348 第22話15:Passing Point
ホール吹き抜けの上階奥の扉が開き、侍従長と多くの供を引き連れて女王が姿を現した。
名はオランストレイシア=サリア=ダリア=ベルナル=シルヴァーナ。
「聞いてはいたけれど、美しい方なんだね。ヒト族にしては、だけど」
シアが横目で隣の女性を見ながらそう評価を下す。その女性は、にっ、と笑うだけで否定も肯定もしない。
凍土国女王シルヴァーナは『オランストレイシアの宝石』と呼ばれている。国威発揚のためも勿論あるが、実際に彼女は美しかった。
抜けるような白い肌に銀色に輝くプラチナブロンド。今年三十三歳だと聞いているが、色素が薄いからか非常に若々しく見える。ただ、そのせいで国を預かる一国の王としては若干儚げにも感じられた。
身を包む青いドレスから、キラキラと照明の光が無数に撥ね返されていた。
「まさか、アレ全部宝石?」
「……はい」
ヴィラデルの質問に、ためらいがちなクルセルヴの肯定が返ってくる。
「いくらすンのかしら……?」
「王冠より輝いているね……」
ヴィラデルとシアの言葉内には明らかに呆れを含んだものがあったが、辛うじて聞こえていた者でもそれを理解できるのはクルセルヴ以外なかった。
「皆の者、本日はよくぞ集まってくれた」
女王の美しく澄んだ声が発せられた瞬間に歓声が会場を覆う。女王と凍土国を称える内容がほぼ全てであった。歓声を上げていないのは自分たちくらいだ。
一旦、歓声が静まるのを待ってから女王が再び口を開く。
「本日は我らが隣国、モーデル王国より大領ワレンシュタインの領主、ランバート=グラン=ワレンシュタイン伯爵殿が、
またも歓声が上がる。
今度は女性自身が優しげな表情で静まれと手真似で示してから言葉を続けた。
「妾は彼らの判断と行動に最大限の感謝を示したいと思う。諸君らも同じ気持ちであろう。それを、この歓迎の儀にて最大限伝えることを期待する。では、ランバート=グラン=ワレンシュタイン伯爵殿、一言挨拶を」
上階檀上へと続く階段を、ランバートはおつきのベルサと共に登り始めた。
この後の手順はすでに細かく決められていた。
階段の真ん中で止まったランバート側がシルヴァーナ女王への、宴を開催してくれたことに対しての感謝を伝え、その後、集まった貴族達にも感謝とともに主賓としての挨拶を行う、という流れである。
これは凍土国としての様式に則ったものであるらしい。
事前の打ち合わせどおり階段の途上で停止したランバート主従たちを見て、ヴィラデル、シア、クルセルヴの三人のみが思わずゴクリと唾を飲みこんだ。
「シルヴァーナ女王陛下。このような宴に主賓としてお招きいただき、感謝いたします」
ランバートが落ち着いた野太い声で述べつつ深々と頭を下げる。ここまでは事前に侍従長キュバリエから指示されたどおりの行動だった。
しかし、ここでランバートは身体の向きを変えることなく女王を見つめたままとなる。それで女王の背後に控える侍従長の顔色が変わり始めるのと、観衆である貴族たちが少しだけざわつき始めるのと、ランバートが再び口を開くのはほとんど同時であった。
「女王陛下、並びにご観衆の方々、貴国の手順や様式を蔑ろとし、素っ飛ばしてしまうようなこれからの行為に対し、まず深く謝罪させていただく! しかし、今は時を無為にするべきでない、火急の事態が迫っているとの判断と、何卒ご理解をいただきたい! 女王陛下! 並びにこの国を思う貴き
一瞬、ホール内は水を打ったような静けさに包まれ、次いで巨大な喧騒に包まれた。
女王は訳が分からぬといった表情で固まり、呆けているようにさえ見える。美麗な顔なだけに印象的であった。
「これは決定的、なのかな?」
「で、しょうね」
シアの確認に、ヴィラデルがその首を縦に振る。一部怒号すら飛び交うようになった中、それを楽々切り裂いてランバートの声が再び会場内を制圧した。
「無論、豪胆なる凍土国貴族の方々においては、帝国最強部隊なぞ何するものぞとお思いになり、こうして歓迎の宴を開く余裕も持ち合わせておられるワケであろうが、こちらの見立てでは我がワレンシュタイン軍も決死の覚悟を持って当たるべき強敵であるとの認識を持っている! 何故ならばこの『キカイヘイ』は、貴国最強の兵団、聖騎士団を壊滅にまで追い込んだ兵種であるからだ! それが少なくとも、前回の倍以上の数での侵攻を開始したと我らは考えている! どうかこれを機に、凍土国の方々も認識を新たにしていただきたい!」
ランバートの演説が一旦終了するや否や、果たしてホール内には恐慌が溢れた。
誰もが横にいる人物と大声で語り合わなければ気がすまない状態である。そんな中、青い顔で立ちすくむ女王の姿は、シア達ワレンシュタイン側の人物からは実によく目立った。
「ありゃあ、恐怖に捉われた表情だな」
フーゲインが断定して言うが、ヴィラデルどころかシアにもよく分かった。
クルセルヴが観念したように語り出す。
「城内に務める一定以上の者たちの間での噂話ですが……、女王陛下は平時の内政こそ明るいですが、武力衝突などの軍事面には強い苦手意識をお持ちになっていると……」
「苦手どころか、あれは荒事への耐性が全く欠如しているカンジかしらネ。今までは一体どうしていたの?」
「聞くところによると、宰相閣下や侍従長に丸投げであったと聞いております」
「……人間誰しも全ての方面において高能力を保持できるハズはないけれど、ちょっと頼りなくも思えちゃうかなぁ……。いや、国民を苦しめるだけの暴君よりかは、百倍もマシなのかも知れないのだろうけど」
シア達が語り合う際中、その視線の先では侍従長がランバートに詰め寄っていた。
「何てことを! 私はあなた方にあれほど最大限の便宜を図ったのに!」
「侍従長殿。貴殿は女王陛下、並びに貴族民たちに、今回の事態を正しく伝えていなかったのだな?」
「そ、それは! 私が正しく対処すれば良いだけのことだ! 無用な王都の混乱を避けるため! そして、女王陛下の心労を慮っての……!」
「解った。それだけ聞ければ充分だ」
ランバートはそれだけ言うと侍従長を片手で押しのける。モーデル王国最強の騎士であるランバートの腕力に、戦士でもない男が抗える筈などなかった。
そしてランバートは、階段を最後の一段だけ残して登り切り、再び女王の正面に立つ。
「シルヴァーナ女王陛下! 度重なる無礼を承知の上で訊ねさせていただく! この国の宰相殿は今どこにおられる!?」
傍から視て、シルヴァーナはランバートの大声に驚き、周囲に支えられながらも口をパクパクと少しだけ動かしただけのようであったし、ランバートからもそうとしか感じられなかった。
だが、ヴィラデルの特別製の耳と、その整えられた美しい髪にアクセサリーのごとくくっついていた存在には、この喧騒の渦中であろうとも、「城の執務室にいる筈」との震えた声が届いていた。
自分たちだけで話し合っても新しい情報は得られないとようやく悟った一部の者たちが、群れを成して彼女らに押し寄せ始める。
それをシア、フーゲイン、クルセルヴが身体を張ってせき止める中、ヴィラデルは優雅に耳元の髪をかき上げる仕草をし、事前に少しだけ開いておいた窓の隙間へと
警備の人員に全く悟られることすらなく、城の上部に貼りついていたハークと虎丸の主従の元へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます