330 第21話14:REAL STEEL④




 一種異様なる状況に、フーゲインが動きを止めたのは一瞬である。

 一度戦闘状態に突入すれば彼が自ら止まることはない。ハークはそのことをよーく知っていた。

 低い姿勢のまま、急速に間合いを詰めるべくするりと近づいていく。


〈まずはあの技か〉


 身体の力を適度に抜きつつ腕を伸ばす動きにハークの中の記憶が呼び起こされた。


「『零距離打ワン・インチ』! ほぉあッッタァア!!」


 が、またもや同じ動きで。


「『零距離打ワン・インチ』! アッチャーーーー!!」


「何!?」


 ハークの驚きの声は肉と骨、ましてや拳同士がぶつかり合ったものとは考えられぬほどの、硬質な凄まじい音に潰される。

 無論、驚きの声を上げたのはハーク一人だけではなかった。


「うお!? 俺とSKILLまで同じだと!?」


「まさかっ!?」


 フーゲインの声に被せるように見ていたエヴァンジェリンも驚愕の声を出す。

 衝撃によりお互い押し戻される形で、二人の立ち位置は開始直後に戻っている。が、ハークの瞳は、謎の女性の眼も驚愕に押し開かれるさまも一瞬だけ捉えていた。


 そして再び、中央にてぶつかり合う二人。勢いのまま上段蹴りを繰り出す。


「ほぉあアッ!」


「タッ!」


 互いに一直線に突き出した足裏が接触し合う。またも同じように押し戻される二人だが、今度はSKILLではないため離された間合いはわずか。すぐに手を出し合える距離だ。


「「『双功龍ダブルドラゴンブロー』!!」」


 全く同時に再び同じSKILLが発動し、拳の二連撃がぶつかり両者の間合いは再び離れる。

 どう考えても凄まじい威力だった筈だが、双方予測していたのか早くも慣れてきたのか大地に踏ん張りを利かせて後退する距離を抑えていた。


「おおォおおアあぁッタァー!」


「ホォーッハッ!」


 そのまま両者打ち合いになだれ込む。一見すると乱打戦だが、一撃一撃に必殺級の威力を籠められていることが分かる。互いに弾き飛ばされまいと踏ん張る足元の地面が窪みつつあるからだ。


「ど、どうなってンだいこりゃあ……!?」


 エヴァンジェリンが驚愕を通り越して戸惑いを表面に出すのも充分に理解できた。

 攻防は今のところ完全な五分と五分。引いては躱し、前に出ては拳を打ち、反撃を肩や肘、膝などの固い部分で防ぐ。

 今のところ掠りはすれども互いに適時打を許していない。

 ハークは横の虎丸らに念話を繋いだ。


『凄いな。相手の女性はフーゲインと同レベルなのか?』


『そうッス、三十八ッス。攻撃力も速度能力の値もほぼ同等ッスよ』


『ならば技の精度まで同等ということか』


 単純に驚きであった。

 フーゲインの徒手空拳技術はハークの眼から視ても確実に世界最高峰である。しかも技だけでなく、心技体が高次元で絡み合い均衡がとれている代物だ。

 モログという規格外を除けば、超接近戦で彼と張り合うのは今のハークであっても難しいほどだ。しかし、フーゲインと相対する女性は、そんな彼に難無くついていっている。


「ちぃっ!」


 フーゲインがさらに低い姿勢から飛び込む。傍から視れば業を煮やしての突撃にも捉えられかねないが、彼は戦闘中では存外に冷静であるとハークは知っている。焦って飛び込むなどということはあり得ない。

 互いに当たらぬ展開を自らが打開するため、勇気を持って前に出るのである。

 いつもと同じように。


「「『龍連撃ドラゴンラッシュ』!!」」


 が、ここで相手も前に出て、同じSKILLを発動していた。


「おおあーたたたたたったたたたたァアッ!!」


「アッタァアタタタタタッタタタタタァア!!」


 拳と蹴りを縦横無尽なる角度から打ち合わせ続ける両者。

 その数、十回。それでも互いの均衡に揺るぎはない。


「くぅっ!」


「……ッ!」


 フーゲインと謎の女性は全く同じように大地を蹴り、力の限り踏ん張って後方に吹き飛ばされそうになるのを拒否する。


〈これでは千日手だ……! 正に埒が明かぬ。このままではどちらかの体力が尽きるまでやり合うしかない。が……、フーゲインにはそれを終わらせられる一つの『手』がある!〉


 千日手とは、互いの実力が伯仲しすぎて同じ行動を繰り返さざるを得なくなり、勝負が一向に着かなくなることを示す。

 普通ならば、それを視越して勝負を引き分けとするのが正しいが、どちらか一方が相手には取れぬ手を所持しているならば話は別である。

 則ち、フーゲインに新たなる『手』があるのならば。


 まるで、そんなハークの思いが届いたかのようにフーゲインがこれまで以上に低い姿勢をとった。それを視てとり、女性も屈む。


 今だ、行けぇっ、と叫びたいくらいのハークの目前で、彼が脳裏の想い描いた通りのSKILLが炸裂する。


「行くぜ! 『旋空サマーソルトォ————!」


「『旋空脚サマーソルトストライク』! ッチャアー! ……ッ!?」


 後方宙返りをしつつの蹴撃が、空中で絡み合うかのようにかち合う。

 だが勢いのまま空中へと跳び上がる女性に対し、フーゲインは既に地にいた。先程の一撃を放つ前の体勢へと戻っている。


 初撃は上に飛び上がるのではなく、回転力へと転化した結果であった。

 そう、本命はこの後。


「————双蓮華ツインストライク』ぁああッチャーーーーアアッ!!」


 再度の後方回転蹴りが、今度は天高く叩き込まれる。空中で無防備な体勢、さらには完全なる虚を突かれた女性は躱す暇無くそのまま受けるしかない。


「うぐぅっ!?」


 遠慮のない一撃をもらった女性は大きく後方に吹き飛ばされた。

 そのまま脳天から大地に落ちるかとも見えたが、寸前で受け身をとり素早く立ち上がって体勢を整える。

 『旋空双蓮華サマーソルト・ツインストライク』の二撃目を受ける瞬間、咄嗟に両腕を前に出していたのだ。防御し切れる筈もなかったが、完全なる真面にて喰らうよりかは遥かにマシであろう。


 一瞬よろける女性に向かってフーゲインは言う。


「勝負は着いた。大人しく降参したらどうだ?」


〈やはりフーゲインは冷静だな〉


 ハークも同じことを、同じ言葉を発したくなったからであった。

 千日手に陥りかねないほどに両者伯仲する実力者同士の戦いで、どちらかが先に痛烈な一撃を受けることはそういうことなのだ。

 余程、先に当てた方が慢心でもしない限り、当てられた方が逆転など不可能である。そして当のフーゲインはいつも通りの沈着冷静。ただし、気力は内から溢れ出るかのようだ。


 いわゆる、心は燃えるように滾ろうとも、芯なる部分は冷たく研ぎ澄ます、そんな状態を視てとれた。

 これならば万に一つも不覚をとる筈はない。相手の女性が、フーゲインと同じように未知なる手段を実行でもしない限りは。


「冗談でしょう?」


 だが、彼女は微笑みさえ浮かべて言う。

 次いで構えをとったが、それが以前のものとは違っていた。両拳を完全に握り、腕を胸の前で交差させるようにする。

 防御に徹し、徹底的に粘ろうとする腹かともハークは思ったが、その両腕を後ろに引くようにしてゆっくりと身体を開く。

 同時にハークの『精霊視』の能力には、全身から立ち昇るように魔力が溢れ出しつつあるのが視えた。


〈む……?〉


 視たことない型に、魔力の高まりであった。

 そんな相手に、フーゲインは油断なく戦闘が始まった時と全く同じ構えをとる。


「私も奥の手を出させてもらうわね」


 ハッキリと言い放ちつつも謎の女性、いいや、ヴァージニア=バレンシアは心の中で思う。


コレ・・を出したら百パーセント、エルザルド老にはバレるだろうけど、こんな楽しいのをこんなトコロで止められるワケないわ! 全く、聞いていた通りどころか聞いていた以上じゃない! 創始者に技術で引けを取らないどころか、進化させているなんて、やはり人間種には無限の可能性があるって解る! 受け継がせて正解だった、ということもね!)


 自身最大最強の超必殺技、その準備が整ったヴァージニアは、親切にもフーゲインに対して心の準備を出来る限り促すため通告をする。


「死んでは駄目よ。この連続攻撃を、見事に耐えてみせてね。行くわよ! 『千日破壊サウザンド・ブレイカー』!!」


 彼女の突進の踏み込みに耐え切れず、後方の地面が粉砕され弾け飛んだ。




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