315 幕間⑳ 世にも恐ろしきガールズトーク②




「と、いうワケなのじゃ」


 ガナハからもたらされた情報をグラマラスな貴婦人、アレクサンドリアが人間種形態へと変身した姿で全て吐き出し終わった後は、さすがにわずかな沈黙が訪れた。


 が、彼女が説明する間も、三体の間に置かれた無骨なテーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々をつまみながら、酒樽各々一樽ずつ開けていた彼女達が長き間も口を噤んだままなど有り得るタマではない。


「確かに一理ある、どころの話じゃあないわね」


 肉感的な身体を武道で使うような着衣の中に無理矢理詰め込んだ女性がそう言う。これはヴァージニアの人間種形態であった。


「頷ける話。怖いのはエルザルド老がやられたってコト。そうなると、誰だって油断はできない」


 小柄でもプロポーション抜群な女性も発言をする。こちらはアズハの人間種形態だ。


 ここでアレクサンドリアも酒をぐいっと呷り、喉を湿らすと再度また口を開いた。


「アズハの言う通りじゃ。つまりはこの妾でさえ例外ではない。問題はこれからどうするか、ということじゃ。この姿で妾たちが例えばバアル帝国とやらに潜入したとしても成果をあげるのは難しい」


「どうして?」


「東大陸だからよ。権力者がやりたい放題、秩序なんてないわ。きっと三日も持たないわよ。もしくはそれまでに死屍累々、ってとこかしらね。我慢できなくて」


「妾では一日も持つかどうかも怪しいな」


「でも上の連中全部ぶっ潰せば片付く」


「返り討ちにされる可能性もあるわよ。こちらは誰を狙えば良いのかも分からないのだしね」


「おまけに現時点では確実に帝国の仕業という根拠も少ない。最も怖いのは、妾らにすらも手が届き得る可能性を持つそ奴の、せめて姿形の一端にでも迫る情報を得ることができねば、さらに深く潜まれてしまうこととなりかねんことじゃ。最悪、かすりもせず、尻尾の端っこすら発見できぬままともなれば話にならん」


 アズハが突然放った乱暴な提案がヴァージニアとアレクサンドリアの二体がかりで否定されても、その色白な顔の無表情さに変化はない。各所の整いっぷりと左右の対称さから若干、造り物じみてもいた。


「ふうん。やっぱりめんどくさい」


「そう言わないの。誰かに身体を好きに操られた挙句に死ぬしかないとか……冗談じゃあないでしょう?」


「確かにそれは願い下げ」


 ヴァージニアに窘めるような口調にアズハはそう答えるとこっくりと頷く。


「妾はむしろ血が滾ってきたぞ。二百年ぶりくらいに眼が醒めた気分じゃ。誰だか知らぬが必ずや正体を暴いてくれよう。まずは妾らが寄る辺立つ地盤固めから始めるのが最適解と思う。どうじゃ?」


「異議無しね。龍族を探れるなど龍族だけ。先立って私たちしか行えないことからこなしていくことも、世界にとっては正しい選択だと思うわ」


 彼女達の後ろに控えていたままのガナハも肯いて賛成の意を示した。


「分かった。私もそうする。ケド、一番の容疑がかかったところから攻められないなんて、正直腹立つ」


「仕方ないわ。人間種の情勢に私たち龍族が下手に深く介入することは確実にお互いのためにならないから。さもなければガルダイアと同じ過ちを犯す羽目になる。ロンドニアはそのことをよくわきまえてるわね」


 西大陸第三位の国土を持つ龍王国ドラガニア首都に長年鎮座するロンドニアが、十年に一度しか対外的に目を醒まさないこととしているのはそういうことだ。つまりは、守るべきと思い定めた一族とでさえ、十年に一度しかコミュニケーションを取らずに、頼みを聞くとしてもその時のみということである。

 また、力を振るうとしても防衛にのみだ。しかも歴史上、首都が襲われたたった一度きりのみである。


「ふうむ。ヴァージニアの言葉に反論する気などない。人間種についてお主ほど理解する者は龍族において他にいないからの。じゃが、アズハの申す通り、最も疑わしき方を放置、というのも些か無策過ぎやせんかの」


「……そうね。アレクサンドリアの言うことも分かるわ。でも、具体的にはどうするの?」


「提案する。かの国と対立するモーデル王国の急先鋒、その最大戦力だという『彼ら』、今回ガナハが出会った者達に接触、場合によっては依頼する」


 後ろでガナハが大きく驚きを表していた。事前にアレクサンドリアと彼女との間で、その話の部分にまで言及が届いていなかったのがよく分かる。


「なるほどね。悪くない、いいえ、やって損の無い提案だわ。『彼ら』の中には私の技を受け継いでいる者もいたということだものね。いいわ、私に任せて。久しぶりにどのように発展したか、稽古をつけて確認するのも面白そうだもの」


 ヴァージニアが自身の眼前で実に楽しそうに、バチンと右拳を左の手の平で叩きつける。分厚いが面積の足りない布状のものに包まれた双球が激しく揺れた。


「モーデルなら、いいの?」


 アズハが表情を変えないながらも、不思議そうに訊く。先程の、バアル帝国への潜入は否決されたのに、モーデル王国の場合には即座に許可となった運びに疑問を抱いたのであろう。


「あの国は割と例外。トップにも無能は少ないからね」


「そのようだの。しかし、前々から疑問だったのだが、我らから視れば人間種、特にヒト族の権力者なる者は非常に無能な者が多いというのに、モーデル王国だけその割合が著しく低いのは何故じゃ?」


「あ、それ、私もギモン。フシギ」


「自分がやるしかないと強く感じているから、じゃあないかしら。あと、権力に対する考え方がちょっと違うのかもね。平たく言うと、上に立つって事が決して自由にして良いってことじゃあなくて、むしろ貧乏クジを引かされた、と考えてるってところじゃあないかしら。王家を始めとした、貴家出身者からのドロップアウト組が冒険者として名を上げるのも決して珍しくないのだからね」


「風を良く知る者は風を愛する者、というやつか。もしくは、山を良く知る者は山を嫌い恐れる者、ということかな。では、『彼ら』との接触は、ヴァージニアとガナハに任せよう。アズハ、お主は妾につき合ってもらうぞ」


「りょーかい。面倒だけど、仕方がない」


 方針が決まったところで、彼女らは其々二樽目に手をつけて、二度目の乾杯を行った。




   ◇ ◇ ◇




 同じ頃、バアル帝国宰相イローウエルは、帝都一等地に皇帝よりあてがわれた私邸にて、部下からの報告を受けていた。


「何ですと? 封鎖されていない?」


「はい。西に潜らせた諜報員によりますと、王都から辺境領ワレンシュタインへの途上が封鎖されたような形跡や報道は全くといって無い模様です」


「爆心地であった筈の宿場町、トゥケイオスはどうなりました? 報告にはありましたか?」


「それが……、戦闘が発生したという噂こそ市井に出回っているようなのですが……、公式な発表が一切無く、詳細を掴みかねているとのことでした」


「意味が分かりません。起動に失敗しましたかね。そこまで無能な者を人選したつもりはないのですが」


「護衛官長の任に就くボバッサからの報告によれば、『黒き宝珠』を持たせた者達は帰還せず、行方不明とのことです」


「発見されて、死んだということですか。と、いうことは相手側に『黒き宝珠』の情報を持つ者がいた、ということ……。いや、ひょっとすると、強力な冒険者にでも勘づかれましたかね? 例のナンバーワン冒険者の動向はその時どうなっていましたか?」


「西側からの恭順者・・・によりますと、ワレンシュタイン領領都オルレオンにて開かれた模擬戦闘の大会へと参加するため、近くは通ったが時期が一カ月近くズレており、しかもトゥケイオスの街には一度もよらなかったとのことです。共に同行していたとのことなので、間違いは無い、とも」


「実は、その男には二重スパイの『占い』結果が出ています」


 報告者は驚く。今までこの恭順者の報告に噓偽りは一切無かった筈である。


「まさか!? その『占い』結果とは、『遺失技巧研究所』のものですか!? どの程度、その結果を信用されておられます!?」


「半々、といったところでしょう。あれ・・は自分の研究結果に責任など持ちませんからねぇ」


 報告者は脳裏に思い出す。以前、イローウエルは語っていた、あれ・・がもしユニークスキル所持者でなければ話す価値も無い、と。そのこともあって疑ってかかっているというのだ。

 内心、報告者は胸を撫で下ろした。


「そうですか。では、報告の続きを。トゥケイオスで行われた戦闘に関してですが、市井にて大活躍したと噂される人物がおります。例によって公式発表などありませんが、ウッドエルフ族の者だそうです」


「ウッドエルフ族ですか。詳しくは知りませんが『黒き宝珠』の情報をわずかでも持っている可能性も無いとは言えませんね。その者は今どこに?」


「オルレオンでございます」


「やれやれ、亜人族の中心地ですか。監視をつけようとも思いましたが、大事の前の小事です。後にしましょう」


 イローウエルの『大事』という言葉に、報告者も閃くものがあった。


「ではいよいよ、凍土国への再侵攻が!?」


 宰相は満足気に肯く。


「ええ。機械兵三百の用意が整いました。テストには丁度良いでしょう。ですので、皇帝陛下への余計な情報は無用ですね。妙な輩がいれば始末しなさい」


「はっ」


 報告者に、冷たい声にて与えられた命令を拒否する意思も権利も無かった。




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