416 第25話04:The Unforgiven④




 王都の治安悪化の責任と称して自邸に引き籠っていたルーカーであったが、杖をつき、いくらか憔悴した彼の姿は病を得た人物のようにも視えなくもない。

 それもその筈で、彼は先日死亡した、実質上第一王子親衛隊隊長の立場でもあったボバッサによって洗脳魔法の影響下にあり、それによって長期に渡り苦しんでいたのだ。

 それでも彼はその影響を極力感じさせぬよう、声を張って答える。


「遺憾ながらその通りだ。我が軍の、特に水練の達者五名に二度挑戦させたが、いずれも『封魔石』とやらが沈んだと思われる水域の周辺に達した時点で、水流操作や超表面張力、気泡維持などの水属性魔法が全て使用不能となった。これにより、『封魔石』の現在位置こそ特定はできたが、同水域での潜水は断念せざるを得なかった。キロ単位の深度を魔法無しで潜水探索なぞ、自殺行為以外の何物でもない」


 証言台を囲むようにすり鉢状の階段形式で配置されている議員席から幾つもの手が挙がる。

 その中の一人を、アルゴスは手を差し伸べるようにして指名した。使命を受けた人物が、席より立ち上がる。


「ルードヴィーク領領主ロードレッドです。ルーカー将軍にお聞きしたい。それは亜人種の方々でも同じなのでしょうか?」


「我が軍精鋭の実力を疑うと申すのかッ?」


 声こそ荒げてはいないが、まるで威嚇のような返答であった。

 議会本来の流れからも逸脱しており、さすがにアルゴスから待ったが入る。


「ルーカー将軍、落ち着きを。お答えは指名の後にしていただきたい」


「なれば、彼に質問の真意を問い質したいッ」


 ルーカーは眼光鋭く質問を放った貴族を睨みつけている。しかし、長らく公職を離れていたことが影響しているのか、ロードレッドと名乗った領主の年齢がルーカーとあまり変わらない所為か、質問者の方に動揺は見られない。

 アルゴスは彼の方に向く。


「ロードレッド様、ご質問の意図を、細かくご説明いただけますか?」


「はっ。失礼ながら申し上げますと、ルーカー将軍にはいわゆる『ヒト族至上主義』のお考え、その持ち主であるとの傾向が見られます」


「それは、第一王子一派の計略によって……!」


「ルーカー将軍、お控えに……」


 またしても議会の流れを無視し、机を叩いてまで相手への反論を即座に行おうとするルーカー将軍に対し、アルゴスからも二度目の苦言が呈されるが、ルーカー将軍の言葉を遮ったのは議会の進行役だけではなかった。

 質問者であるロードレッド領主自身も手で抑えるようにしてルーカーの発言を抑えつつ、自らは主張の続きを語る。


「ああ、いや、事の真偽や是非について議論したいのではありません。私、いや、我々にとって興味があるのはひとつ。王国第一軍にとって回収不能である『封魔石』が、万が一他国によって、もっと言えば帝国の手の者によって回収を受け、またも卑劣な奸計に利用されることはないのだろうか、ということだけです」


 言うべきことは全て言い終えたのか、ロードレッドは速やかに着席する。それを視て、憤懣やる方ないと言わんばかりのルーカー将軍が、歯軋りすら聞こえてきそうな表情で睨みつけるも、さすがに今度はアルゴスの発言許可を待つ。


「ルーカー将軍、お答えをお願いします」


「帝国は本物の『ヒト族至上主義』の国だ! 亜人の兵、もしくは工作員などあり得ん!」


 が、許可と同時にがなり立てる。明らかに冷静ではなかった。

 そんな彼の返答に対し、本来は質問者であるロードレッド領主自身が応対するのが議会の通例だが、あえてアルゴス自らが反論を行う。


「お言葉ですが将軍、幾らでも考えつきます。力づくで無理矢理、家族を人質に取るなどしての強制等々。帝国は我が国と違い、恥も外聞も規範も気にすることありません。ルーカー将軍、失礼ながら申し上げます。よくお考えの上で、お答えください。事は一王国軍・・・・趨勢だけの問題ではありません。事と次第によっては我が国の未来と趨勢に関わる大事なのです」


 ここまで言われて、ルーカーは表情を変えた。引き締めたと言ってもいい。事態をようやく正確に認識したのだ。一王国軍の趨勢に関わるとて本来ならば相当ではあるが、今回の事態はそんな縄張りや利権争いで済む問題ではない。


(半年にわたるブランクの所為だな。お可哀想に……)


 アルゴスは心の中で、ルーカーの事態認識能力の低下をそう判断する。だが、この場に立つ以上同情はすれども手加減はできない。今この時に最良の結果を導くことが、アルゴスの仕事なのだから。


「ルーカー将軍、お答えを」


「……くっ……」


 ルーカーは一瞬顔を歪めるが、すぐに気を取り直して言葉をつむいだ。


「……解った。全ての可能性を検討の上、取り得る手段を制限なく行うことをここに誓おう。……ただし、その達成には外部の協力がいる。特にランバート=グラン=ワレンシュタイン殿のお力が」


「……うぇ!?」


 いきなり名指しで呼ばれた新女王の数席横に座るランバート本人が、急に素っ頓狂な声を上げた。どうやら頬杖でもついてぼうっとしていたらしい。

 彼はいつも議会の際中、終始つまらなそうに聞いているだけだ。居眠りしないだけマシである。


「お、俺の……?」


 そんな未だシャッキリしない彼に対し、ルーカーは前身をランバートに向けてから改めて言う。


「そうだ。現在、我が王国第一軍が保有する亜人種の戦力はあまりに少なく、俺の不徳の致すところではあるが……ほぼゼロに等しい。受け皿となってくれたワレンシュタイン軍の協力が無くては、取り得る手段の全てを実行することは敵わん。よろしく頼む」


「お、おう……」


 だが、とりあえずは望む結果を得られた。内心ホッとするアルゴスだが、表情は変えずに会場全体に語りかける。


「では、他にご質問、異議のある方は挙手を」


 見回す。

 二百人以上がいるこの会場内で、手を挙げる者は誰もいない。先程、ロードレッドなる領主が質問を行う前は複数の挙手があったが、彼が代弁してくれた形になったのであろう。

 しばらくすると、「異議無し」の連呼が会場の所々でまばらに上がり始めた。


「では、決を採ります。異議無き賛成の方は挙手を」


 一斉に会場全体から手が挙がる。一々数えるまでもない、賛成多数、いや、ひょっとすると満場一致かもしれない。


「本議案は賛成多数で可決いたしました。ルーカー将軍、お疲れさまでした」


 パラパラと拍手が上がる中、ルーカー将軍は全員に向かって一礼し、中央の証言台から自身の席へと杖をつきながら戻っていく。


 と、その途中で彼は思い出したように立ち止まり、くるりと新女王へと身体ごと向く。


「どうなされました? ルーカー将軍」


「この場を借りて、新女王アルティナ陛下にお伝えしたいことがございます」


 館内がどよめき、アルゴスは苦言を呈す。


「議会の後にはできませんか?」


「それほど時間が必要なことではない。新女王陛下、どうか」


 既に新女王政権に抜擢されている者の幾人かは眉を顰め始めていたが、深々と頭を下げる彼に対してアルティナの決断は早かった。


「構いません。ルーカー将軍、どうぞ」


「ありがたき幸せ。実はこのルーカー、近いうちに職を辞したいと考えております」


 場が一斉に騒然となりかける。ルーカーの年齢はまだ四十に達したばかりだ。それが将軍職を辞めるなどと明らかな異常事態である。


「跡目に譲るということですか?」


「そう申したいところではありますが、娘はまだ未熟。しばらくは我が副官に預けようと考えております」


「……第一王子の件であるならば、先日不問に処すとお伝えしたばかりですが?」


「その節については大変に感謝しております。ですが、歴史と伝統ある我が王国第一軍が、今回の事で求心力を失ったことは明白であり、それを招いたのは他ならぬ自分であることは事実以外の何物でもありません。おまけに、未だ本調子を取り戻せぬ有様。このままこの私が軍団の長に居座り続けても、第一軍にとってプラスとなることは少なく、むしろマイナスになるであろうと判断したまでにございます」


「決意は、固いのですね?」


「はい」


 玉座を模した議長席に座るアルティナは、一度だけ息を吐く仕草をすると言葉をつむいだ。


「分かりました。認めましょう」


「ありがたき幸せでございます」


「譲渡される時期は、いつ頃とお考えですか?」


「上手く事が運べば一、二カ月後と考えております」


「そうですか」


 話は終わったと視え、アルゴスが再度口を挟む。


「ではルーカー将軍、改めてお席にお戻りください」


「うむ」


 踵を返し、彼は再び自席へと戻っていく。

 その背が今までよりも尚一層の丸みを帯びているように感じられるのは、決してアルゴスの思い込みだけではなかった。


 ふうっ、と人知れず彼は息を吐く。

 最後にイレギュラーこそあったものの、議会として、この時点までの流れはアルゴスとしても満足のいく結果であった。

 が、彼は心の中で己の頬を両方から打ち、今まで通り表情は変えぬままに気合を入れ直す。これからが、にとっての正念場であるからであった。


「それでは……本日最後の議題に移らさせていただきます。事前にお伝えしました通り、本日最後の議題は『アレサンドロ第一王子の最終処遇決定について』です」





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