375  第23話07:Break your way②




 この状況とは、各地方領主率いる軍に王都を囲まれ、味方は王都全三軍の内、最も数が多いとは言っても第一軍のみ。

 その第一軍軍団長である将軍こそ未だ自分の味方のハズなのだが、彼は自ら王都の治安低下の問題を言い出し、責任を取る形で蟄居。現在、彼の娘と部下が協力して指揮を執っているが、彼女らに交戦するなどという選択肢は無い。粛々と父親と上司の出した命令に従っているだけだった。


 戦力差は最も少なかろうがこちらの五倍以上、しかもまだ各地より集まっている段階で、その差はこの先どんどん増していくという。

 彼らの要求はただ一つ。自分の身柄引き渡しだ。

 城内の人間は、今回の事態が公になる前から王国第三軍が守る民間の巨大施設へと政治の中枢を移し、そこで仕事を続けている。自分の父親も同様だ。もはや手の届く位置にない。


 一蓮托生の志を同じくすると思っていた者は一昨日姿を消し、もう相談する相手さえいなくなった。

 以上、これが現在の状況である。

 改めて考えてみても、酷いものだった。詰んでいる、という言葉さえ生易しく感じる。抵抗する手段すら無いのだ。


 だが、その現状の大元となった原因に、アレスは未だ納得できていなかった。


「ふざけるなっ! なんでそれが、俺に跳ね返ってくるのだ!? 第一王子の俺に!!」


「当たり前でしょう。国王陛下並びに王族の方々とてこの国に生きる内の一人、罪を犯せば罰せられるのは当然の事です」


「俺は何もしていない!」


「最早その言葉を信じてくれる者も少ないでしょうが、敢えて信じるとしましょう。しかし、あなたの部下、親衛隊の方々が各地で罪を犯したのは事実。証拠も数多く揃っています。その罪が、直接の関わりがあろうがなかろうが主従の関係にも及ぶと言ったのはあなた方です。つまりは親衛隊の方々が各地で犯した暴挙の数々、その責任を殿下、あなたが全てにおいて取る、そう言ったも同然です」


「それがおかしいと言っているのだ! 俺は第一王子だ! 次期国王なのだぞ!?」


「だから何だと言うのです? 第一王子であったら、次期国王であれば罪は適用されないと? あなたの頭の中では王族は治外法権なのですか? そんな国はありません。その論理が通じるのは盗賊団くらいのものでしょう」


「バアル帝国を国ではなく、盗賊団呼ばわりするか!? アルゴス!」


「ええ。この際ですから、ハッキリ申し上げておきましょう。私はアレを、国とは思っていません」


「……な……に……!?」


「国とは秩序と社会をもたらすものです。この二つの最低のものさえ帝国は維持していません。寧ろ壊しています。帝国の皇帝が何故、あちらで何をしようとも罪に問われないかを知っていますか?」


「罪を超えた存在だからだ! 権威があるからだ!」


 アルゴスは首を横に振るった。


「いいえ、権威のせいではありません。単純に皇帝と、皇帝の周りの人物を含めて力が単純に強いだけです。逆らえば殺されるからです。その在りさまは盗賊団と何も変わりません。バアル帝国とは、一盗賊団が巨大になり過ぎて、国のように錯覚されるほどに成長しただけなのですよ。そして大抵の盗賊団は頭目の死と共に、分裂、消滅、或いは別の盗賊団に吸収されます」


「て……帝国も伯父上おじうえが死ねば、そうなると!?」


「ええ、確実に。それが、東大陸の歴史です。若い殿下には生まれる前から存在しているモーデル王国やバアル帝国が亡くなる、ということは想像がし難いとは思いますが、残念ながら国というものにも寿命があるのです」


「国にも……寿命が……」


「はい。その寿命は内包する武力と、それまで培ってきた秩序によって決まります。東大陸の国家はこの秩序が殆ど無く、場合によっては培い方すらも知りません。だから滅ぶ。百年どころか三代続いた王朝すら数少ないのですからね。帝国の皇帝も、自分が死んだ後のことなど知ったことではないようです。それまでにどれだけの国を道連れにできるのか、これに挑戦しているように見受けられます。その最終目標が我が国なのでしょう。殿下とて、帝国が十年ほど前から周囲の国々に戦争をしかけ、滅ぼしまわっていることをご存知の筈ですよね?」


「戦争をしているのは知っている。だが、いずれも他の国が悪いと聞いている。……例えば、領域侵犯だとか……」


「そんな事実はありませんよ。何ならまとめたレポートでもお届けしましょう。どうせ、お時間は山ほど余っていらっしゃるでしょうからね」


「時間が……余る? アルゴス、貴様は俺を捕らえに来たのではないのか?」


 アルゴスは首を縦に振った。


「ええ。必要性がありません。多少、議会や官僚の皆様には不便をいただいておりますが、王城が無くとも問題ないところにまで整えることができましたから。まぁ、返していただけるのであればお早めにお願いします」


「この王城までもが、俺と同じか……」


 アルゴスの言葉は、自分がわざわざ捕縛する価値もない存在に成り下がったとアレスに確信させることとなった。彼は項垂れる。

 そんなアレスに向かって、アルゴスは尚一層の優しげな声で言葉を重ねた。


「こんなこととなって、残念です」


「……どの口が言いよるか」


「今この時のことではありません。殿下が十五の頃でございます。あの頃に帝国への傾倒から殿下を脱却させられれば、今日この日は無かった。それどころか、逆に正当な次期国王と認められる日であったとしても、何らおかしくはなかったでしょう」


 これは嘘ではなかった。そもそもアルゴスはここまで本当のことしか言っていなかった。

 元々アレスが王位を継ぐのが具合が良いのである。長子であるし、バアル帝国との懸け橋となる存在でもあるし、幼き頃は決して現在のように愚鈍でもなかった。彼がバアル帝国にて、五年間もの長きに渡って甘やかされ、徹底的に骨抜きとされていなければ、優秀なアルティナも王位を目指すことも無かったのだから。


「心にもないことを……」


「本当のことです。その証拠に、まだ殿下を見捨てていない人物はおります」


「……何? 誰だ?」


「国王陛下です。殿下の御父上様ですよ」


 アレスは眼を見開いた。次いでかぶりを振り、否定の言葉を吐く。


「バカな。あの人こそ最初に俺を見捨てただろうが」


「それは『王位継承者』としての殿下です。個人としての殿下を、陛下が見捨てる筈がありません。その証拠に、私を遣わしました」


 実はこの言葉は嘘、と断定できるほどでもないが正確な話でもなかった。現国王のハルフォード十一世は実際に口に出して、長男であるアレスの行く末について懸念を語ったことなどない。

 が、内心、心配していないワケがなかった。それくらい長年の付き合いであるアルゴスからすれば汲み取ることなど容易なのだ。

 つまりアルゴスは、主君が言及などもしていないことを勝手に読み取って、そのためにわざわざアレスのもとを訪れているのだった。

 彼はそのまま続ける。ここからが本題だった。


「よく聞いてください、殿下。このままでは殿下は、確実に処刑されます」


「しょ……処刑!? お、俺が、この俺が死刑になるというのか!? 馬鹿も休み休み言え!」


「いいえ、馬鹿な話でも冗談でもありません。殿下の直属の部下である親衛隊が引き起こした暴挙の中にとんでもないものがありました。伝説に語られるような古代の呪物を使い、都市の住民を丸ごと葬り去ってしまう現象を発生させました」


「古代の、呪物だと!?」


「知っているのですか?」


「し、知らん! 本当だ! 俺はそんな物、一言も聞かされてはいない!」


「証拠となるものはありますか?」


「ない! ないよ! そんなものがあるワケがなかろう!」


「まずいですね……。偶然現場に居合わせた高レベル冒険者によって、住民への被害は未遂に防がれましたが、もし幸運に助けられなければ万を軽く超える被害は確実だったそうです。実際に都市を守るべく戦いに参加した防衛隊や衛兵隊、冒険者の方々にも数多くの死傷者が出ています。このままでは、大量殺戮を実行した者、その一員として歴史に汚名を残した挙句、処刑されることとなります」


 いきなり目前に突き付けられた死に加え、最悪の意味で歴史に名を残す可能性まで突き付けられて、アレスはいよいよ恐慌状態に陥った。身を乗り出して叫ぶように言う。


「そ、そんなっ! なんとか! なんとかしてくれ! 俺は知らなかった! 知らなかったんだよ!」


「解りました。何とかできるのであれば私が何とかしましょう。しかし、それには材料が必要です」


「材料!?」


「ええ。交渉の材料となるような情報です。殿下が知っている情報を全てお話しください。いいですね?」


「分かった! 何でも話すよ! 知っていること全部!」


「良かった。ありがとうございます。では早速。殿下、先程の、最初に殿下が親衛隊のお話が出た際にどうにかしたと仰り、具体的にと私がお訊ねすると、捕らえたか洗脳したかと仰られましたね」


「あ、ああ……言った、かな?」


 アレスは眼を逸らしながら言う。その様子にアルゴスは内心、増々確信を深めていた。


「殿下、私ならば通常、ああいう状況下で訊ねられれば、自分のでき得る手段、或いは可能だった手段を口に出します」


「そ、そうかも知れぬな……」


 アルゴスはアレスと視線を重ねる。アレスの表情に、怯えの色が強くなったのをアルゴスは見逃さなかった。


「殿下、単刀直入にお伺いいたします。殿下の親衛隊と称していたあの連中、彼らの中に何らかの手段で洗脳、例えば洗脳魔法を使用できる者がいたのではありませんか?」


「な! 何を馬鹿なことを!? そっ、そんな魔法が存在するワケがないと、先程アルゴス、貴様自身がハッキリと申したではないか!」


 強い語気で発しながらもアレスは視線を横に逸らす。しかし、アルゴスはそれを許さない。


「殿下、こちらを、私の眼を見てください」


「……う……!」


「確かに殿下の仰る通り、私は洗脳魔法など存在しないと一度断じました。それが世間一般の常識だからです。しかし、帝国は驚くべきことに自国の兵士たちに自決するための魔法、自爆魔法を開発、習得させています。こんなもの、世間一般の常識というものの中には欠片も存在しません。ですから私は、帝国に限り、世間一般の常識を捨てて考えることと致しました」


「…………」


「殿下、もう一度だけお聞きします。あの親衛隊を気取っていた帝国の貴族の中に、伝説や御伽噺に語られるかのような洗脳魔法を使用できる者がいたのではありませんか?」


「…………」


「殿下、ご決断を。……最早誰に憚ることもないかと存じます」


 アレスはカクン、と頷くようにして顔を俯けると、やがてポツポツと話し始める。


「分かった……。確かにアルゴスの言う通りだ。俺は見捨てられたのだからな」


 そして彼は一度深く息を吐くと、しっかりと語るのだった。


「洗脳魔法は実在する」





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