349 第22話16:Passing Point②
日毬より情報を受け取ったハークと虎丸は早速行動を開始する。
目標は凍土国宰相だ。得られた情報はこの王城内にいる程度だが、この広い王都全てを探索範囲とするより余程限定された空間である。
『さてと、早速始めるとするか。虎丸、日毬』
『了解ッス!』
日毬も片方の前脚を挙げて応える。
『よし。ではまず日毬よ。先の間以外で、灯りの点いた部屋を探しておくれ』
こくこくと頷き、日毬がハークの左肩より飛び立つ。
『ご主人、その部屋一つ一つを全て調べていくッスか?』
『いや、そんなことはせんよ。その部屋や周辺に人の気配が多いところから調べていくことにしよう。生きている人間の動きを制限しつつ監視するにはそれなりの人数がいるからな』
『なるほどッス! ご主人は、目標がまだ生きていると考えているんッスね?』
『うむ。血の匂いというものは存外遠くまで届くし、人、いや、人間種にとってはどうしようもなく警戒感をかき立てられてしまうものだからな。余程の下準備を行っても、残り香で異常を感知されてしまうことが多い。かなり密閉された空間の中でもある城内で、一週間経っても何の騒ぎになっていないとは考え難い』
『へえ、そういうのってあるんッスね。じゃあ、一応、大量の血が流れた痕をもし感知したら報告するッス!』
『うむ、頼む』
ここで、ふよふよと漂うように日毬がハークの元に戻ってきた。彼女がもたらした情報を元に、ハークたちも動き出す。まずは正面から城を見て、右端の最上階にある角部屋からであった。
最も奥まった場所であり、ひょっとすれば確率は高いな、とハークには思われた。
垂直の壁であろうとも、虎丸はハークを背に乗せたままに僅かな起伏を足がかりにして進んでいく。自由自在に形を変えて小さな突起物にでもぴたりと引っ付く肉球とそれを周囲で支える爪のおかげである。
『ご主人、目的の部屋辺りからご主人が言った通りの複数人の気配を感じたッス! これはひょっとしてイキナリ当たりじゃあないッスか!?』
虎丸は大地のごく小さな振動から、地を潜り進む敵の正確な位置を割り出したこともある。
触れてさえいれば、城内のどこに兵士がいるのかも大体分かった。近い距離となれば尚更である。
『その可能性は高いな。人数は分かるか?』
『目標の人物込みで五人ッスね。ただ、窓が締め切られているので正確な位置までは掴めないッス! 申し訳ないッス!』
『謝る必要などない。しかし、そうなるとその中の一人が目的の人物だとして、見張りは四人か。……少々危険かもしれんが、儂が直接見てみよう。どの道、
そう伝えると同時にハークは虎丸の背を離れ、中空に身を躍らせる。
わずかなタイムラグの内に小声で『
見張りと考えられる四人が部屋の中にいて、もし誰か一人でも外を眺めていたら見咎められる可能性があっただろうが、その中には実際一人の人物しかいなかった。
しかも、聞かされていた人物像に当てはまる。
厳めしい人相のいかにも戦士肌な人物で、頭髪はまとめて後ろに撫でつけ整えられた口髭と顎鬚を備えている。彼は『赤髭卿』の信奉者で、口髭はともかく顎鬚はそのためだという。
彼は、恐らくは自身の執務机で、今夜の宴に供された料理の一部を量こそ少ないが摘んでいる最中であった。
やや憔悴しているようだが間違いはない。
そう確信したハークは腰の剛刀を抜くと、その切っ先で突き出すと同時に円を描いた。そして再度、描いた円の中心点めがけて突きを繰り出しつつ自らも同じ方向へ飛ぶ。
後に本人の口から語られることによると、この時の凍土国宰相、ラルド=ブレイク=フェルゼは、実は相当に肝を冷やしたらしい。
それはそうであろう。窓を自分一人分に丸く斬り裂いておきながら、その斬り抜いた丸いガラス体を奇妙な反りを持つ剣で先端部に引っ掛けつつ、音もなくエルフの少年が勢いよく部屋内に飛び込んできたのだから。
一瞬、何が起こったのか分からず身体を硬直させていたのだが、ハークとしては慌てず騒がず無言の彼の様子に、豪胆であるとの印象を持ち、増々目的の人物であると確信を深める結果となった。
「窓から侵入などという不躾な真似をして申し訳ない。火急の用にてご勘弁願いたい。儂はこの地に援軍として訪れたワレンシュタイン軍に協力する冒険者、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー。凍土国宰相殿とお見受けいたすが、如何か?」
手に持つ抜身の刀の先に刺さったままのガラス片を取り去り、部屋の中にいる人物にだけ聞こえるようにハークは名乗りを上げた。だが、どこか奇妙だった。
宰相と思しき人物が眼を見開いたまま無言のままであったのもそうだが、彼とは別の方向からの視線を感じたのであった。それが、まだハークから見て右側にあるドア先から漂う二つの気配からの視線であったのならばまだ良い。
ハークが、奇妙だとまで感じた視線は真後ろの壁の中から感じられたのである。
殺気も感知したハークは瞬時に立ち上がりつつ、背後の壁を逆袈裟に斬り上げた。
〈手応え、有り!〉
次いで壁の向こう側、或いは
一瞬の安堵も束の間、ドアが開き外の見張り役二人が部屋に入ってくる。壁を斬り裂いた時の音と、その後に何かが倒れた音を感知されたに違いなかった。
〈ちいっ!〉
即座に身体を向けて迎撃態勢をとるハークだが、殺らねばこちらが殺られかねなかった先の場合と違い、これ以上異国の兵士を斬ってしまって良いのかと一瞬躊躇した。
それを視てとってか、宰相フェルゼより最高のタイミングで声が飛ぶ。
「彼らはこの国の兵士や俺の部下ではない! ためらう必要はないぞ!」
「承知!」
ハークは応答すると同時に、逆に自分から敵と見定めた兵士たちに向かって走り出し、僅かな隙間しかない二人組の間を縫うように通過した。同時にSKILLを発動させている。
「奥義・『大日輪』!」
魔力で彩られた真円が、憐れにも凍土国兵士に偽装した二人組の首から上とそれ以外を永遠に分断させた。
斬り離された上部分二つが、ぼとりと狂いなく同じ時にて落下し、ゆえに音は一つとなる。そして、其々の残された骸は糸の切れた人形が如く床へ崩れ落ちた。
「おお……、凄まじいな」
幾分安堵した様子で称賛の声を出すフェルゼと違い、ハークは未だ気を抜くことができなかった。
何かを見落としている感覚に、直前の記憶が呼び起こされる。
〈四人!? 虎丸は四人と言っていた!〉
ハークは即、剛刀を元の鞘へと納め、素早く背に負う大太刀の結び目を解き、次いでその鞘から『天青の太刀』を解き放った。
ハークの刀技が如何に優れていようとも、剛刀には人二人を真っ直ぐ縦に一撃で分断できるほどの刃渡りは無い。間に障害物があれば尚の事だった。
「宰相殿、御免!」
ハークはそう一言挟む一方で、返答する隙を与えることなく大太刀の刃を
この部屋に、窓の外から飛び込んできてからまず最初に斬り裂いた壁の傷、その周辺を。
直後、ゴトリと壁だったものが倒れた。
ただ、その厚さは壁であったもの、と言うよりか板のようである。
そして、覆い被さるように現れ出でた、右の腹から左の肩まで深く斬りつけられてとっくに絶命した間者らしき男の遺体と、斬り開かれた壁の中に隠された人二人くらいは余裕で身を隠せられる空間と、更にはその奥に真下へと続く垂直落下式の脱出路が用意されているのが発見できた。
「ぬう!? 何だこれは!? いつの間にこんな監視部屋のようなものを私の部屋に!?」
「これは……、恐らく『
「そうか! それならば掘って削るような音もしない! この王城の内装はともかく、外壁部分はガラスや宝石を混ぜ込んだ自然由来に近いものだ! 時間をかければ不可能ではない!」
「宰相殿、どうやら一人逃がしたようだ。今から追い駆ければ間に合うかも知れないが、ここは貴殿の安全を優先することとしたい。儂らを信じて身を預けてはいただけぬか?」
「無論だ! 信じよう!」
その言葉を聞き、ハークが天青の太刀を使って自身がこの部屋に飛び込んできた時の穴を最大限にまで広げる。
と、同時にするりと入ってきた新たなる闖入者の巨大さと見事さ、そして頼もしさにフェルゼは眼を奪われるのであった。
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