347 第22話14:王都シルヴァーナ②
周囲の街灯の光を跳ね返す美しい王城を前に、ランバート率いるワレンシュタイン軍主要人物たちほぼ総員が、
こういう事もあるかも知れないと用意をしてきたランバートやフーゲイン、元々、自身の趣味に合わせた豪奢なドレスを『
これから行われるワレンシュタイン軍遠征隊歓迎の宴に参加するためだった。招かれる主賓が参加しなければ話にならず、また人数が少なくとも格好がつかないとの配慮であった。
「こういうドレスは初めてだよ。何かスースーする」
恥ずかしそうなシアに向かって、ヴィラデルがアドバイスを送る。
「何言ってんの。良い感じヨ、シア。似合ってる、美しいって、ハークにも言われたじゃない」
だがシアは、アップにセットされた栗毛の下の、良く日に焼けた顔をますます真っ赤に染めるのみだ。
「そ、そんなっ。単なるお世辞だよ。あたしなんかムダにデカいから……」
着替えさせられた当初から、シアはずっとこの調子である。
確かに彼女の身長はデカい。百九十センチメートルという女性としては超大柄なヴィラデルよりも、さらに大柄であるからだ。
しかし、それがなんだというのか。
全体のバランス、そしてプロポーションが整っていればどうでも良い話である。少々胸が巨大過ぎるくらいだ。
ヴィラデルはそう思っているし、先程勝手に引き合いに出した少年もそう思っているに違いないとの確信があった。彼がそこまでシアに伝えてくれれば彼女も少しは自己評価を改めるのではないかとも思っていたが、ハークは言葉を飾らない上に美に対する意識がヴィラデルほど高くない。そこまではさすがに望み薄だと思えた。
ちなみにそのハークは、外見上子供であり、この凍土国相手では箔がつかず逆に侮られる要因に成り兼ねないとのことで、聖騎士団従士の立場であるドネルと共に不参加となった。
その代わり、別の仕事に従事中である。
「まっ、アナタがどこまでも自分のことを謙遜するのは自由だけれどネ。とにかく堂々としていればいいのヨ。あんまり自分から積極的に喋る必要もないワ。相手はアナタのお客じゃあないのヨ。今回はアナタの方がお客なんだから、背筋を伸ばして胸を張っていなさい」
「わ、わかったよ。とにかく堂々と、だね?」
「そッ。よく分かっているじゃない。それにしても鬼男サンは、随分と堂に入ったモノねェ。正直驚いたワよ。とても手足が凶器、とは思えないわネ」
シアが少なくとも表面上は落ち着いたのを見計らって、ヴィラデルは軽やかに自身の視線と共にその矛先を変える。そこには彼女の評通り、筋肉質ながらも良く引き締まっているおかげで着痩せしているがゆえに、
「随分と物騒な物言いだなァ、ヴィラデルさんよ。ま、俺だって生まれた時から騎士の端くれだからな。こういう場にもちったあ慣れたぜ。……しかしよォ、クルセルヴ殿にゃあワリイんだけどよォ、なんつーかケバイ、いや、派手過ぎるように感じるぜ」
見上げるフーゲインの視線の先には凍土国オランストレイシアの王城であるシルヴァーナ城が聳えていた。
他を圧倒するその建物は白亜、どころではなく光を幾分か透過する白銀であった。しかも角度によっては青白くも輝いている。
視るのが初めてであるワレンシュタイン側の者たちからすれば、寝物語の一節から飛び出したかのような一種幻想的な建築物だが、ギラギラと街の光を過度に受け返してもいて、いささか眼に痛い。
「鬼男サン、言い直しても同じ結果よン?」
「うっ」
「構いませんよ、ヴィラデル殿にフーゲイン殿。この前も申し上げたでしょう? この国は非常に見栄っ張りで、外ヅラだけは豪華絢爛に美しく拵える、と」
「あ~……、言ってたな。あの出来の悪い、道のド真ん中に建ってた砦の時か」
「確かに王城がコレじゃあ、そういう評価を受けても仕方のないことかもネ」
「はい。モーデル王国にて私はそれを学びました。我が国は、少々外見や外聞を重視し過ぎています」
「それにしても……、何でできているんだい? ガラス? まさか宝石じゃあないよね……?」
「……ほぼ正解です、シア殿。と言っても、それだけではありません。鉱石など、特殊な素材を土魔法使いが混ぜ合わせ、造り上げたらしいです。この王城を完成させたのは二十年前だそうですが、一時期国庫が
話が聞こえていた全員が呆れたような表情となるのも仕方のないものであった。
「ナメられねえため、ってえのは分かるんだがなぁ。それでも明らかにヤリ過ぎな気がするぜ……」
「同意するワ。鬼男サン」
「ひょっとして……、この王都の税金が高い理由って……」
「シア殿の仰られる通り、そういう噂もあります。あくまで噂ですが……」
少しの間絶句する一同。行動を促したのは、一団を率いる立場のランバートであった。
「まあ、噂話に花を咲かせるのもいいが、答えが出る訳でもねえしな。それより俺たちは一応主賓だ。遅れちゃあマズい。そろそろ前進するとしよう」
それぞれが了承の意を示し、彼らは美しい美術作品かのようなそれに向かうのを再開した。
歓迎の儀が開催される前段階の歓談時間中に、歓待という名の質問攻めを喰らったフーゲインは、普段見せぬ気疲れを滲ませた表情で溜息を吐いた。
「ふう。やれやれだな。疲れたぜ。不謹慎なのは解っちゃあいるが、正直、敵と戦っている方が気が楽だ」
出迎えるように合流したシアやヴィラデルも肯いた。
「物凄く同意するよ。あたしなんか、まるで珍獣扱いさ」
「シア、それ、アタシだって同じよ? 全くもー、次から次へと」
「こうなると、
ハークを引き合いに出して少し気が紛れたのか、フーゲインが自身のジャケットの肩部分を叩く。
「あ! 良いワねェ。確かにちょっと見てみたいワ。この後、ムリヤリ着せてやろうかしら?」
「あはは。ヴィラデルさん、ムリヤリはまずいよ」
「アラ? シアは見たくないのかしら?」
「見たい! ……あっ!?」
してやったりという顔でヴィラデルがニヤリと笑いかける。
「でしょおぉ? んじゃあ、協力してネッ。大丈夫、あたしとシアで二人がかりなら何とか……」
「ムリだって」
「だよなあ。ぶった斬られちまっても知らねえぞ」
冗談話で笑い合い、三人はひとしきり元気を取り戻した。元々気疲れである。SPを消費したワケでもなかった。ただし、長時間に及べば、過去にそういった事例もある。
「虎丸ちゃんに噛まれちゃう方が、ありそうな気がするわネ。それにしてもさ、ここの貴族サンたち、ちょっとお気楽すぎやしないかしら。もうすぐ戦争が始まるし、下手すればこの国無くなるかも知れないのよ?」
「確かにそうだね。歓迎の儀だと言っていたから、そういうことかもと思っていたけれど、それにしたって戦争についての話題を出す人の数が少ないよ」
「こっちもだ。あと、宰相さんの話題も無え。今回の宴に参加してねえってのは予想できてたみてえなんだけどよ。それで一度、思い切って聞いてみたんだ」
「おっ、やるわねフーちゃん。それでどうだった?」
「フーちゃんはやめてくれや。ンでよ、返ってきたのが、『宰相閣下は一週間前に遠征へと出発した』って話なんだ。他の貴族にもさり気なく聞いてみたんだが、皆同じ認識だ。にもかかわらず、その遠征目的を理解しているヤツが少な過ぎる。元々、この凍土国と帝国の間には休戦協定も終戦協定も結ばれちゃあいないから、漠然と帝国相手だと答えるモンもいるんだがな」
「参ったね。と、なるとハークやランバートさんの悪い予感が当たったってことになるか……」
シアがそう言ったところでクルセルヴが一人、三人の近くに寄ってきた。
「フーゲイン殿。先程のお話を、ランバート様に伝えてまいりました」
「そっか。大将はなんだって?」
「直接、一番上に訊く。そう仰っていました」
クルセルヴの返答を聞いて、舌打ちを我慢したのはフーゲインだけではない。
「やれやれねェ。今夜くらいは屋根の下で眠れると思ったのだけれど、ぬか喜びってヤツになりそうネ」
ヴィラデルの愚痴が終わるか終わらないかのタイミングで、凍土国オランストレイシア女王陛下入場のアナウンスが巨大ホール内に響き渡った。
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