321 第21話05:スタートライン




「おうよ。鉄屑っつーか、鉄の塊だなありゃ。この地方ならではの、かなり質の良いヤツだから、鋼鉄の塊、とでも言って良いな」


 驚きに二の句が継げぬクヴェレたちに向かって、ドクターはさらに続けて言う。


「アレを投げてる女性、いるだろ? センセーのパーティー仲間のスウェシアさんだ」


「あ、ああ。知ってる。新進気鋭の鍛冶師なんだろう?」


「お、知ってンなら話は早え。彼女、今じゃあこの領内の武器開発のメインアドバイザーの地位に就いてるって噂なんだが……」


「は!? 待ってくれよ、メインアドバイザーだって!? ってコトは彼女の地位はメチャメチャ高いんじゃあねえか!?」


 シュクルが声を抑えられずに大きな声を出す。だが気持ちは分かった。そんな地位に就いているのであれば、パーティーメンバーに誘うどころの話ではない。


「声を少しは抑えな。まァ、あくまでも噂さ。けど、彼女がこの領内での武器開発に携わっているのは紛れもない事実だ。軍の鍛冶施設なんかを好きに利用しているらしいしな。彼女が領主の依頼かなんかで、軍相手に武器を卸しているのは確実さ」


「そ、そいつはスゲーな」


「ああ。でよ、スウェシアさんが造る『カタナ』に於いてよ、普通の鉄は少々塊がデケエらしいのさ。なので、センセーがいつも放課後前の授業終わりに行う準備運動にて使用してもらって、カットしてもらっているんだそうだ。一石二鳥だよなぁ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 準備運動だと!?」


 鉄を斬るのはクヴェレのような王国有数の力を持つ高レベル冒険者でさえ神経を使う。しっかりと魔力を籠めなくては自分の武器の方がヘタってしまうからだ。それを事も無げに連続で行えてしまい、あまつさえ準備運動などとは明らかにおかしい。

 上記に関して文句というよりボヤキに近い思いが浮かぶが、なんとも言語化しにくい間に、シュクルが別の事柄に気づく。


「ん? 準備運動? 何の準備運動だ?」


「これからセンセーが何人かと手合せしてくれるんだよ。その準備運動さ。今日は手合せの順番が俺まで回ってくるかもしれねえんだ。だからよ、これ以上、なことして面倒かけさせて邪魔するんじゃあねえぞ」


 そう警告を発して、ドクター・フォレストケープは元の立ち位置にまで戻っていった。

 彼の捨て台詞は明らかに、クヴェレたちに対してのものである。が、そこ・・以外があまりにも強烈であったがゆえに、三人は彼の警告の意味に気づけなかった。


「へ、変なヤツだったな……」


「あ、ああ」


「そ、そうだな」


「……あ。オイ、今なら周囲に誰もいねえぞ。チャンスじゃあねえか?」


「りょ、了解だぜ」


 とはいえ、先よりは大分慎重になった三人は、より密談をしているかのようにかたまって、いつでも法器を隠せるようにしながら鑑定を再開した。

 しばらく経って、法器の中心部にお目当ての数字が開示され出す。


「お、出てきた出てきた。なんだ、やっぱり素のステータス数値は普通じゃあねえか」


「エルフにしちゃあ高いんだろうがな。防御能力系統は精神力の数値以外軒並み低いな。代わりに魔導力と魔法力の値は高い、か。ん? 武器攻撃力付加値の数字がおかしいな。安定しねえぞ?」


「ホントだな。増えたり減ったりして定まらねえ。法器の故障か?」


 シュクルの言葉と同じように、クヴェレも一瞬、鑑定法器の故障を疑ったが、すぐに別の理由に思い当たる。


「いや待て。『カタナ』って確かよ、使い方に習熟しねえと本来の斬れ味を発揮できねえって話だったよな。ってコトはよ、まだあのエルフも、自分の武器をまだちゃんと使いこなせてねえ……てことなんじゃあねえか?」


「あ、それあり得るな。じゃあアレじゃねえ? 増々イケんじゃあねえのか、クヴェレ?」


「おう、もちろんだ。ただ、そうなるとここオルレオンに十日間以上足止めされるのは痛えな」


 シュクルも肯く。彼ら冒険者の本分は、本来モンスター退治である。しかし、コエドを出てからの旅行の道中、既に彼らは三週間も仕事をしていない。

 道中、一回くらいは街道警備隊への助力を行える場面くらいに出会え、参加することができればと考えていたのだが、やはりそう物事は都合良くはいかずに旅路は終始順調に推移した。この国の安全は本当に優れているのである。他の国から訪れる旅行者に勘違いを起こさせるほどに。


 しかし、そうなると加えて十日、下手をすれば二週間この地に留められ、さらに本来の拠点であるコエドまでの帰路ですらも順風満帆にいった場合には、合計で二カ月前後も仕事をしない、ということになってしまう。さすがに文字通りの命の危険がある仕事に二カ月のブランクはキツい。


「しゃあねえ。さっきのルナさんに後でゴアイサツし直して仕事を回して貰おうぜ。ここは辺境だ。腐るほど俺たち好みの案件はあるだろ」


「だな。ん? どうしたオットー、急に黙っちまってよ。ちゃんと聞いてたのか?」


「ん? あ、ああ、いや……、……今、一瞬よ、攻撃力付加値の数値が、百を超えたように見えてよ……」


「は? バカ言うなよ。現行で百超える付加値の武器なんて、今は存在してもいねえよ。確か現行公式の最高値は八十八だった筈だぜ」


「あ、ああ……、そうだよな。そりゃそうだ。絶対ぇ、見間違いだよな」


「ああ。そうに決まってるぜ」


 そんなことを仲間内で言い合っていると、いつの間にかギルド長のルナ=ウェイバーが校庭の中心付近に立つエルフのすぐ横に移動していた。


「はーーーい、それじゃあハークの準備も完了したので、これから模擬戦を開始するよー! 名を呼ばれた人は前に出てきておくれー! 一応、希望すればアップの時間は最大三分間設けるからねー! それじゃあ最初の人~~~……!」


 そうして、彼女の口から本日最初の対戦相手の名が告げられた。




   ◇ ◇ ◇




 約三十分後。ほんの少し前の喧騒は薄れ、寄宿学校の校庭内の人影も疎らになりつつある。

 そんな中、本日最後のハークの対戦者だったフォレストケープは身支度を整えて出口へと向かうところであった。


 寄宿学校の正面出入り口は、そのまま冒険者ギルドの建物内に繋がっている。そこから真っ直ぐ吹き抜けになっており、そのまま進めば街の中央通りへと通じているギルドの出入り口に到達する。その途上の向かって左側にはギルドの受付及び掲示板、つまり純粋な仕事選びのための空間が広がっており、逆に右側には冒険者同士の交流を円滑にしたり、ただ単純にお腹を満たすための施設である酒場が併設されている。


 ちらりとそちらの方に視線を送ると、彼の相棒であるケーン=ボンマルシェが物言わずに頷き空のグラスをテーブルに置いてから立ち上がって、酒場の店員に酒の代金を支払うと、歩いてきたフォレストケープと合流してから連れ立って歩き出す。

 この間、ずっとお互いに無言である。ケーンはそもそもが無口な性質でいつものことだが、フォレストケープはそうでもない。むしろ饒舌なタイプだ。だが、今は無言の方がフォレストケープとしてもありがたかった。


 もう少しでギルドの出入り口、といったところで彼らに声をかけるグループがあった。


「なぁ、ちょっといいかな。ドクター・フォレストケープ」


 声をかけたのはクヴェレ、シュクル、オットーの三人だった。


「ん? お前らはさっきの」


「ああ。クヴェレ=グランメールってんだ。クヴェレと呼んでくれ」


「その名、聞いたことがあるな。……ああ、三人組の『ランカー』か? 確か、七位か八位くらいの」


「四位のアンタに覚えてもらっているのは光栄だね」


「それで、何か用か?」


「実は……少し話を聞かせてもらえないかと思ってサ。どうだい? もちろん奢るよ」


 これは、冒険者同士間での情報交換を持ちかける際の常套文句である。無論、受ける方に受けるか受けないかの選択権がある。フォレストケープは首を縦に振った。


「いいぜ。けど、すぐそこ・・ってなァ勘弁してもらいてえな」


 フォレストケープの指すそこ・・というのはギルド併設の酒場のことだ。ギルド併設の酒場で冒険者同士が交流や打ち合わせを行うのは普通なことであるが、今の彼には避けたい理由があった。クヴェレたちもその気持ちは理解できていた。


「解ってる。ただ、アタシらはこの街に今日着いたばかりでね。どこか良い店を紹介してくれねえか?」


「そうか。なら、ついてきてくれ。ちょいと高いが構わねえよな?」


「もちろんだ」


 そう言ってクヴェレたちがフォレストケープたちに案内される形で辿り着いた店は、ヤケに広い店であった。

 特に上に向かって。則ち天井が高い。少なくとも十メートルを超えている。王都でもここまでの店は中々ない。


 この都市では有名な郷土料理の肉料理を、メインに出す店らしい。

 席に着き、互いに自己紹介を済ませたところで、まずは今回の会合の言い出しっぺでもあるクヴェレが口を開いた。


「さっきのは、惜しかったな、ドクター」


 この台詞は、寄宿学校の授業終わりに行われたハークとフォレストケープの模擬戦のことを示していた。


 実際のところ、これはクヴェレの抱いた正直な感想であった。

 模擬戦は計三度行われ、フォレストケープは最後の三人目。

 それまでの二人は、いずれも一度だけの先制攻撃の機会を与えられた直後に試合が終わっていた。それに比べればフォレストケープは数分間打ち合いを演じた末に、胴への横薙ぎを直前で寸止めされる形で敗北している。クヴェレの眼から視れば紛れもなく善戦、しかも、初期の攻防自体は互角にも視えていた。


「オイオイ、本気でそう視えたのかよ」


 だが、フォレストケープは溜息を吐くように言葉を返した。




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