488 第28話27:リィンカーネイション②
「う~ん、何て言うか、権力を握ったヒト族がよく考えそうなことネェ」
ヴィラデルが呆れた声で言うが、ハークもかなり同意であった。少し前、バアル帝国の皇帝の事を聞いた際に秦の始皇帝を思い起こしたこともあったが、始皇帝もまた不老不死を追い求めた者の1人である。支配という権力を掌握した者が行き着く先の思考というのは、どれも同じであるのかも知れない。
タケの顔色がわずかに曇った。
この時のハークは、タケの表情が若干ながらも悪い方に変化したのは重要な報告をしたのにこちらの反応がイマイチであったからだと考えたが、間違いであった。
「確かにありきたりであるのかも知れません。しかし、皇帝がそのために選択した手段は、私からすれば……常軌を逸するものでした。……捧げたともいうのでしょうか。彼は……、血のつながる彼自身の子を、不老不死の研究材料として提供したのです」
「は!?」
「自分の子を!?」
「むうッ、何というッ……」
ヴィラデル、シア、そして今まで話の流れを邪魔しないようにという配慮なのか無言だったモログまでもが思わず声を上げていた。
ハークも驚いてはいたが、その前に疑問があった。努めて冷徹に言う。
「何故、わざわざ自身の子を?」
「肉体の構造が親子ゆえに似ているからだとか……。ランがより詳しく聞いたところ『ハンブンノイデンシガ』、などと言ったそうです。彼女もそうですが、私もチンプンカンプンでして……」
「むう」
ハークもタケらに同じだ。
ただ、皇帝の望む不老不死が万人に対するものでは決してなく、自分にだけ働けばいいと考えていたのではないだろうか。肉体構造が似る、とはそういう意味かも知れない。
〈捧げるとはそういうことか。実子を……、……ん……?〉
そこまで考えて、ハークの中で1つの想像が形作られる。非常にドス黒い想像、そして仮説がハークの中で輪郭を帯びていく。
〈最初の話はレトに該当していた。では、今の話はまさか……〉
思考が飛躍気味だとも思えてきてならなかった。しかし、頭の片方がそれを否定する。
「考えてみれば辻褄は合うのです。皇帝の実年齢はいかに少なく見積もろうとも50をとっくに超過している筈ですが、外見年齢からすると非常に若々しく20代後半程度にしか見えないというのは有名な話です。今までは、非常に高レベルがゆえに寿命が延びる関係で若さを保っていられるのだろうと言われていましたが、この事実を踏まえて考えますと……何らかの研究成果が既に施されていても不思議ではないということになります」
ハークは珍しくも苦労して身の内から警告のように上がってくる嫌な予感に蓋をして、タケの話を耳に入れようとする。だが、その内容は彼の心の内で結実しつつあるドス黒い仮説に、裏付けを与えるものであった。
〈ウルスラも若い……、というか幼い……。最初、彼女よりレトの方が年齢は上であると感じたのだが……〉
見た目から考えるとそうなった。
だが、双方共に正確ではないにしても、本人たちから話を聞いてみればレトは10歳未満。ウルスラは逆に、最低でも12歳より上だという。
この事を聞いた当時、ハークは子供の成長速度など人それぞれと深くは考えなかったが、本来それは大きな異常を如実に示すものだった。
生育する環境、例えば別々の家、施設や地区、地域などといった全く違う条件であれば、ハークが念頭に置いた、子供の成長速度など千差万別という論理も充分に成り立つものである。
ところがだ。同じ生育環境、つまりは同じ家で食事を与えられて育てられた場合、前述の論理は当てはまらない。今回の場合は同じ家ではなく同じ施設内ではあるが、例えば同じ家に住まう12歳と9歳の姉弟がいたとして、どちらが姉でどちらが弟などと迷うことはほとんどありえない。逆に見える、というのは本来それだけで異常だ。
〈延命、とでも言うのか……。寿命を延ばす処置がウルスラにも施され、それが彼女の成長を妨げている可能性は高い……。加えて回復薬や魔法で充分に代用の効く回復能力強化など、あまりに無用な研究であるとあの時は思ったが、……あれが不老不死に関わる研究の一環であるのならば、話は別だ……。肉体の復元力…………つまり〉
そう、つまり、だ。
ハークは板の間に置かれた生首に視線を向けた。ヴィラデルの魔法によって、氷に覆われたそれに。
〈ウルスラが……、こやつの実子……実の……娘……〉
認めたくない気持ちはあった。生皮剝がされた皇帝と思われる人物の顔は、損傷も多過ぎてウルスラとの共通点を探す方が難しい。
しかし、今の状況でタケがもたらした情報を疑うのは意味のないことだ。ハークは自分に都合の良い考えを押し殺し、今おのれの心に浮かんだ腐臭漂うかような仮説をもとに思考を進めようとしてハッとした。
今、自身が思い浮かべた仮説に行き着く者が、自分以外にもこの場に何人もいることに気がついたのだ。
ハークは仲間たちを見回す。
ヴィラデルは表面上の雰囲気こそ大きく変化してはいなかったが、その表情は幾分厳しいものとなっていた。
確実に気づき、ハークと同じ仮説を抱いていることだろう。ひょっとすると、その先に波及する問題にまで思考を伸ばしているのかも知れない。
モログは腕を組み
シア、スカリー、そしてフーゲインは今思い至ったようで、顔色を青くしたり、歯を喰いしめていたりする。
「……皆様、どうかなされましたか……?」
異常事態に気づき、タケが言葉を止める。
不思議に思ったか、リンがハークたちの顔を見回す。そして、ハークの背後の1点に視線を向かわせ、凝視し、眼を見開いた。
わざわざ後ろを見なくとも、誰が立っているのかハークには解る。
「えっと……、呼ばれて来たんですけれど……、……どう……したんですか……?」
ハークの背後には、肩に日毬を乗せ、一緒に来たレトと共に異様な視線が自分たち、いや、自分に集まり、戸惑い顔のウルスラが立ち尽くしていることだろう。
リンの反応でハークは、ウルスラが皇帝の実子かも知れないという話が、この場に集まった者たちだけでの共通認識に留めることを諦めた。
リンの凝視、驚きの反応は、ウルスラが父親かも知れない男の容姿を、無情にも多く受け継いでいることを示していたからだ。
◇ ◇ ◇
その夜、ハーク達やヌルの森の村の非戦闘民たち、そしてフーゲインとマクガイヤ率いるワレンシュタイン軍は、凍土国オランストレイシアとバアル帝国の国境線まで残り数十キロといったところにまで到達していた。
明日には国境線を跨ぎ、帝国側から凍土国側の領土へと移れそうである。ほぼ全員が健脚であり、足の遅そうな者をそれ以外で運ぶ形が功を奏していた。
現在、野営の準備中である。
ただ、彼らの場合はワレンシュタイン軍やスケリーが用意したテントを設置し、燃焼材を各員が魔法袋より取り出して火をつけ、用意してきた食糧を同じく魔法袋より取り出して温めるだけといった非常に簡易的なものだった。
既に粗方は準備を終えたヴィラデルが訊ねる。
「あれ? ハークは?」
「ん? えっと、あれ……? いないね」
たまたま近くにいたシアが周囲を見回すが、目的の人物の姿は無かった。言われてみれば彼の従魔たちもいない。
すると別の方向、焚き木の火で鍋の中の料理を煮込んでいたスケリーが声を上げた。
「ハークさんなら、ウルスラを連れて散歩に行くと言っておりましたぜ」
「ああ、そう……」
「そっか……」
ウルスラの名を聞いて、2人の表情は途端に沈痛なものへと変わる。彼女のいる前ではできるだけそういった表情は見せなかったつもりだったが、居ない場で出てしまうのはある意味仕方なかった。
もうすぐ、お別れともなるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます