322 第21話06:スタートライン②




「なんでだよ。結構イイ線いってたように視えたぜ?」


 フォレストケープの言葉に、隠す気のない失望の響きを感じたオットーが、やや唇を尖らせて訊く。


「……フォレスト、武器、見せてやりゃいいんじゃあねえか?」


 ドクターの隣に座るケーンがボソボソっと喋る。声が小さくて、相方以外に聞かせる気の全くないものだ。

 いや、隣にいたとしてもちゃんと聞き取れるかは微妙なものだろう。その証拠に、ドクターは何と言ったか聞き返している。ドクターが大きな身体や声を持っているのとは対照的である。

 二度目も特に声の大きさ自体は変わらない。しかし、ドクターがケーンの方に耳を寄せたためにギリギリ聞こえたのか、ドクターが納得したように頷いた。


「そうだな。おい、お前ら、ちと武器を抜くが、騒ぐなよ」


 前置きをしっかりとしてからドクターが、腰に括り付けられた武器の紐を解き、自身の前に持ってきてから奇妙な動作で剣を抜いてからテーブルに置く。あのエルフの少年と同じ、反りを持った剣だ。

 長さはいわゆる一般的な普通の片手剣より少し長い程度。ただ、自身の身長よりも長い剣を扱っていた少年エルフのものと比べると短いし、ドクターの大きな身体からすれば、比率として片手剣程度にしかならないだろう。


「ヘェ~、随分と綺麗なカッケー剣だな。コレが『カタナ』ってヤツか」


 シュクルが興味深げに訊く。彼は魔法をメインに戦うタイプの冒険者だが、武器などをカッコイイと表現し、集めたり観賞したりすることを趣味としている。

 逆にクヴェレにとって武器はあくまで商売道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。だが、その見た目はシュクルの言う通り、綺麗で美しいと感じられた。


「確かに随分と美麗な刀身だな」


「だろ? 大金はたいたんだぜ。通常七カ月待ちを三倍払って割り込み製作してもらったんだからな」


「七か月待ち!? なんだそりゃ!?」


「コイツは通常の剣より遥かに時間と手間がかかるからな。ここオルレオンでも、センセーが優勝した『特別武技戦技大会』後からカタナの生産が始まったが、正直全くと生産が追いついてねえ」


「完全な需要過多か」


「そういうことだ。まだ、まともに打てる鍛冶屋の数も限られているしな。俺は相棒と話し合ってこの街での滞在は明日までと決めていたんで、どうしてもそれまでに手に入れたかったんだ」


「何? 明日?」


「ああ。既に旅行業者も手配してある」


 クヴェレはその言葉を聞いて、ここまで自分たちを送り届けてくれたスタンのことを思い出した。


(そういやスタンも明日にはもう仕事があると言っていたな。確かコエドにトンボ返りだとか)


 ドクターたちが雇った旅行業者がスタンである可能性もあるが、まさかそこまで世間も狭くあるまい。クヴェレはそう思いつつ訊く。


「元々の拠点に帰るのか?」


「いや、コエドに行こうと思ってる。俺達は元々、地方都市ロ・ルーソン出身で、そこを拠点に活動してきたんだが、今回、本格的に拠点も変えようと思ってな」


 地方都市ロ・ルーソンは、王都レ・ルゾンモーデルから北西に行った地にある都市だ。

 古くからモーデル王国の領土であり、オルレオンが建都される前はモーデルの大都市の中で最も北に位置していた。

 街の政治体制や気候、住民の気質は最も近い王都のものとかなり似通っている。


 ちなみに、冒険者ギルドの寄宿学校もあるが、卒業しても王都の第三校の次くらいにしか自慢にならない。自由な校風、と言えば聞こえは良いが、厳しさが無く、簡単に卒業ができるからだ。


「そうなのか。アタシたちもコエドが拠点なんだ。向こうで見かけたら声をかけてくれよ。今日のお礼に良い店紹介するからさ」


「お、そうなのか。俺はメシの美味い店、ケーンは酒の美味い店が好きなんだ。是非頼むぜ。……っと、話が脱線しちまったな。とりあえずお前ら、ここを見てくれ」


 ドクターが示したカタナの箇所を、この場にいたケーン以外の全員が覗き込む。小さな傷というか、窪みがある。

 よく見ると、そこ以外にも数カ所。ただし、片刃である構造の刃の方には見られない。全て逆側にあった。


 その意味に気づくのは、この場で最も戦士としての高みを目指していたクヴェレが一番早かった。


「オイ、まさか……!? あのヤロウ、手加減してやがったのか!?」


「センセーを悪く言うんじゃあねえよ。折角手に入れたコイツが傷物にならねえよう気を遣ってくれたのさ。センセーは俺みたいに、カタナを手に入れたばっかの奴を相手にする時は、必ず刃の正面から当てないようにするみたいなのさ。大体、加減されるのは始めから分かってた。一カ月前、最初に挑んだときは一度も剣を合わせられないまま負けちまったからな」


「何ぃ!?」


「あ、そうそう。センセーは再戦オーケーなのさ。俺は今日で都合三度、勝負を挑んでる。これでもマシになった方だな」


「……………………」


 クヴェレは、思わず悔しくないのか、と訊こうとしたが黙った。サバサバとした態度ながらもドクターの右手がしっかりと握られていたからだ。だから代わりに別のことを尋ねた。


「なぁドクター。アンタ、さっきからあのエルフをセンセーって呼んでるが、弟子入りしてんのか?」


「いいや。センセーは学生を理由に一切の弟子を取ってねえ。が、聞きゃあなんでも答えてくれるし、時間があれば多少指導もしてくれる。だからセンセーさ。見た目がアレなんで、なんか変な感じなんだがな」


 そう言ってドクターはガハハと笑った。

 本来ならば豪快なその笑い方も、少し情けなくクヴェレには感じられた。

 一方で、自分はまだ・・こうはなれない、なりたくない。そう彼女は思えてならなかった。




   ◇ ◇ ◇




 十日後、クヴェレが決闘を行う順番となった。

 後ろにズレこまなかったのは、ドクター・フォレストケープ以来、傍目にはハークに善戦できる者が現れなかったからだ。

 ハークは日に五人もの相手を簡単に下していく。それでも三十分以上かかることはないのだから、最早次から次へと相手を捌いている、という表現に近かった。

 一度も剣を合わせられることもなく敗れている者がほとんどである。無理に合わせようとして武器を叩き折られ、いや、両断されている者もいた。


 クヴェレはここまで、毎日のようにハークの授業風景と、その後の決闘を眺めに訪れていた。

 そうまですれば反発心と反抗心、おまけに頑固なクヴェレでも分かる。


 ハークは正に次元が違う、と。


 この街を去る前日のドクター・フォレストケープと話したことも強く影響していた。視れば視るほど規格外である。


 実はクヴェレは三年ほど前のコエドで開かれた小さな武大会で、モログと対戦したことがあった。

 ただ、その時の経験は彼女にとって苦いものでしかない。開始の合図後、どう攻めようか考えあぐねている間にいつの間にやら襟首の後ろを掴まれ、まるでゴミか何かのように場外へと放られただけなのだから。


 今回も、そんな封印したい過去の記憶となる予感がビンビンしていた。

 初日は気づけなかったが、ハークはこの時間、この場にて本気の実力など十分の一程度も出していない。それでもたまに剣閃どころか手元から見えなくなってしまう。

 あのモログと勝敗を分け合うワケだ。力のモログにして技のハークと言ったところだろう。


 とにかく技が多彩で、どんな簡単な動きにも少なくない精緻が込められているのが解る。解るのだが、その精緻がどのようなものなのかは全く想像がつかない。フォレストケープが言っていたように訊いてみたい衝動にも駆られるが、さすがにまだ、戦う前から白旗を上げるような行動はできなかった。


「はい次~。え~とクヴェレさ~~ん。クヴェレ=グランメールさ~~ん」


 自分を呼ぶオルレオン冒険者ギルドの長ルナ=ウェイバーの声がまるで最後通告のように聞こえる。しかし間違っても自分からやっぱり止める、などとは口が裂けても言える筈がない。覚悟を決めて自分の愛剣である両手剣を携えて歩を進めるしかなかった。


「がんばれ~、クヴェレ~」


「死ぬなよ~」


 仲間たちもすっかり気のない声援を送るしかない。クヴェレにつき合って一週間以上も足を運んできていれば嫌でも確信させられることであった。

 クヴェレに勝ち目など万に一つどころか億に一つすらも無い、と。


(くっそう……、相も変わらずモコモコしやがって……)


 クヴェレは八つ当たり気味にハークの姿を睨みつつそう思う。

 彼は雪の日だろうと晴れの日だろうと基本、防寒具に身を包んでいる。ルナによると寒さが大嫌いなのだそうだ。

 レベルが高くなると獣人族以外の人間種も暑さ寒さに強くなる筈である。つまりはそこまでのレベルにまで達してもいないヤツに、これから完膚なきまで敗北させられることになるのだろう。そんな悲壮な覚悟をクヴェレが胸に抱いたところで、両者準備完了となった。


「よ~~し、それじゃあ~、始め!」


 この時だけは気合の込んだルナの開始の合図が響く。同時にクヴェレは迷いなく突撃を敢行した。


「うォおおおお~!」


 雄叫びを上げつつ剣を一度、二度振るう。

 一度目は横薙ぎ。空をきったのは解った。

 次いでの二度目。突然、握っていた筈の剣の感覚がなくなった。


 手はある。無事だ。斬られていない。まるで絡めとられるように剣をすっ飛ばされたのであろうが、何かをされた感覚はまるでなかった。


 なんて呆気ない負け。

 圧倒的だとか、そんな陳腐な言葉なども思い浮かぶ余裕すらない。


 ふと視線を上げると、ハークの蒼き刀身を持つ刃が己に迫っていた。

 額に迫るその動きは、不思議なことに停止する気配がない。


(……え?)


 やがてその切っ先が自分に到達した。


 こん。


「ぎぃやぁああああああああああ!?」


 クヴェレは自身の死を確信し、大絶叫を上げた。

 断末魔である。

 気絶して大地に倒れ込むその額に、ホンの小さな切り傷さえないにもかかわらず。




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