399 第24話02:And Now It’s Our Round②
明日に決まった『模擬戦争』に向けて、下見を行いたいというハークたちのために、王都の中心地にほど近い場所にある王国第三軍軍団長将軍ロンダイト家別邸の屋上が解放されていた。
王宮を囲む城壁の高さを、わずかながらに超える位置から明日の『模擬戦争』にハーク達と同じく参加予定のシア。そして彼らと共に、ハーク達やシアと違ってアルティナとパーティーを組んでいた事実も無く、さらには名の知れた冒険者であるために参加を見送られたヴィラデルと、アルティナの父である現国王の護衛役のため、ヴィラデルと同じく参加が適わなかったハークの祖父ズースも、並んで白亜の王城を眺めている。
ハークの隣に立つヴィラデルが、横眼を彼に向けながら言った。
「随分と自信満々だったワねェ、ハーク」
「ん? そうだったかね?」
「ワシにもそう聞こえたよ、ハーク。何か作戦でもあるのかな?」
ズースからの質問に、ハークも答えぬ訳にはいかない。元々、隠すつもりもない。
「まぁ、一応は。やってみなければ分かりませんが」
「そうかね」
「ま、とにかく『模擬戦争』が終わるまでは刀を抜かないように注意してネ。この国は規則に厳しいから、本当に仕官の道が絶たれたちゃうわよ。エルフの長い生で、それはツラいからねえ」
ヴィラデルの言う通りらしい。『模擬戦争』は基本的に完全武装で行われる関係からか、追い詰められて実力行使に出たりすれば厳しく処罰されるとのことだ。
具体的に説明すれば、剣を抜いただけで兵士であればクビ、つまりは解雇で、その後、どう功績を上げようとも再雇用など無いばかりか、モーデル国内では兵士としての再度の仕官さえ不可能になってしまうという。さらに、今まで起こったことこそは無いらしいが、殺傷沙汰にまでなれば死罪という可能性もあるとのこと。
ちなみに魔法は、人体に直接的な被害を与えなければ使用可能だそうだ。例えば、『
これらのことは、既にアルゴスから事前に全て説明を受けていた。
他に、幾つかの注意点も。
「帝国出身の第一王子の護衛部隊が王城内に恐らく潜伏中、っていうのが怖いね。オマケに『洗脳魔法』だなんて……。触られるだけでマズイ、ってのも気をつけなくちゃ」
シアが少し緊張気味に言う。
ハークたちもその言葉に肯いた。アルゴスから最も注意するべき点として告げられたものである。
「あの『自爆魔法』もそうだったけれど、今回の『洗脳魔法』も大概ねェ。ホント、帝国はどうにかしなくちゃあいけないかもしれないわね」
ヴィラデルに続けてハークも語る。
「今はアルゴス殿やレイルウォード殿が雇ったという外部調査員が、居場所を監視してくれている、というので、叩くならば今という訳だな。王城内部までは王国第一軍が取り囲んでいるので監視が及ばないが、船で脱出した形跡も無いから、王城内に潜んでいるのが確実と言っていた。そこでだ、ヴィラデル」
「何かしら?」
「明日の『模擬戦争』中、この期間だけ、日毬をお主に預けたい」
「日毬ちゃんを?」
「うむ」
呼ばれたのが解ったのか、日毬は一声あげて虎丸の背中からハークの左手の甲へと飛んで移る。
「良いか、日毬? ヴィラデルお姉さんの言うことをよく聞くのだぞ?」
小さな日毬は首をこくこくと上下させ、美しく可愛らしい囀りを再度あげた。
「お、……おね……」
「ん? どうかしたか、ヴィラデル」
「……へ? ああ、いや何でもないワ」
「そうか。お主も頼んだぞ」
「頼んだぞ、って……。ああ、そういうこと?」
「うむ。ヴィラデルは明日、特に役目も無いからな。それにお主の視野は広い。
「ああ、なるほどねェ。りょ~かい、任されたワ」
ヴィラデルが納得したのを視て、ハークは逆を向く。
「シア。お主は万一を考え、アルティナとリィズについていてくれ」
それを聞いて、言われたシアとその背後にいるズースが眼を丸くしていた。
「え? 攻めなくて良いのかい、あたし?」
「ハーク。お前はレベル四十一という、アルティナ軍第一の戦力に前に出るなと言うのかい?」
明日の『模擬戦争』にランバートは参加しない。王国第一軍の所属兵士で高レベルの人員はアルゴスとレイルウォードがほぼほぼ把握しており、レベル三十六が一人、三十五が二人、後は三十一が数人いる程度らしい。
そのままでも両陣営の平均レベル差は四を超えており、圧倒的にアルティナ側が有利である。ハーク達が参加を表明したことでその差はさらに広がったため、ズースと共に観戦する国王や自軍貴族たちの護衛に回ることとなったのだ。
ただし、先のズースの質問には齟齬がある。
「はは。お祖父様、第一の戦力は我が相棒、虎丸です」
ハークがすぐ近くに立つ白き精霊獣の肩を叩き、叩かれた方は何故か自慢げにフン、と鼻から強く息を吹いた。
「おおっと、そうだったか。ハークが参加できるならば、従魔も可能だったね」
祖父に向かってハークは肯く。虎丸は今やレベル四十五なのだ。普通に考えれば『模擬戦争』のルール上、無双することだろう。
さらに何かに気づいたようで、ズースは続ける。
「ああ、ひょっとすると、相手がこちらのお嬢ちゃんに注目している間に、ということかな?」
こちらのお嬢ちゃん、とは言うまでもなくシアのことである。言われた本人は苦虫を嚙み潰したような表情となったが。
「それもあります。ただ、まァ、ある程度、儂の思惑通りにいければ、例え第一王子側が何を考え、何を用意していても、即座に『模擬戦争』を終わらせることができるやも知れませぬ。そのためにもお祖父様、『模擬戦争』が行われる王城の構造を、ここから確認できる部分だけでも結構です。儂にお教えください」
「ほう。攻撃は最大の防御を地でいくつもりかな?」
ハークは答える代わりににやりと笑った。それを視て、ズースは実に楽しそうに自身の長い銀色の髭をしごく。
「ほっほっほ、うむうむ。我が孫の手腕、楽しみにしていよう。ではあの城の天辺からそのすぐ下にバルコニーがあるのが見えるかな? 受け手である第一王子派の作戦担当や司令官、つまりはアレス王子自らが、あそこに陣取る可能性が高いだろうな」
「成程、見晴らしが良いでしょうね」
「うむ。お前たち寄せ手側は、正門をくぐったところから王城前の正面広場にて部隊展開することになろう。そこから……」
その後、祖父ズースからの孫への講義は、ハークは時折質問をいくつか挟んだことにより、最終的に小一時間に及んだ。
そんな彼らの様子を、シアもヴィラデルも虎丸も飽きることなく見守っていたが、日毬だけは早々につまらなくなってしまったようで、風に乗りながら周囲をくるくると跳び回っていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、日柄に恵まれた太陽が充分な高さを持つ頃、両陣営の準備が完了していた。
第一王子アレスは側近役代わりの王国第一軍所属の上級軍人三名を周囲に配置し、昨日のズースの読み通り、王城の最上階バルコニーから全てを見下ろしていた。
それ以外の、あと九十七人のアレス陣営側兵士たちは、王城内部での防御に当たっているようで外部からは姿が見えない。
が、厳正な内部調査員を十名ほど受け入れていたので、人数や事前の妨害工作等の不正は無いらしい。
一方のアルティナ側は、まずは大将のアルティナの前に、広場をできる限り広く使うかのように一列二十名、計五列を横隊に展開し、配置させていた。
アレス側から見て最奥の列、アルティナに最も近い列の中心に、リィズとシアの姿があった。
そして、ハークと虎丸はというと、彼女らとは逆に最前列の左端にその姿はあった。
『模擬戦争』区域外の、広大な中庭には、ズースとレイルウォード、並びにランバートに護られた国王ハルフォード十一世が鎮座する姿もあり、その周りにはアルティナ陣営側の貴族たちも半円を描く形に配置されていた。
その横に急ごしらえで設けられた観覧スペースには、多くの王都市民が詰めかけていたが、実際はそれほどでもなく、用意された席は若干どころではなく空席が目立っている。理由としては、一時期よりはマシになったとはいえ、まだ王都の治安が回復しきってはいないことが挙げられた。
療養中、ということになっている現国王に代わり、いよいよの開戦を告げるべく、王国第三軍軍団長将軍レイルウォードが席より立ち上がる。
「それでは、次期国王選出の一環として、『継承の儀』において、ここにアレサンドロ=フェイロ=バルレゾン=ゲイル=モーデルと、アルティナ=フェイク=バレソン=ディーナ=モーデルの『模擬戦争』を執り行う!」
歓声が観覧席より上がった。その声に紛れるようにしてハークは横の虎丸に告げる。
「行くぞ虎丸! 短期決戦だ!」
『了解ッス』
言い終わるや否やの内に、ハークは虎丸の背の上に跨る。
次いで、風のようにその両者の姿がかき消え、周囲の人間が呆気にとられていた。
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