329 第21話13:REAL STEEL③




「待っていた? あたしらのことをかい?」


 鸚鵡おうむ返しに訊くエヴァンジェリンの言葉に、女性は身体ごと二人に向き直った。


 こうして見ると、非常に丈夫そうな厚手の服とはいえ、肩から先の肌が見えており、しかも身体のラインが分かり易い上下一着とむしろ薄着だ。

 まるで炎のような髪色と合わせているのか、派手な紅色なので一見すると分かりにくいが、動きやすさ重視を最低基準に考えられた服装のようであり、確かにフーゲインのそれと似ているとも言えなくもない。

 ただ、仕草はマナーをよく理解した貴婦人のそれだ。


「そうね。まァ、正確に言うと、あなた方から私に話しかけてくれるのを待っていた、っていうところかしら」


 そして声と仕草に合わせて服の中に無理矢理納められている双球が揺れまくっている。エヴァンジェリンとここ半年程で仲良くなった冒険者兼鍛冶師の女性を思い起こさせるくらいだった。


 ボリューム自体は上背もあり目の前の女性よりも彼女の方が圧倒的だろう。が、その他の部分もガッチリと大きい彼女に比べると、若干細身であるため対比のようになって実によく目立つ。

 ただし、よくよくと見れば分厚いというほどではないが適度な筋肉が腕にはついている。むしろ表現としては無駄な贅肉が一切見られないと言った方が正しい。


(プロポーションに騙されがちだけれど、こりゃあ明らかに戦闘を生業とする、少なくとも生業としていた者の身体つきだねぇ。均整がとれ過ぎていて、逆に違和感があるくらいだ。絶対に素人じゃあない。それを前提に話を進ませないとね……)


 そう考えつつ、エヴァンジェリンも再度口を開いた。


「もう少し分かるように噛み砕いて言ってくれないかねえ? つまりは、あたしらと接触する場を狙っていたと? こういった人気のない場所で、ってことかい?」


 その時、エヴァンジェリンによって半強制的に今回の追跡調査に連れてこられたためか、今まで無言だったフーゲインがエヴァンジェリンの肩を掴むと一歩前に歩み出て言う。


「もう良いぜ、エヴァ。この女が求めてるのは会話じゃあねえ。どうやら戦いらしい。しかも、俺とのな」


 エヴァンジェリンはいきなりの展開に驚いて振り向いた。

 フーゲインは元々かなり血の気の多い性格である。酔いが回って気の大きくなった冒険者などの安い挑発に乗って決闘騒ぎとなり、相手側に思い知らせてやることもそれほど珍しいことではなかった。

 しかし、今の女性の言葉は別段挑発にすらなっていない。

 だというのにフーゲインはエヴァンジェリンも良く知る、声も表情も既に戦闘準備の整った、いわゆる気合の込んだ状態になっていた。さすがに反応が早過ぎる。


「ちょっ……!? なに急にヤル気になってんだい、フー!?」


 ワケが分からない、といった感情を表に出すエヴァンジェリンに、フーゲインは問題の女性から一切眼を離さずに答えた。


「そうか、お前には感じられなかったのか。コイツはさっきからずっと俺にヤル気のかたまりみてえなもん、……殺気はねえから闘気のようなもんをぶつけてきてたんだよ」


「は!? あたしには全然……!」


「そういうことができるヤツってことなんだろ。ちょうど今来たアイツみてえにな」


「え!?」


 親指で真後ろをクイクイっと指す方向に顔を向けると、今一番オルレオンで有名人、そして最も人気な男の姿があった。


 ハークのことである。

 従魔の虎丸に跨り、いつも通り左肩に仄かな七色の光を灯らせていた。

 いつの間に来ていたのかエヴァンジェリンとしては驚いていいやら呆れていいやらである。砂塵は一切舞っていないが絹糸のような髪が揺れていることから到着したばかりとも推測できた。


「何しに来たンだよ、ハーク」


 未だフーゲインは振り向くことのないままに、悪態めいた言葉を吐く。


「お主とそこの女性との気勢の高まりを感知したがゆえにな」


 ハークもあっけらかんと答えを返す。


「……ったくよォ、ホントに全く何でもかんでも気がつくよなァ、ハークは」


「いや、儂ではない。気がついてくれたのは虎丸だよ。それに、予め注意を向けていなくてはな」


「ン? ってコトはハーク、この女のヒトに注目していたのか?」


 フーゲインはようやくここでちらりとハークの方に眼だけを向けた。ハークは肯いて言う。


「うむ。かなりの強者であると、虎丸と共に考えておった。儂が挑まれるものとばかり思っていたのでな」


「ほう。なら、ハークと虎丸殿の『お墨付き』ってワケか。面白れえ」


 フーゲインは大きく両拳を振り被って胸の前で打ち合わせた。

 硬質な音が周囲に響く。その様子から既に彼のヤル気はMAXだと確信してエヴァンジェリンは溜息を吐く中、相対する女性がハーク達の方向を向く。


「君の確認は後にさせていただくわ。まずはこの鬼族のコから味見させてもらいたくてね」


「ケッ、味見だけで終わると思ってくれるなよ!」


 もはや挑発にも半分なっていないようなモノにすら噛みつく始末に、完全に制止のタイミングを逸したことを悟ったエヴァンジェリンは、最後に一つだけの確認を行った。


「双方分かっていると思うけれど、大事おおごとにならない範囲での立ち合いをお願いするよ。あと、場所を変えよう。その方が、暴れがいがあるだろう? ここはまだ街中だしね。ハーク殿、立会人をお願いできるよね」


「おう」


「従いますよ」


「承った」


 三者三様の素直な同意を聞いても、彼女の口から出るのは再度の溜息であった。




   ◇ ◇ ◇




 素早くその場の全員で場所を移動し、とりあえず周囲数キロに渡って人間族の気配のない荒地へと場所を移した後、公式戦でもないので緩く戦闘範囲を決定したその中央付近にて対峙する二人を見やりながらエヴァンジェリンが片割れの女性に向かい口を開いた。


「さて、始める前に一つ。お嬢さん、あんた、お名前は?」


「ふふ、お嬢さん、か。そこの彼が私にちゃんと実力を示してくれたら、教えてあげてもいいわよ」


「……」


 一方のフーゲインは無言で構えをとる。ハーク戦でも見せた例の脚を少し大股に開き、腰を落としつつ、利き腕を顔の横に配置してその反対の腕を開いた状態で前に出し、上下に揺れる独特の、彼本来の構えである。

 既に表情も臨戦態勢そのものだ。


 ハークには分かる。ここまでずっと、謎の女性は表情だけはにこやかにしていたにもかかわらず、移動する道すがらの間中、フーゲインに対して挑発するかのような強い気のかたまりを送り続けていたのだ。

 そういうモノは、余程放つ対象の周囲にいる者の感受性が鈍くなければ、殺気と同じように簡単に伝わってしまう。放つ先を絞り込むには相応の訓練が必須で、いわゆる一つの技術なのだ。

 絞り込み放たれるそれを、対象以外で感受するには同様の技術を修めている必要がある。

 感受性の高いエヴァンジェリンが全く気づかぬのに、ハークが感づいているのにはそういうカラクリがあった。


 そしてフーゲインは、ハークと何度も訓練を行ったおかげでそういった技術を持つ者が、決して実力的に油断ならぬ者であると知っていた。つまり、警戒していたと言える。


「よし。では、双方準備はいいね!? 始めっ!!」


 その警戒感はエヴァンジェリンが発した戦闘開始の合図の直後に、頂点に達することになる。


「……!」


「む!?」


「な!? 同じ構え!?」


 驚愕の声を上げるエヴァンジェリンの言葉通り、立ち合いを見届けるハーク達の視界には、まるで鏡合わせかのような体勢をとりつつある女性の姿があった。




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