331 第21話15:REAL STEEL⑤




 相手が近づいて来たと思った瞬間、既に眼前には女の姿があった。


(速過ぎだろ!? 本気のハーク並みじゃあねえか!)


 しかし、それ則ち体験済みであることも示す。つまりは対応できないというほどでもない。

 無言で振るわれる拳を肘で受け止める。


(重っ!? だが、防げねえほどじゃあ……ッ!?)


 次の瞬間こそフーゲインの眼は驚愕に押し開かれた。今攻撃を繰り出したばかりの、女性の逆の手がするすると自身の胸元に伸ばされつつあったからだ。


(この動きは……っ!?)


「『零距離打ワン・インチ』! あたッ!!」


 ギリギリ同じ技で相殺を狙う。咄嗟にしては完璧なSKILL発動であったにもかかわらず、僅かにフーゲインだけが物理的に押されている。

 威力が明らかに上昇していた。それだけではない。まだ攻撃は終わっていなかった。

 更なる連撃がフーゲインを襲う。


「うっおおォ!?」


 左と右のワン・ツーからの膝、フックからの上下の二段蹴り。怒涛の連続攻撃に否応なく後退させられてしまう。兎にも角にも一つ一つの技のつなぎが完璧であり、次々と流れるような連続技が迫るが問題はそこではなかった。


 スカそうが受けようが躱そうがいなそうが、続く挙動に一切のブレが視られないのだ。


 通常、防御された場合と躱された場合では攻撃を繰り出した方も対応を切り替えねばならない。

 防御されれば押し返されぬようその場で踏ん張り、躱されれば身体が流れぬよう勢いを止めねばならなくなる。

 単純な押し引きのようだが、言うほど単純なことではない。攻撃側はこれを事前に予測、或いはギリギリの直前に判断して選択しなくてはならないのだ。


 予測を超えられれば、攻守所を変えられるのみ。

 超接近戦ではこのような駆け引きが絶え間なく行われ続ける。だからこそ攻防が移り変わり、一瞬の油断が命取りとなるのである。


 その筈なのだが。


(正確すぎる! 一体どうなっていやがるんだ!?)


 とにかく強く素早く、そして何より精密で的確な連続攻撃によってフーゲインは防戦一方とならざるを得ない。下手に手を出せば飲み込まれる。その確かな感覚があった。

 どう動いても、相手に影響を与えられないからだ。


 全ての技が、SKILLが、惜しみなくも組み込まれており、その選択が一々正確無比すぎていた。

 まるで、彼女の身体自体が複数の選択肢の中から打つべき最適を選んでいるかのようで、一種奇妙ですらあった。

 その時その場の彼女の体勢、力の入り方、相手であるフーゲインの状態と動き、これら状況から常に適確な攻撃を選び出してくる。


 現代の人間に敢えて解り易く表現するならば、『機械的』という言葉が最もしっくりくるだろう。ただの連打ではないのだ。


(クッソ! これじゃあ『龍反射ドラゴンカウンター』すら狙えねえぞ!)


 フーゲインの修める『龍拳道ジークンドー』の秘技中の秘技であるこの技は、発動前に相手の攻撃手段と方向などを全て事前に見極めてから発動する、という手順を踏む必要があった。

 そうすることで、受けた攻撃に逆らうことなく勢いを利用し、闘気によって包み込んだ身体が今まで培ってきた動きの中から最適な一打を放ち反撃するのである。


 そこまで考えて、フーゲインははた・・と気づいた。


(まさか……、その発展型か!?)


 信じられぬ思いだった。

 フーゲインは上記のスキルをマスターするまでに、実に十五年以上もの修行の歳月を費やしている。

 幼い時分にはさすがに今ほど身の入った修練を行っていたワケではないので、実質十年かそこいらといったところだが、果てしない反復練習の果てに辿り着いた境地と言えた。


 技の動き、その一つ一つを身体に落とし込む作業は、レンガを積み上げて巨大な塔を造り上げるのに似ている。

 一個ずつ積み上げては確認し、良ければさらに積み上げ、悪ければその部分まで崩して戻らなければならない。


 そんな果てなき作業の末で身につけた『龍反射ドラゴンカウンター』ではあるが、自分より少し年上か、ほぼ同じ年代であろうと思える眼の前の女性が使うSKILLの方が遥かに難易度が高いと痛感させられてしまう。


 そして戦闘中、さらには攻め込まれてやり込められている最中だというのに、他のことに気をとられ、考察などしている暇など本来はある筈もなく、しのげるものもしのぎ切れる筈もない。

 不充分なガードを右の裏拳で崩され、左の中段回し蹴りを追撃にてもらってしまう。


「ぐはっ!?」


 咄嗟に膝を出したものの、フーゲインはバランスを崩して吹っ飛ばされ地面に転がった。


 ここでハークは立会人としての務めを果たすため、前に出て戦いを止めようとした。強烈無比な一撃がフーゲインに入り、危険と判断する他なかったからだ。

 ただ、この時のハークは胸元のエルザルドに、フーゲインをたった今吹き飛ばした謎の女性の正体を虎丸らと共に明かされていた最中であり、そのために対応がほんの一瞬だけ遅れてしまった。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。


 フーゲインが吹き飛ばされた勢いを利用し、後転の要領で間合いを離しつつも素早く跳ね起きたのである。

 そして叫ぶように言った。


「うおおぉい! 何だよ今の技は!?」


 そこには、今の今まで本気の本気、忖度などまるでない戦いを繰り広げていた者に向かって吐く言葉とは思えぬほどに、相手に対する対抗心とも言うべき闘気が欠片も籠められていなかった。

 そこには、相手への惜しみない称賛と、技へのただ純粋な興味だけが、傍で聞いていたハークにも充分に伝わってきた。


 そして一方で、そんな言葉を向けられた謎の女性改めヴァージニアもまた、たった今お互いにぶつかり合っていた者同士とは思えぬ気さくな調子へと雰囲気を瞬時に変えて返す。


「どうだい、今の技は!? 気に入っただろう!?」


 戦いの高揚感だけは残っているのか、言葉の調子が先よりも荒い。


「ああ、もちろんだ! 気に入ったなんてもんじゃあねえ、恐れ入ったぜ! 俺も使えるようになりてえ! まだ強くなりてえんだ! どうすりゃあいい!?」


 フーゲインの素直すぎる吐露に対し、ヴァージニアは己の存在主張しまくっている胸を叩くようにして言う。


「この私が教えてあげるよ!」


「本当か!?」


「ああ、本当さ! 君が習得できるまで、この街に滞在するよ!」


「ありがてえ! もし良かったら宿の都合は俺に手配させてくれ!」


 トントン拍子に話が進みだす。その様子を横で眺めさせられる形となったハークとエヴァンジェリンは顔を見合わせると同時に、ふうっ、と息を吐いた。

 溜息にも似たそれに籠められたものは安堵か呆れか。

 続けてエヴァンジェリンが一言だけ呟くように、しかし確実にハークにも聞こえるように言った。


「どうやら、勝負あり、の言葉は要らないようだねエ」


 ハークも苦笑いで、そうだな、と同意を示すしかなかった。




   ◇ ◇ ◇




 その夜、眠らない街ではあっても大多数の者が就寝して然るべき刻限。

 ハークは不意に目覚めると、立ち上がって自室の窓を開けた。

 空気の入れ替え、もしくは外の風を少し感じるため、ではない。


 危険が無いため再度の眠りに落ちた日毬を背に抱えながらも隣に立つ虎丸と共に、ハークは寄宿舎の隣に立つ寄宿学校校舎、その屋上へと視線を送る。

 そこには一人の、一見してヒト族の女性としか視えぬ人物が立っているのが、月明かりに照らされ映し出されていた。


 間違いなく、ヴァージニア=バレンシアである。


『やあ』


 寄宿舎と学校校舎とは百メートルほどの開きがある。が、お互いがお互いの姿を視認でき得る状況ならば、念話に距離など関係はなかった。

 ただし、繋いだのは虎丸ではない。

 繋いだのはヴァージニア自身だった。彼女はそのまま言葉を紡ぐ。


『こんな時間に済まないわね』


『いいや。こちらも貴殿と話したいと願っていたところだ。お気になされるな』


『貴殿、だなんて。そんなしゃちほこ張った言葉遣いなど必要はないわよ』


『……エルザルドもそうだが、ガナハ殿といい龍族にはどことなく気安い方が多いな。皆、そのような調子なのかね?』


『どうかな。半々、といったところかしら? 無礼と断じる者もいるだろうし、中には明らかに人間種を見下している連中もいるから』


『様々なのだな。人それぞれ……、いや、ヒトではないか』


『ふふ。ま、私は龍だけどね』


『そうでしたな。その姿はヴァージニア殿の龍人としてのお姿なのですかな?』


『ちょっと違うね。私の龍人としての本来の姿は龍麟に全身を隙間なく包まれた姿、といったところでね。昔の君の種族、エルフ族には『鱗人うろこびと』などという呼び名をつけられたものよ。普段は外に放出しっ放しの魔力を身体の内側に留めて引っ込めることで、この姿になることが可能なの』




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