので……」
「そう……」
ヴィラデルは溜息を吐きそうになる。
それらは大雑把な印象というか、全体的なシルエットが同等だということを示していた。
皇帝の生首の両耳が根元から斬り落とされていたのは、特にそういう意味であったのだろう。
細部は似ていなくとも、遠目から見た場合に、ん? と思われてしまえば同じことなのだ。時間が経てば経つほど疑問を持った人物に
「リンちゃんは特殊な記憶術を持っているようだから一概には言えないケド、1度しか皇帝の顔を見ていないっていうのに、直前にちょっと思い出しただけであの子の顔とつながちゃったっていうのは……、皇帝の顔を何度も見た人間にはすぐ気づかれてもおかしくない。そりゃあそうよね」
「うん」
シアが同意する。ヴィラデルの説明は昼間にハークが語った事そのままであった。
今度はフーゲインが口を開いた。
「皇帝に恨みを持つヤツは帝国内外を問わず多い。まぁ、あれだけ無節操に戦火を広げたんだから当然だ。問題はその憎悪が、ただ血を引いているかも知れないってだけの、ほとんど無関係なウルスラに向けられる可能性があるってことか……。胸クソな話だぜ」
「ホント、そうよねぇ……」
ヴィラデルは今度こそ溜息を吐いた。
当てが外れてしまった、と言える。ハークやヴィラデル、そしてモログは、ウルスラとレトが後々に成長し、望めば冒険者として自由に生きられるようにと下地を作ったつもりであったが、生半可な強さでは逆に危険だということが判明したようなものだった。
レトが「俺が守るぜ!」と息巻いているが、彼1人ではモンスターからは守れても複数の人間の悪意からウルスラを守り切ることは難しい。
四六時中、本当に片時も離れずにすぐそばにいる、なんてことはできないからだ。ウルスラ自身も強くなる必要がある。しかし、彼女の資質では難しかった。
モログがレトを宥める中、フーゲインがヴィラデルに向かって質問をする。
「なぁ、ヴィラデルさんよ。レトの決意は頼もしくて良いんだが、現実的に考えたらよ、ウルスラはどう生きるのが良いと思う?」
「あの子の安全面を考えたら、成長したあの子の道は2つあるわね」
ヴィラデルは2本指を突き出した。全員の視線がそこに集中していく。
彼女は指折りしつつ話を進める。
「1つは、その身柄を完全にモーデル王国に預けることね。王国のために利用されることもあるでしょうけれど、アルティナが国王だし、リィズやランバートの大将サンもいるのだから、そこまで無体なことはされないでしょう」
ほとんどの人物が肯いた。
ただ、ヴィラデルがたった今語った話の内容は、裏を返せばアルティナ、リィズ、ランバートが政治の中枢から後退、退任すれば先行き不透明になるとも表している。ヴィラデル自身も、それをよく理解しての発言であった。
また、ヴィラデルは王国の宰相、アルゴスの人となりまでは知らないが、彼ならば王国の利益を第一に考えてウルスラの存在を最大限に利用することを提案し、周囲にも認めさせるかも知れない。その場合、ウルスラの安全面に対する配慮と対応は、逆に非常に高くなる筈ではあるが。つまりは重要人物としてVIP待遇が約束される訳である。
「次に、ランバートの大将サンに頼んで完全に匿ってもらう、とかかしらね。ハークとかが頼めば、いけそうじゃない?」
「そうだな。ハークの頼みとありゃあ、大将もお嬢も女の子を1人匿うなんてのは、お安い御用だろうぜ」
ハークは、自分自身では気づいていないかも知れないが、それだけの影響力、所謂恩というものをワレンシュタイン領全体に対して持っている。軍全体、領民全員を含めても、これを理解していない者などいないだろう。フーゲインが太鼓判を押したように、ランバートやリィズ、領内の内政を一手に仕切るロッシュフォードまで、喜んでと一斉に首を縦に振るかも知れない。
本来ならばモーデル全体とて同じようなものなのだが、国はどうしても国としての利益を追わねばならないし、国民が全員、ハークに対して返し切れぬ恩を抱えているとは理解していない。そもそも中央から少し離れれば、認識すらしていない者も珍しくないだろう。
それに、ウルスラ自身の人生には大きな影を落とすことにもなる。
「ただし、あの子は一生日陰者となっちゃうわ。……ワレンシュタイン領からも、ずうっと外には出れないでしょうね」
フーゲインが唇を噛んだ。
「自由の制限か。ウルスラの安全を考えりゃあ最もベターかも知れねえ。だが、ベストじゃあねえか」
「そうよ」
ヴィラデルは2つ目の指を折る。
本当はもう1つ、道、というか手段がある。だが、今この場でヴィラデルは語る気にはならなかった。
(ハークもたぶん気づいているでしょうね……。ねぇ、アンタはどれをあの子に奨めるの?)
ヴィラデルは心の中で同族の剣士に向かって問う。
◇ ◇ ◇
同じ頃、ハークと従魔たち、そしてウルスラは小高い丘の上にいた。
眼下には、総勢400人を超える人々の野営の明かりがゆらゆらと無数に灯っている。日は西に沈む寸前で、空には星の光がまたたき始めていた。
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